第70話
***
人々からの視線はすっかり温かくというか、生ぬるくなったけれど、私は少々焦っていた。
私がサイラスを囲い込んでいるなんて噂が流れていると知ったときはつい笑ってしまったが、ここまで噂が広まっているのではちょっとまずいのではないかと思い始めたのだ。
みんな私とサイラスが身分違いの恋をしていて、王子に婚約破棄されたおかげでやっと自由に振る舞えるようになったと思っている。
私はもう良い縁談なんて望んでいないからどうでもいいけれど、問題はサイラスだ。
公爵令嬢とこんな噂を流されては、サイラスが結婚相手を探すときに障害になってしまうのではないか。
せっかくサイラスは美形で性格もいいのに、公爵令嬢に好かれているからと素敵なご令嬢に身を引かれては問題だ。
私より一つ年上のサイラスは現在十九歳。結婚を急ぐ年ではないけれど、このまま噂が広まってしまえば影響が出かねない。
しかし、私が噂を否定したところでみんな照れているとしか思わず信じてくれない。一体どうしたら……。
「……そうだ! サイラスに婚約者を探してあげればいいのよ!」
名案だと思った。それが一番いいはずだ。
サイラスに以前恋人がいるのか尋ねてみたことがある。もしも恋人がいるなら、あんまり色んな場所に連れ回すのは悪いと思ったからだ。
そのときサイラスは、なぜだか顔を赤らめて「そんな相手はいません」と妙に力を込めて言っていた。
けれど、サイラスに別に相手がいれば、サイラスが私を好きだという噂はひっくり返せる。
私は婚約者に加え執事にも振られたと噂を流されるかもしれないが、それは別に構わない。今回の人生はサイラスを幸せにするためだけに使うと決めたのだから。
決めたら早速行動に移さなければ。サイラスはどんな女の子が好きなのだろう。
綺麗な子がいいのかしら。それとも可愛いらしいタイプの子?サイラスの相手に連れて来るなら、性格も良くなくてはならない。
サイラスの隣に素敵な女性がいる様子を思い浮かべてみた。
サイラスはその子と幸せそうに笑いあって、紹介してあげた私に笑顔でお礼を言うのだ。これは結構いい恩返しになる気がする。
「……でもサイラスに恋人や婚約者ができたら、もうこれまでのように連れ回せないのよね」
思い浮かべているのは理想的な光景のはずなのに、なぜだか私の心に小さく痛みが走った。
巻き戻ってからはずっとサイラスのそばにいたから、寂しく感じてしまうのかもしれない。
けれど、そんなことを考えていてはだめだと思い直す。今回の人生はサイラスのために使うのだ。
私が寂しいからなんていう理由でサイラスを縛りつけるわけにはいかない。
胸の中に広がる憂鬱を無理やり振り払う。私はサイラスを幸せにしてあげるんだから。
私は早速、サイラスにどんな女の子が好きなのか聞いてみることにした。
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