One More KISS

杏実

再会

春が来る度に思い出す。

あなたと過ごした日々・・・。

そしてあなたの元へもう一度・・・。


「13時までに20部ずつ・・・。会議室の準備・・・」

ブツブツ独り言をつぶやきながら、廊下を歩く。

赤字で追記された紙の挟んであるボードは、私の本日の大事なToDoリスト。

一つずつは小さな雑務でも、積み重なると忘れてしまうことがある。


コピー機に原稿と用紙をセットして会議室に向かう。

少しでも時間を無駄にしないためにも、マルチタスクは必要だ。

この大手旅行会社に入所して3年。

日々の業務の中で覚えた技。


会議用の長机をセットしてきれいに拭く。

カーテンを開けて、空気清浄機のスイッチを入れておく。

あとは30分前になったらコーヒーの準備にとりかかろう。


会議室の簡単な準備を終えて、コピー機の所に戻ると別部署の先輩が少し怖い顔で立っていた。

「高原さん、紙、詰まってるんだけど」

「あ、すみません。すぐにやります!」

「コピー機、2台しかないんだから・・・困るのよね・・・離れちゃうと」


この先輩は別部署の先輩・ヤマイさん。

共有スペースの管理についてとてもうるさいと、同じ部署の先輩からも言われている。


「すみません・・・」

そう言いながら、急いで紙詰まりを対処する。

その後ろでヤマイさんはまだブツブツ言っている。

と。


「大変ですよね~団体企画部」

と、後ろから声がした。

見ると、コピー室の入口の所に男性が立っていた。

「これから会議でしたよね?準備任されるのも大変ですよね。手伝いましょうか?」

「え・・・?」

急に私をフォローしたのが気まずくなったのか、ヤマイさんはそそくさとコピー室を出て行った。


「あ、ありがとうございます」

「あ・・高原 夏莉(タカハラ ナツリ)さんだよね?」

「え?どうして私のこと・・・」

急に名前を呼ばれて戸惑う私に、彼はニコッと笑った。

「やっぱり覚えてないか・・・。高校の時、同じクラスだった魚住」

「ウオズミ・・・あっ!」

瞬時に記憶がよみがえって来た。


魚住稜(ウオズミ リョウ)

高校3年生の時の同級生。

とりわけ仲が良かったというわけではないが、普通に話をするクラスメイト、というそんざいだった。


ただ、高校生の頃の魚住くんは、真面目で少し大人しめの、良くいる学級委員タイプの子だった。

今目の前にいる魚住くんは、さわやかで華のある「あか抜けた」雰囲気を纏っている。


「びっくり・・・どうして・・・」

「実は先月から本社異動になって。その前までは、店舗で営業とかやってたんだけど」

「そうなの?全然知らなかった」

実際本社にいると実店舗の社員とはあまり交流がなかったりする。


「また、今度時間あったらご飯行こうよ」

「あ・・・えっと・・・」

「あ、ごめん、嫌だった・・・?」

「ううん。ちょっとびっくりしただけ。ほら、前あんまり話さなかったからさ」

「あぁ・・・確かに」

「じゃさ、今度お昼一緒に行こうよ。それならいいでしょ?」

「うん、わかった」


夜ではなく、ランチを一緒にってのが、魚住君らしくてなんかかわいいな。


「じゃ、俺行くね」

そう言ってコピー室を出ていく魚住くん。

あ、どこの部署にいるか聞いてなかったな・・・。

ま、でも同じ社内にいるなら会えるよね・・・。

「さ、やらなきゃ」

私はそう呟いて、コピー機に向き直った。



「え?同級生がいるの?」

会議の準備を終え、少し遅い時間でのランチ。

今日は一年先輩のアユミさんとランチに来た。

今の部署では一番仲良くしてもらっている先輩。

先ほどの魚住くんとの再会を報告してみた。


「店舗から本社へ異動って・・・優秀なんだよ、きっとその子」

「やっぱりそうなんですかね・・・。でもどこにいるか聞き忘れちゃって・・・」

「でも、お昼行くって約束したんでしょ?夏莉ちゃんが団体企画部って知ってたんでしょ?」

「はい・・・」

「じゃあ大丈夫でしょ?」

トマトソースのたっぷり絡まったパスタを口に運びながら、アユミさんが言った。


「で、どうだったの?」

「どうって、何がですか?」

「だから・・・9年ぶりに再会したんでしょ?同級生。運命みたいなのは感じなかったの?あのヤマイさんから救ってくれたんでしょ?」

アユミさんの質問に思わずむせそうになる。


「ないですよ、そんなの・・・。まぁ昔よりはあか抜けたな・・・とは思いましたけど」

「ふぅーん、じゃあこれからか」

「え?」

「これから恋が始まるかもしれないね」

「そんなドラマみたいなこと・・・」

「夏莉ちゃん、どこにチャンス転がってるか分かんないいんだから、一期一会、大事にしないとね」

そう言って笑うアユミさんがとってもかわいく見えた。


一期一会を大事に・・・。なるほどね。

「さ、食べて午後もがんばろっ!」

そういうアユミさんの声に励まされ、私は一口コーヒーを飲んだ。

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