悪夢
「ただいまー!」
明日香は、いつものように玄関のドアを開ける。
俊行が、先に帰っているはずなのだが、まだ、帰ってきていないようだ。
明日香は、とりあえず明かりを付けてお茶を入れた。
「すまん、遅くなった」
玄関の開く音と同時に俊行の声がした。
「パパどうしたの? 残業って事はなんかったの!?」
明日香が、尋ねると俊行は「捜査上の秘密だ」と答えた。
「それより今日は遅くなったから」
そう言ってレジ袋からハンバーグ弁当を二つ取り出した。
俊行が背広から部屋着に着替えている間に明日香は、弁当をレンジで温める。
ちょうど暖め終わった頃に俊行が、戻ってきた。
「お前の方は順調なのか?」
俊行が明日香に聞いてきた。
「順調よ、あと明日、聖パウロ大学の天野教授に会いに行く事になったの」
俊行は、少し俯いてから口を開いた。
「天野教授か? 警察や検察での研修によく呼ばれてる学者だな、何でまた会いに?」
俊行の話を聞いた明日香は「そんなに有名な先生なの?」と声を上げる。
「まぁ司法試験予備校じゃ聞かない名前だろうな最も昔は刑事政策とかが選択科目にあったから、今もあったら名前は出てきたんだろうよ」
俊行が言うには、明日香が法学部や社会学部へ進学したら講義で名前が出るはずだと聞いて明日香は法学の奥深さを感じるのだった。
そして、例のUSBメモリの話しをしたら、俊行はそういうたちの悪い奴がいるからなと少し憤った。
「それこそ天野教授に聞いてみるといい」
俊行は、そう言って腕を組んだ。そして、何時ものお勤めを始める時間になると仏壇の前で般若心経を唱えるのであった。
次の日の朝早く明日香は、起きて自分の分と俊行の分の朝食を作る。いつもは早起きの俊行だが、残業でよほど疲れてるのだろう何時もの『朝のお勤め』の時間になっても起きてこない。
起しに俊行の部屋へ行ってみると俊行は悪夢を見ているのか魘されていた。
「パパ! 起きて! 遅刻しちゃうよ!」
明日香は大きな声を出して俊行を起こした。
「うーん酷い夢を見ていた」
俊行は怠そうに起き上がるとため息をついた。
「一体どんな夢を見たの?」
明日香が尋ねると俊行は答えた。
「死刑執行の夢だ」
「死刑執行!?」
明日香は聞き返した。
「ああ、死刑執行だ。若い頃一度立ち会った事があるんだが・・・・・・」
俊行の顔色が悪くなる。
「嫌だ、嫌だと泣き叫ぶ死刑囚に刑務官が縄をかけて・・・・・・」
「それから?」
明日香は真剣な顔をして父であり一人の先輩法律家である父に尋ねる。
「刑務官が、ボタンを押して、踏み板が外れて死刑囚は、一階へ落ちて首の骨が折れる。その時の音が馬鹿でかいんだ。そして、医務官が死亡を確認するんだが、死亡確認後、五分ほどそのままにしておくんだ」
俊行は、青ざめた顔をしながらも淡々と話した。
「その後はどうなったの?」
明日香が、恐る恐る尋ねると俊行が答える。
「その後は、俺は見てないが、刑務官達が葬儀の準備をしたらしい俺は事務官が作成した書類に拘置署長と連名で署名して、その日の勤務は終わりだったが後味が悪い日だった・・・・・・」
俊行は一通り話し終えるとすっきりとした顔になり「時間もあるし食いながら話ししよう」と元気を取り戻したようだった。
食卓には、少し冷めたプレーンオムレツとトーストが準備されていた。
明日香と俊行、二人で手を合わせて「いただきます!」と笑顔で言ったあと朝食が始まった。
いつものように楽しい朝食となったが急に俊行が真剣な顔になった。
「明日香! よく聞いとけ! これは父親としてではなく、一人の法律家として言うが刑事裁判はミスは許されない! 弁護士であれ、検察官であれ、裁判官であれそれぞれ大きな責任があることを忘れるな!」
明日香はあまりにも真剣な父にキョトンとしてしまったが、顔を上げて答えた。
「わかりました!」
そして、二人は、何時ものように職場へ向かって行った。
異議あり! 猫川 怜 @nekokawarei
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