第一章~⑥

 彼とその後四年近くも付き合うことになろうとは、あの時大貴達も想像していなかった。楓の祖父が築いた壁は余りにも強靭で、尚且つ複雑な事情を抱えていたからだろう。泊を加えた四人は、かなりの苦労を強いられたのだ。

 けれど楓の執念は大きく上回った。愛情に飢えた生い立ちも影響していたのだろう。だからこそ祖父と一緒に暮らしたい、と強く願っていたと思われる。それが長きに渡る調査ができた要因だ。

 その結果、居場所を突き止めた楓は祖父の勤める会社に就職を決め、この四月に初めて二人は対面したのである。しかしもう一カ月経つが、相手は頑なに彼女を受け入れようとしない。だから大貴と楓は就職して最初のGWだというのに、Uターン就職してN県の県職員となった絵美の案内で、村の近くにある宿泊所に来ているのだ。

「やはりこれまで調べて来た経緯を考えれば、ここに大きなヒントが隠されているはずだ。調査にかけられる今回の時間は、実質一日半。だがここまで来たからには何としてでも、新たな情報を掴もう。とはいってもこの四年間で相当的は絞られてきた。あともう少しだ」

「泊さんは今回、来られなかったの」

 絵美の問いに、楓が答えた。

「この休みは別件の仕事が入っているんだって。どうしてもというのならとは言われたけど、この三連休の間だと時間も限られているし、三人で何とかしようと思ったから断った」

「それで良かったと思う。訪問する先は、前もって絵美にアポを取って貰ったからな。そこから先の調査は三人で手分けして、時間が足りなかった場合は、後日泊さんにお願いすればいい」

「相手が男の人で危険だと思われる場合は、大貴も一緒にいれば大丈夫でしょ。楓と私の三人で行けば、襲われる心配はないと思うよ」

 四年間という長い付き合いを経て、互いの呼び方は苗字のさんづけから、下の名の呼び捨てに変わった。それだけ親密になったからだが、大きな謎に挑戦し続けてきた仲間意識がそうさせたのだろう。

 長期に及ぶ調査により、この村で大貴達を知らない人はいないと思われる程、多くの人に会って話を聞いてきた。そうして作り上げてきた人脈に加え、この春から絵美が県職員になった事も、大きく影響している。彼女から得られる内部情報は、とても貴重な物ばかりだった。それもそのはず、調べているのは四十年程前の事件にほぼ限定されていたからだ。

 その当時を知る人物が少なくなっていた為、大貴達は相当手間取った。けれど県で保管され埋もれていた過去の資料を閲覧できたおかげで得られた情報は、とても貴重だった。よって今年からは、より掘り下げた調査が出来るはずだ。

 それにこれまで控えていた、祖父と楓の面会も済ませている。よって呪いの噂を探っていると、先方にはとっくに伝わっているはずだろう。その為、今後何らかの動きがあってもおかしくない。そうなればこちらの思う壺だ。 三人の動きを察知して妨害行為に及べば、真実へと近づいている事を意味する。

 大貴は楓達との集合場所になった村のコテージから見える景色を眺めながら、ようやくこの問題の解決に光を見出せるところまで来た、と感慨にふけっていた。そこで改めて、彼女達と共に動き出した頃を思い浮かべたのである。


 楓を伴い、プルーメス社を訪れた大貴は緊張していた。卒業後は必ずここに就職しようと決めた、憧れの会社なのだから余計だ。

 アポは容易く取れた。何故なら叔父の道隆みちたかが、この会社の顧客だからだ。大貴がプルーメス社の存在を知ったのは、実業家の彼がここに資産運用の依頼をしていると、中学二年の時に教えられた話がきっかけである。

 大手不動産会社勤務の大貴の父より二つ年下の叔父は、大学を卒業後大手銀行に入社したが退職し、IT企業を立ち上げ成功を収めた。そうして純資産保有額五億を超える、超富裕層の実業家社長となったのだ。そこで彼は、銀行での在職時に面識があった友人や取引先の紹介で、資産の一部をプルーメス社に預け始めたという。

 叔父はずっと独身だった為か、甥の大貴を幼い頃から可愛がってくれた。正月やお盆に祖父達のいる実家へ集まった際など、多額のお年玉やお小遣いをくれた記憶がある。その為幼い頃は、単なる気前の良い人としか認識していなかった。

 しかし大貴が成長するにつれ、経済や社会の仕組み等、決して学校では学べない色々な事を、叔父から教わるようになったのだ。その一つが富裕層しか相手にしない、資産運用専門のコンサルティング会社の存在だった。

 大貴はほんの一部の人間しか経験できない特別な世界があると知り、俄然興味を持った。高給取りの父も富裕層には入る。けれど叔父のような世界には、全く手を出していなかった。必要以上に金を運用して増やそう等という考え自体、嫌っていたからだ。ある意味、堅実だったとも言える。

 しかし安定した生活を捨て起業という勝負に挑み成功した叔父は、生活で必要な最低限の資産を除いて余るお金があるなら、運用しない手はないという考え方だった。元々経済に興味を持っていた大貴は、身近な父以上の社会における勝者の言い分を聞き、心動かされたのである。

 但し彼も決して勝ち続けていた訳ではない。特に二〇〇八年のリーマンショックでは、かなりの損失を出したらしい。ただその原因の一つは、リスク分散の観点から資産運用先を、プルーメス社とは別の二か所にも委託していたからだ。

 考え方は決して間違っていない。けれど結果、プルーメス社以外に預けた資産は、半分近くまで減少したという。当時としては、やむを得ない状況だったようだ。

 しかしプルーメス社の運用分は、ほとんど減らなかったどころか、僅かながらに利益を上げていたらしい。おかげで損害を最小限に食い止められたと、叔父は何度も言っていた。そうした経緯から、資産を徐々にプルーメス社へ移行し始めたそうだ。今は八割以上を占めるという。

 具体的な成功体験や失敗例を挙げつつ、今置かれている世界情勢や経済環境の変化を日々追い続けることがどれだけ重要で大変かを、彼は教えてくれたのだ。その影響を受け、将来大貴はそうした資産運用をする仕事に就きたい、と考えるようになった。その為受験する大学を決めたと同時に、卒業後はプルーメス社へ入ろうと夢見ていたのである。

 幼い頃から感じていた、不満やコンプレックスに悩んでいたからだろう。目指すべきものがあり、脇目も振らず追い続けていれば、苦痛から逃れられかつ喜びが得られると気付いた為でもあった。

 目標を実現するには何をすれば良いかも、叔父の進言に従った。受験までは将来外国人相手でも交渉できるよう英語をしっかりと学び、経済新聞も毎日読むようになった。また入学後はとにかく金融や税務等に関する資格を取り、大学の授業も法務など関係する講義を中心に受講しろと指示されたのだ。

 もちろんプルーメスという会社自体、どういうところなのか調べられる限り勉強するように、とも忠告を受けた。だからこそ、あの会社が優秀な調査会社と提携していると知っていたのだ。その判断は正しかった。

 楓が抱える問題の詳細は伏せた上で、叔父に相談してプルーメス社との橋渡しをお願いした所、彼は言ったのだ。

「それはいい。あそこは優秀な調査会社と組んでいるから、間違いないだろう。それに近い将来顧客となって貰える可能性があると判断すれば、協力は惜しまないはずだ。俺からも良く言っておくよ」

 その結果、叔父の資産運用の担当者と会い、その席に調査会社の人間を同席させるとの連絡を貰った。そこで紹介されたのが泊だ。

 大貴達がプルーメスの自社ビルに入り、受付で叔父の担当者と約束がある旨を告げると、ある会議室へと案内された。そこに叔父の担当者は現れたが、泊を紹介して早々に席を外した為、その後は三人でしばらく話をする事になったのである。

 経緯を説明している間、泊は持っていたタブレット端末にメモを取りながら、何も言わず聞いていた。しかしこちらが一通り話し終えたと分かれば、直ぐに質問が飛んできた。

「お話を聞く限り、居場所の特定はそれほど時間をかけずに済むでしょう。ただそれだけでは、問題の解決にならないとのご意見も理解できます。そうなると、過去の調査はかなり難航すると思われますが、費用の方は大丈夫でしょうか。ちなみに、これが弊社に依頼された場合のざっとした見積書です。ここに別途交通費や文書の取り寄せ等、かかった諸費用の実費が加わりますがいかかでしょう」

 彼が提示した金額は、決して安くない。しかし楓は最初に発せられた言葉に強く反応していた。

「居場所は、直ぐにでも分かるのですか」

 驚く彼女とは対照的に、彼は平然と答えた。

「はい。何故なら今回の場合、完全に失踪した人とは違います。借金を抱えたり訳あって夜逃げしたりした人だと、住民票はまず動かしません。また其れまで関わった人との連絡を絶つので、探し出すには時間がかかります。でもあなたの祖父は、少なくとも連城弁護士と家の管理人の田畑家と繋がっている。しかも固定資産税等をしっかり払っているなら、どこかで住民票を持ち仕事をして暮らしているはずです。そういう方の居場所は、まず間違いなく特定できますのでご安心ください」

 自信たっぷりなその態度を見て、彼女は信頼できると踏んだのだろう。何度か頷いた後、頭を下げて言った。

「是非お願いします。祖父を探して下さい、お金は問題ありません。直ぐにでもお支払いできます」

 遺産を受け取っておらずとも、これまで支払われた養育費などの余剰分を無駄遣いせず、しっかり貯金していると彼女は以前言っていた。だから即決できたと思われる。

「ではお引き受けしましょう。ただ調査について判明した事があり次第、随時打ち合わせする必要があると思います。その連絡先は、山内様で宜しいですか。大貴様にも、お伝えした方が宜しいですか」

 同じ須藤の名の叔父が顧客である為、彼は下の名前で呼んだのだろう。大貴は楓と顔を見合わせ、どうすれば良いかを確認した。彼女はこちらを見てから、彼に視線を戻して言った。

「まず私に連絡を下さい。そこから彼にも伝えて欲しいと思った情報なら、そこでお願いするかもしれません」

「承知しました。ではお二人の連絡先を教えて頂けますか。あと山内様は、こちらの調査依頼書にサインして下さい。本来は未成年なので、親御さんのサインも必要になります。ただ今回は特殊な事情がおありなので、大貴様の叔父である道隆様が保証人として、後にサインを頂けると聞いておりますからご安心下さい」

 未成年者契約では、ある一定の要件を満たせば取り消しができ無効になる。その問題点を解消する為、叔父の了承を得て事前に十分な保証金を積む約束になっていたからだ。

 彼女は改めて彼だけでなく、大貴にも頭を下げた。

「有難うございます。宜しくお願いします」

 そうして二人は泊と別れた後、会社のビルの前で反対方向へと歩き出した。彼女は大貴と打ち合わせをしたかったようだが、用事があるので、と断った為だ。よって彼女は渋々家へと帰っていった。

 けれど大貴は彼女の後姿を確認し、ビルから少し離れた喫茶店に入り、泊の到着を待った。実は別途彼に依頼をしていたからだ。

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