第一章~⑤

 田畑家は、共に六十歳前後の洋三ようぞう道江みちえという夫婦二人で暮らしているという。だけど女性がいるとはいえ、人に触られたくない物もある。よって寮にいた頃、どうしても必要な物があった時には田畑家を訪ね、家の鍵を開けて貰い取りに行ったことがあるそうだ。

 しかし彼女が大学に合格し寮を出て、新しく住む部屋が決まった途端、弁護士を通じ楓の私物全てを送るという連絡があったらしい。

「それは酷いね。いくら建物の所有がお祖父さんになったとはいえ、人の物を勝手に運び出すなんて。机や本棚とか、そういう物も全てってことなのか」

 大貴の質問に彼女は頷いた。

「遺言書には細かく記載があって、建物とその中の什器備品全てが祖父に遺贈されていたの。但し例外は私が使っていた部屋の中の物で動かせる物だけは別にされていたけど、寮を出て別の部屋に移る際は全て運び出す事と書いてあった。要するに寮の部屋が狭いから置けない間だけは止むを得ず預かるけど、それ以降は自分で管理しろという意味だったみたい」

「それでどうしたんだ。全部運びこまれたのか」

「そう。確かに机だとか本棚とか、改めて買わずに済んだものもあったから助かったけど、ほとんどが小学生まで使っていた物だから、捨てるしかなかった。運ばれた後処分するのが大変だったの」

「そうだろうね。それから田畑さんの家へ電話したところ、通じなくなったんだな。何の用で連絡したんだ」

「一応、無事荷物が到着したからそのお礼にと思って。だから連城先生に聞いたの。そうしたら、もうあの家には用がないでしょう。何かあれば私が伺います、って言われちゃったんだ。そう聞いた時、須藤さんが言った通り、私と接触させないようにしていると思った。だから祖父の連絡先も、途中からか最初からかは不明だけど、知らされていないのかもしれない」

 しかし絵美が首を捻った。

「そんな事ってあるかな。だってもし何か問題が起こった場合に備えて、普通連絡先は教えるでしょう」

 大貴はそれを否定した。

「いや、メールアドレスだけ伝えれば十分だ。何かあれば、メッセージを送るよう指示しておけばいい。山内さんもそう思わないか」

「あり得ると思う。でも田畑さんにメールアドレスだけでも教えて貰えれば、私が探しているって祖父に伝言を送る事はできるよね」

「それも甘いな。まず田畑さんは拒否するだろう。個人情報だし、お祖父さんから固く口止めされていたら、聞き出すのはまず無理だ。それにもしアドレスが判明したとしても、返事があるとは思えない。守秘義務を盾に、弁護士の口を封じているくらいだからね」

「そうか。そうだよね。じゃあどうする、楓。最初の話では、登記簿謄本を取り寄せて住所を確認した後、田畑さんの所に行って色々話を聞く予定だったでしょ。そこから昔の噂について調べるのに、N県のあの辺りで話を聞くつもりだったよね。だけど須藤さんの話だと、最初から行き詰っちゃうよ」

 絵美の聞き捨てならない言葉を耳にした大貴は、話を遮った。

「おい、ちょっと待ってくれ。今何て言った。田畑さんに話を聞くのはいいとして、昔の噂について調べるというのはどういう意味だ」

 すると絵美は口をつぐみ、楓に視線を向けた。喋ってよいものか、判断が付かなかったのだろう。大貴はその先を聞く為に、同じくじっと彼女を見つめた。

 しばらく黙っていたが、決心したらしい楓は説明し始めた。

「お祖父さんがいなくなった理由の一つは、磯村家と縁を切る為だと思ったの。だって基本的には誰の面倒も看る必要がないのに、姻族終了届を出すなんて普通じゃないでしょ。私の事は、弁護士を入れれば済む話だから。そう考えた時、もしかして昔あったいくつかの不幸な出来事と、関係があるんじゃないかなって思ったの。だからそれを調べたくて、土地勘もあって親戚や知人もいる絵美に手伝って貰えれば、色々分かるんじゃないかと頭に浮かんだのよ」

「不幸な出来事って何だよ」

 彼女はやむを得ないという表情で語り出した。

 今から四十年前、由子の母の八重が病気で亡くなった前年に、七十五歳だった八重の母、その前に七十八歳だった八重の父、と三年続けて磯村家は不幸に見舞われている。

 しかしそれだけではなかったのだ。由子の夫だった真之介の弟の妻、圭子けいこさんという人が、八重の病死と同じ年に交通事故で亡くなっていた。その翌年に真之介の祖父が七十六歳で病死し、さらにその翌年に真之介が、山で滑落事故に遭って亡くなっているという。

「五年連続で人が死んだのか。しかも六人。でも今の話では、圭子さんと真之介さん以外、病死なんだろ。それに娘より早く亡くなった八重さんを除くと、それなりの年齢だ。立て続けだったとはいえ、不幸な出来事とまで言えるかどうか。それらの件と愛しのグランパの失踪が、関係あるとは思えないけどな」

「確かにそれだけだったら、私もそこまで考えなかったと思う。でも真之介さんが亡くなった四年後、今度は弟の光二朗さんが滑落事故で亡くなって、その翌年に八十二歳で真之介さんの祖母が病死したの。その後圭子さんの父の倉田まことさんが五十九歳で失踪して、村からいなくなった。もちろん今でも見つかっていない。この一連の出来事を、あの地域では磯村家の呪いって言われている。私はそれを調べようと、絵美に相談していたの」

 十年間で五人が病死で、三人が事故死、一人が失踪。その内磯村家の人間が五人で近い親戚が四人ともなれば、磯村家の呪いと言われるのは仕方がないのかもしれない。しかも人口の少ない、田舎の小さな村だ。その内の九人となれば、噂の種にはなっただろう。

 大貴が理解を示したからか、彼女の表情はやや明るくなった。しかしここで、敢えて否定する意見を告げた。

「でも明らかに年齢にもよるだろう病死が、四人含まれている。八重さんだって、早いとはいえ五十六歳だ。しかも二人は山での滑落事故だったなら、強いて事件性があるといえるのは、謎の失踪をした一人だけじゃないか。呪いなんて言えないと思うな」

 その反応が不満だったらしく、彼女は顔を膨らませて反論した。

「磯村家と縁を切りたかったのなら、それ位しか思い当たらないの」

「私も楓に言ったのよ。お祖父さんがいなくなったのは六年前だし、磯村家の呪いと言われていた出来事は三十年以上前の話だから、全く関係ないんじゃないかって。でも調べたいと言うから。私が住んでいた地域はその近くで、確かに小さい頃そういう噂を薄っすら耳にした記憶があったし」

「そんな最近まで、噂が残っていたのか」

 意外に思った大貴が尋ねると、彼女は頷いた。

「十七年前に楓のお母さんが、三十歳の若さで病死したでしょ。だから昔の噂話が掘り起こされたんだと思う。こういう言い方もなんだけど、田舎って人との繋がりが深くて助け合いの精神が強い反面、中には部外者の人と距離を置くタイプがいるのよ。しかも磯村家は、かなりのお金持ちだったから、やっかみもあったんだと思う」

 そんなものなのか。大貴は東京生まれの東京育ちで、親戚も東京で暮らしている人達ばかりだから、正直良く分からない。もちろん元を辿れば、地方から出て来た人が多いのだろう。確か祖父の代に、東京へ出て来たと聞いた覚えがあった。

 磯村家は戦前から東京だったらしい。楓の祖母が会社を退いた時、N県へ移住したから逆だと言える。磯村不動産という会社自体は、まだ東京にあるという。代々継いできたにも拘らず楓の祖母が手放したのは、後継者がいなかったからだと思われた。

 その点を確かめる為に尋ねると、楓は頷いた。

「そうだと思う。子供が私の母親一人しか生まれなくて、しかも転勤族と結婚しちゃった時点で、諦めたみたい。将来は他の人に譲り、引退しようと決めていたらしいの。その時から、真之介さんと出会った場所であり、お祖父ちゃんとも繋がりのあるN県の家で、隠居生活したいと考えていたんじゃないかな」

「結局その通りにした訳か。それなら山内さんが引き継いだ財産の大半は、N県の土地以外だと磯村不動産を売却か引き継いだ際に得た物って訳か。じゃあ現金または磯村不動産の株ってところだろう」

 何気なくそうかまをかけると、彼女は急に警戒したらしく顔を引き締めていった。

「詳細は良く知らない。ただ日々の生活が困らないように、連城弁護士を通じて父親が払っている月々の養育費と、いくらか上乗せされた金額が口座に振り込まれてくるだけだから」

 お金に関心を向け過ぎると、これ以上信用されなくなってしまう。それを恐れ、話題を変えた。

「俺はお祖父さんが、山内さんの前から姿を消した謎について調べることは賛成だ。けれど多少お金がかかっても、ある程度は本職に任せた方が良い。自分達で動くなら、そこから得た最低限の情報を元にした方が効率的だ。闇雲に素人が手を出しても時間の無駄だし、余計な経費が掛かる。N県へ往復するだけでも大変だろう」

 そこから三人は、ああでもないこうでもないと意見を重ね、何日にも渡って話し合った。そうして明日から夏休みに入るという日に、楓はようやく調査事務所へ依頼すると承諾したのである。その為大貴が窓口となり、株式会社プルーメスの顧問先の調査会社を紹介され担当となったのが、当時三十一歳だったとまりしょうだった。

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