第79話
「そのとき、兄上とカミリアに言及した私に向かって、エヴェリーナはもう気にしないことにした、お二人が仲睦まじく過ごされるのはいいことだと言いました。
正直、驚きました。あの時は、私も彼女は兄上たちを恨んでいるとばかり思っていたので」
「ふん、口先だけなら何とでも言えるだろう」
「私はその日、無礼にも彼女に水を浴びせかけたんです」
ミリウスはそうはっきりと言う。ジャレッド王子は目を丸くしていた。会場が小さくざわめき始める。
「は? 何の話だ」
「しかしそこまでされてもエヴェリーナは笑みを崩しませんでした。私に向かって笑顔を向け、もう自分を哀れむのはやめたのだと言ったのです。離れていった者よりも、変わらぬ態度で接してくれる者を大切にしたいと。
兄上は、これらの言葉がすべて取り繕うために出たものだと思いますか?」
ミリウスに真っ直ぐに見つめられ、ジャレッド王子は言葉に窮していた。
ミリウスはそんな王子から、こちらに向かって視線を移す。そして謝罪の言葉を口にした。
「エヴェリーナ、その、あの時はすまなかった。それにあんな無礼なことをした俺に手を差し伸べてくれたこと、感謝している。……さっきはそれを言いたかったんだ」
会場がいっそうざわめいた。人々の会話が途切れ途切れに聞こえてくる。
「……そうよね、エヴェリーナ様はここ最近ずっとサイラス様と一緒にいて幸せそうだったもの」
「みんな、エヴェリーナ様が本当に好きだったのはサイラス様のほうだったんだって盛り上がっていたわよね」
「そもそも婚約破棄のときのカミリア様をいじめたという話も本当なのかどうか……」
ジャレッド王子の耳にも人々の会話は入ってきているのだろう。
だんだんと頬を紅潮させ、顔を怒りに歪ませ始める。
ずっと女神のような笑顔を浮かべていたカミリアが、会場を見回して舌打ちするのが見えた。ちょっと驚いてしまった。
呆然とヒートアップする会場の様子を眺めていると、ルディ様の姿が目に入る。彼はこの状況が気に入らないようで、苛立たしげに会場を見回していた。
(犯人は絶対ルディ様よね……。わかっているのに何も言えないのがもどかしいわ)
今回の人生では極力避けていたけれど、前回の人生で私をそそのかしたのはルディ様だ。
前回同様にカミリア暗殺未遂が起こっている以上、彼が私を通してではなく直接暗殺者に依頼したと考えるのが自然だろう。
そう思うが、下手に前回のことを口にしてなぜそんなことを知っているのかと疑われるのは避けたい。私は悔しい思いでルディ様を眺める。
「エヴェリーナ」
ルディ様を眺めながら唇を噛む私に、ミリウスが近づいてきた。
「兄上が悪かった。ここは騒がしくていづらいだろうからもう帰っていいぞ。後は俺が何とかしておく」
「ミリウス様、あの、ありがとうございました。助けてくれて」
「気にするな。お前がしてくれたことを返しただけだ」
ミリウスはそう言うと曇りのない笑みをこちらに向けた。彼にこんなに邪気のない態度を取られるのは初めてで、つい戸惑ってしまう。
「お嬢様、行きましょう」
「え、ええ。サイラス。ミリウス様、本当にありがとうございます」
「気をつけて帰れよ」
私はミリウスにもう一度お礼を言うと、サイラスに促されるまま出口まで向かった。
「待て、エヴェリーナ! 話は終わっていない!」
後ろからジャレッド王子の叫び声が聞こえてくるが、ミリウスに制止されて追いかけては来れないようだった。
私はサイラスと二人、騒がしい会場を後にした。
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