10.広まる噂
第68話
「今日も平和だわー」
私は部屋で伸びをしながら呟いた。
テーブルの上には、紳士用のアクセサリーカタログがたくさん並んでいる。今はサイラスにあげるプレゼントを選んでいる最中だ。
高価なものだと遠慮するサイラスが受け取ってくれる範囲でいいものを選ばなければならないので、なかなかに判断力を要する。
けれど、サイラスにプレゼントを渡すときのことを思い浮かべたら、自然と頬が緩んだ。
私の毎日は、相変わらず一度目の人生が嘘のように平穏で幸せだ。
問題事といえば、ジャレッド王子とカミリアが嫌がらせで呼びだそうとしてくることや、あからさまに拒否してもルディ様がしつこく家を訪ねてきたり、手紙を送ってきたりすることくらいだろうか。
あとは、一部にまだ私を見る度に隠れて何かこそこそ言う人がいるくらい? それくらいならなんてことない。私のことなんて何でも好きに噂すればいい。
噂話といえば、先日出席した夜会でおもしろい話を聞いてしまった。
どうやら貴族たちの間では、『公爵家のエヴェリーナ嬢は王子に婚約破棄されたショックで、美形の執事を強引に囲い込んでいる』なんて噂が流れているらしい。
巻き戻ってからは時間があれば人目を気にせずサイラスを連れて出かけていたし、リーシュの祭典ではサイラスに抱き上げられて走り去るところまで大勢に見られてしまったので、そんな話が広まってしまったのだろう。
そういえば、パーティーでご令嬢たちに向かって、「サイラスがいればほかに何もいらないんです」なんて宣言してしまったことまである。
最近の自分の行動を思い返すと確かに囲い込んでいるみたいで、おかしくなって笑ってしまった。
サイラスにおかしな噂が流れてしまったことを謝ったら、逆にぺこぺこ謝られた。
あんまり申し訳なさそうな顔をしているから、私と噂が流れるのは嫌か聞いてみたら、全力で否定されたので、よしとすることにする。サイラスが気にしていないならいいのだ。
巻き戻ってからの日々は本当に楽しい。
婚約破棄直後は嫌味を言ってくる知人も多かったけれど、私は毎日があんまり幸せだったので、彼らに笑顔を振りまいていた。
使用人の中にも明らかに態度の変わった者が少なくなかったけれど、彼らのことも笑って許してあげた。
そんな風に過ごしていたからなのだろうか。いつの間にか人々の私を見る目が変化していることに気づいた。
パーティーに参加しても、街を歩いていても、お屋敷の中にいても、みんな見守るような穏やかな目で私を見るのだ。
以前面と向かって文句を言ってきたグラシア様とその取り巻きたちなんて、今では出くわすたびに意味深な笑みを浮かべて手を振って来る。謎過ぎる行動に思わず首を傾げた。
不思議に思っているとき、教えてもらった。
それは、あるパーティー会場で少し休もうとバルコニーに出ていたときのこと。
柵にもたれかかって空を眺めていると、伯爵令嬢のエノーラがそばにやって来た。彼女は前回の人生で、婚約破棄後も態度が変わらなかった数少ない友人の一人だ。
「エヴェリーナ様、今みんながエヴェリーナ様のことをどんな風に言っているか知ってます?」
「さぁ。王子に婚約破棄されたショックで執事を囲い込んでいるかわいそうな令嬢だったかしら?」
「全然違います! いえ、ちょっと前までそう言う無礼なことを言う人がいたのは否定できませんけど……。けど、今は誰もそんなこと思っていません」
「そうなの?」
「ええ! みんなエヴェリーナ様は本当は執事のサイラス様がお好きだったのに、王子と婚約しているからどうすることもできず、報われない恋をしていたんだって話してるんです。それが婚約破棄されたことでやっと心のままに振る舞えるようになったと……!」
「え? そんな話になってるの?」
「実際のところどうなんですか、エヴェリーナ様! みんな身分違いの恋って素敵よねって盛り上がってます!」
エノーラは目をキラキラさせて尋ねてくる。期待に沿えずに申し訳ないが、そういう理由ではない。ただ私はサイラスに恩返しをしたいだけだ。
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