第69話
「そういうのじゃないのよ。私はサイラスに幸せになって欲しいだけなの」
「まぁ、恥ずかしがらなくていいんですのよ。サイラス様といるときのエヴェリーナ様、とってもいきいきして幸せそうですわ」
「恥ずかしがっているわけじゃないんだけど……」
「そうですね、婚約者がいなくなってフリーになったとはいえ、公爵家のご令嬢が執事を愛してらっしゃるなんて気軽に言えることではありませんわね。失礼いたしました」
彼女はうんうんうなずきながら、勝手に一人で納得している。
「でも、エヴェリーナ様はともかく、サイラス様のほうはエヴェリーナ様をお好きだと思いますよ。ずっと前から」
「え?」
「だってサイラス様のエヴェリーナ様を見つめる目、本当に愛を感じますもの。何か進展があったら教えてくださいまし!」
そう言うと、エノーラは元気に去っていった。
(いい子なんだけど思い込みが激しいのよね、あの子)
私は息を吐いて、会場の中へ戻ることにする。エノーラの思い込みには困ったものだ。
しかし、そう思うのになぜだか妙に落ち着かなくて、顔が熱かった。エノーラがおかしなことを言うせいだ。
みんなが噂しているという話は本当だったようで、それから意識してみると、どこへ行っても私がサイラスといると微笑ましい視線を向けられていることに気づいた。
つい最近までは、私のことを白い目で見てくる人も多かったというのに。
悪意を向けられるよりいいはずだけれど、なんだか落ち着かない。特にご令嬢たちは私に興味津々のようで、しょっちゅう親しげに声をかけてくる。
今日もある侯爵家主催のお茶会に参加したら、ご令嬢たちに一斉に囲まれてしまった。
「ごきげんよう、エヴェリーナ様」
「エヴェリーナ様、今日はサイラス様と一緒ではないんですの?」
「今日はサイラスはお屋敷で仕事があるから」
ご令嬢たちの勢いに押されながらそう告げると、彼女たちはいっせいに残念そうな顔になる。
「まぁ、残念ですわぁ。一緒にいるところを見たかったのに」
「ねぇ、エヴェリーナ様。サイラス様とは幼い頃から一緒だったんでしょう? いつから好きになったんですの?」
「いや、サイラスはとてもいい人だけど、好きなわけじゃ……」
「まぁ、素直になっていいんですのよ。もう王子の婚約者でもないんですし!」
「いや、その……」
やんわり否定しようとするのに、ご令嬢たちは聞く耳を持たない。
「けれど、今思い返すとジャレッド王子のエヴェリーナ様がカミリア様をいじめたから婚約破棄って主張、あり得ませんわよねぇ。
嫉妬でカミリア様をいじめたなんて言っていましたけれど、サイラス様のことが好きなエヴェリーナ様が王子のことで嫉妬するはずないじゃないですか」
「本当よね。私は最初から怪しいと思っていたのよ。
カミリア様ってほら……世間では清廉な聖女って言うことになっているけれど……、エヴェリーナ様が婚約者だった頃からジャレッド王子にべたべたして、変だったわ」
「きっとエヴェリーナ様を排除したかったのよ。この前もリーシュの祭典で無理矢理エヴェリーナ様を舞台に引っぱりだそうとしたなんていうし! 大変でしたわね、エヴェリーナ様」
令嬢たちはすっかり私に同情しているようだった。思わず呆然としてしまう。
一回目の人生では、どんなに私はカミリアをいじめていないと主張しても信じてもらえなかったのに。
王子とカミリアの嘘を放置していた今回の方が無罪を信じてもらえるなんて、なんて皮肉な結果だろう。
「エヴェリーナ様、私たちは応援していますからね! サイラス様も絶対にエヴェリーナ様のことが好きなはずです!」
「がんばってくださいまし、エヴェリーナ様っ」
ご令嬢たちはそう言うと、キャッキャと楽しげに話しながら嵐のように去って行った。
私はただぽかんとして彼女たちの背中を見送ることしかできなかった。
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