第二章~⑥

「それなら連城先生は、磯村家の呪いだとか倉田家の呪いと言われた一連の不幸な出来事について、何か聞いてはいませんか」

 突然の質問にやや戸惑っていたが、記憶を辿るように言った。

「なんとなく、父から聞いた覚えがあります。でもあれは単に、不幸が続いただけでしょう。今言った三人の病死に加え、真之介さんが事故死されました。こういうと差別発言になるかも知れませんが、ああいう田舎では噂話やお金持ちに対する妬みからか、その手の話が広まりやすい傾向があります。それだけですよ」

 もう少し有益な情報がないかと、彼はさらに食らいついた。

「他にも真之介さんの祖父が病死した他に、弟の光二朗さんの奥様である圭子さんが、自動車事故で亡くなられています。五年で六人、磯村家の親戚に不幸が続いたから、呪いと言われたのでしょう。後は光二朗さんも事故死されて、彼の祖母が病死された年に、倉田誠さんが失踪しましたから余計、そういう噂が立ったそうです。その辺りは何か聞いていませんか」

「名前は忘れてしまいましたが、自動車事故の件は覚えています。八重さんが病死した年と同じでしたね。ただ光二朗さんの事故死だとか、その倉田誠さんという人の失踪などは、余り記憶がないですね。当時何やらバタバタしていたかもしれませんが、どちらかというとプライベートで起こった事でしょう。だからあの頃の私は、関知していませんでした」

「そうですか。光二朗さんは真之介さんが滑落した場所のすぐ近くで、四年後に同じような事故で亡くなりました。誠さんは圭子さんのお父さんです。光二朗さんの義父ですね」

「なるほど。磯村家の親戚なら、倉田家側から見ても同じ親戚なので、倉田家の呪いとも呼ばれていたのですね。初めて知りました」

「そうでしたか。実は楓さんのお祖父さんが磯村家と縁を切った理由は、そこにあるのではないかと私達は考えています」

「どういう意味ですか」

 そこで楓はこれまでの経緯を説明し、何か知っている事実があれば教えて欲しいと告げた。しかし先生は首を捻った。

「確かに彼が何故楓さんも含めて、磯村家と縁を切らなければいけない、と呟いたのか引っかかりました。だからといって、そんな昔の件に関係しているとは思えませんけどね」

「前回こちらに伺った時、失踪した理由をそれとなく探ってみるとおっしゃいましたが、何か聞いていませんか」

「いや、申し訳ない。今回の遺産の管理譲渡手続きをするにあたって、何度か話をする機会はありました。その時さりげなく尋ねてみましたが、全く答えて貰えませんでしたよ」

 余り期待はしていなかったが、改めてそう告げられ楓は肩を落とした。それでも大貴は、諦めずに話を続けてくれた。

「では呪いと言われた過去について、どう思われますか」

「正直な感想を言いましょう。あなたが説明されたように、九人の内五人は本当に気の毒だが、単なる病死だ。それに失踪した人を除いた三人は、警察が事故で処理されたと言いましたね。それが何故磯村家、または倉田家の呪いなのか。それを言うなら、真之介さん達の旧姓も含まれていなければ、おかしいのではないですか」

「それはそうですが、主に言われていたのが磯村家の呪いです。倉田家の方は、誠さんが村で嫌われていた為そう陰口を叩かれたと聞きました。それに真之介さんの父の宗太郎さんは、あの村の駐在員です。だからそうした悪口は、叩き難かったのかもしれません」

「なるほど。そうかもしれませんね。けれど申し訳ない。いずれにしても、私の事務所は余り関わっていなかったと思います。だから少し噂として、耳に挟んだ程度の知識しか持っていませんね」

 期待した答えが得られず、大貴は残念がった。楓も同感だったが先生に失礼だと思い、平静を装って頭を下げた。

「それなら結構です。何か知っていらっしゃればと、念の為にお聞きしただけですから。有難うございました」

「もし何か思い出したら、お伝えしましょう。今日楓さんに遺産を引き継いだ時点で、彼との契約は借金の件を除けば終わっています。だからと言って、業務上で知り得た彼の住所等を私の口からは言えません。ただあなた達は聞く必要がないでしょう。また彼との業務上で知り得た情報以外の話なら、伝えても問題にはなりません」

「それでは、今後何かあればご協力をお願い致します」

 そう告げると、先生はあらたまって話し始めた。

「分かりました。後は楓さん。これからこの莫大な遺産の管理は、あなた自身がしっかりと責任を持って使うようにご注意ください。決して由子さんに恥じないよう、お願いします。お金は時に、人を狂わせます。あなたのお祖父さんが借金を抱える羽目になったのも、その為です。決して惑わされないように。自分の将来への投資や、社会に貢献できる使い道を考えて欲しいと思います」

「はい。この中にはお祖父ちゃんが受け取るべきお金も含まれています。それを肝に銘じていますから、下手な使い方は出来ません」

「そうですね。それにまず彼の借金を肩代わりした須藤道隆さんに、返済をしなければなりません。それからは、どうするつもりですか」

「今はまだ、はっきりとした考えはありません。でも私はお祖父ちゃんと近い内に堂々と会って、いずれは昔と同じく一緒に暮らしたい。その夢を叶える為には、いくら使っても惜しくありません」

「先程言っていた調査に費やすのですね。まあそれも良いでしょう。資産総額からして、また本来は彼が持っているべきお金もありますから、無駄遣いとは言えません。しかしそこから先も、しっかり考えて下さい。決して騙されたりしないように。いいですね」

「大丈夫です。お金の運用に詳しい彼がついていますから」

 楓はそういって、大貴を見た。突然話題を振られた為か、頭を掻いていた。照れているらしい。

 この半年余り、祖父の件では色々と骨を折ってくれた。もちろん彼はお金を持っている人に関心があったからだろうが、今はそれだけでないと思っている。この場でもそうだが、様々な場面で助けられてきた。彼がいなければ、ここまで辿り着けなかったに違いない。

 ましてや連城先生を味方につけられるなんて、以前は思ってもいなかった。だからとても感謝している。それは紛れもない本音だ。

 彼は頭を軽く下げて言った。 

「ありがとう。とはいっても、学生で素人の俺には運用できないからプロに相談した方が良い。そういう紹介なら、いつでもするよ」

「うん。でもしばらくは、このまま置いておく。全部片付いて、私自身がそうした知識や知恵を身につけてから、考えてみる」

「そうですね。それがいいでしょう」

 先生が締めくくり、それから少しばかり両親との間で交わされた契約等についていくつか確認した。さらに今後の行動に関する相談を何点かした後、三人は席を立って事務所を出た。

 これで今日しなければならない、大きな仕事を終えたのだ。けれども楓には、これからまだ大きな試練が待っている。その為気は抜けない。というのも明日から始まる連休を利用し、父達が札幌から一時東京のマンションへと帰ってくるからだ。

 その連絡は先月末にあった。今住んでいるマンションの持ち主が彼らだから、文句は言えない。ただ連休とはいえ、遺産を正式に引き継いだ翌日にやってくる状況から考えれば、何らかの意図があると疑わざるを得なかった。

 その件を大貴達に伝え、これまで色んなパターンを想定し、いざという場合の対策を事前に練って打ち合わせしてきた。それでも彼らと直接対峙するのは、楓自身だ。おそらく今日は、なかなか眠れない一日になるだろう。先程から緊張が徐々に大きくなってきた。 

 それを感じたらしい絵美が、口を開いた。

「大丈夫。今日は私があなたの部屋へ行って、一緒にお泊りするから。それに明日になれば須藤さんも駆け付けてくれるし。何も心配しなくていいよ」

 そうなのだ。相手がどういう手で来るかを考え、万が一の為に第三者である絵美が友人として遊びに来ていることにしていた。さらには大貴も父達がマンションに到着する頃、近くで待機して貰う作戦を組んでいる。

 決戦はこれからだ。楓は黙って頷き、絵美の手を強く握った。

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