第67話
***
窓の外から聞こえてくる風の音で目を覚ました。
ぼんやりしながら辺りを見回し、ソファの上でうとうとしてそのまま眠ってしまったことを思い出す。
窓の外はすでに夕焼け色に染まっていた。随分長い時間眠っていたらしい。
さっきまで長い夢を見ていた気がするのに、内容が思い出せない。なんだかひどく悲しい夢だった気がする。
無意識に首元に手を遣って撫で、その行動に首を傾げる。
その時、誰かが扉を叩く音がした。
使用人仲間の誰かだろうと思い気軽に返事をすると、顔を出したのはお嬢様だった。
「サイラス、いる? 突然ごめんなさい」
「お嬢様? どうなさったんですか。こんなところへ」
慌てて立ち上がって扉のほうまで行くとお嬢様は嬉しそうに笑って私の手を取った。お嬢様はそのままぎゅっと私の手を握りしめる。
「お休みの日なのにごめんなさいね。なんだか急に会いたくなっちゃったの」
「今朝会ったばかりなのにですか?」
お嬢様の言葉がおかしくて、つい笑ってしまう。
昨日は夜遅くまで一緒に祭典が終わった後の街を歩いて、今朝も顔を合わせたばかりだというのに。まるで長らく会っていなかったかのような言い方だ。
私がくすくす笑うのを見て、お嬢様は不満げな顔をする。
「だめなの? 今朝も会ったけどまた会いたくなっちゃったの」
「いいえ、そうおっしゃっていただけて光栄です。けれどお呼びしてくだされば、すぐにうかがったのに」
「私が会いたいんだから、私が会いに行くわ」
お嬢様は機嫌を直したようで、私の手を両手でつかんだまま、ぱたぱた動かしながら言う。
その無邪気な様子を可愛らしいなと思いながら見ていると、お嬢様はふいに真剣な顔になった。
「ねぇ、サイラス。私あなたにすごく感謝しているの。いつも私を見守ってくれて、たくさん励ましてくれて」
「お嬢様……私は執事として当然のことをしたまでで」
「それにね、サイラスは私に人間らしい感情を取り戻させてくれたのよ。私、あなたがいなかったら何もかも恨んだままだったと思うの」
お嬢様はひどく真剣な目をして言う。私にはその言葉の意味を図りかねた。
人間らしい感情を取り戻させたとはどういう意味なのだろう。何もかもを恨むと言うが、お嬢様は理不尽な目に遭ってもむしろずっと明るく振る舞っているのに。
私が尋ねる前に、お嬢様が口を開く。
「だから私、あなたにもらったものを返したいの。あなたが幸せになるためなら何でもしたい。そのためだったら私は不幸になってもいいわ。命だって差し出していい」
お嬢様は曇りのない目で私を見つめながらそう言った。あまりにその瞳が真剣なので驚いてしまう。なぜお嬢様は、ただの執事である私にそこまで言ってくれるのか。
「お嬢様、不幸になってもいいとか命を差し出していいだなんて言わないでください。お嬢様が不幸になって私が幸せになれるわけがないではありませんか」
「それくらい強く思っているっていう意味よ。サイラスが幸せになるためだったら何でもするから、頼み事や欲しいものは遠慮なく言ってね!」
「お嬢様……」
お嬢様は私の手を掴んだまま力を込めて言う。私は胸が詰まって言葉が出てこなくなり、ただその顔をじっと見つめることしかできない。
「……何もいりません。私はお嬢様が笑っていてくれるだけで心から幸せなのです」
かすれた声でそう言ったら、お嬢様の目の奥が小さく揺れた。
しばらく言葉に詰まったように俯いてしまったお嬢様は、顔を上げると泣きそうな顔で、それでも幸せそうな笑みをこちらに向けてくれた。
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