第66話

***


 そんな日々を過ごすうち、とうとう処刑の日がやってきた。


 覚悟していたはずなのに実際に言い渡されると体が強張るのを感じた。看守に連れられて冷たい廊下を歩く。


 鉄製の扉が開き、部屋の中にある禍々しい断頭台が見えたときは、思わず息を呑んだ。


 想像していたよりも小さな器具だった。公開処刑に使われるようなものとは種類が違うのだろう。


 しかし、小さくとも断頭台の上には確かに重々しい黒い刃が取り付けられている。


 肌を差すように冷たい室内の空気。


 灰色の壁。


 血の痕なんてどこにもないのに、なぜだか鉄の錆びたようなにおいがする。


 この光景を見るのがお嬢様でなくてよかったと思った。お嬢様はこんな場所で死ぬべき人じゃない。


 お嬢様は今何をしているだろう。少しは元気を取り戻してくれただろうか。


 看守の一人がこっそり教えてくれた話によれば、お嬢様は釈放後しばらくは衰弱によってベッドから起き上がれない状態だったが、体力が落ちているのは一時的なもので、時間が経てばよくなるだろうということだった。


 私が処刑されればいまわしい一連の事件も全て終わる。お嬢様には王子に切り捨てられたことも投獄されたことも、一刻も早く忘れて幸せになって欲しい。


 役人が近づいてきて私に断頭台に上がるよう促す。言われるままに台の上にうつむけに体を倒した。上のほうで金属の動く重々しい音がする。


 看守の一人がそっと近づいてきて、周りには聞こえないように声をかけてきた。


 彼はなぜだかよく私を気にかけてくれて、現在のお嬢様についての話を色々と教えてくれた人だ。



「なぁ、本当によかったのか」


「何がです?」


「だって、お前……。エヴェリーナ嬢も悲しむんじゃないか」


 彼は私が犯人ではないと気づいている様子だった。牢にいる間も、よく躊躇いがちに本当にやったのかと尋ねられた。


「これでよかったと思っています。お嬢様だってきっとすぐに忘れるでしょうし、そうであって欲しいと願っています」


 看守は痛ましそうにこちらを見る。それから、何も言わずに下がっていった。


 別の役人が近づいてきて機械を動かす気配がする。上のほうで刃がギシリと動く音がした。



 お嬢様に心を痛めないで欲しいと、そしてすぐに忘れて欲しいと、心から願っているのは本当だ。


 ……けれど本音を言えば、ほんの少しだけお嬢様に気にして欲しいと思っているのは否めない。


 一日だけでいいから、ジャレッド王子のことばかり考えているお嬢様が私のことだけを考える日があったらいいのになんて、勝手なことを夢見てしまう。その感情が憐れみでも罪悪感でもなんでもいい。


 私のことなんてすっかり忘れてくれて構わない。


 つらいことは全て忘れて幸せになって欲しい。ただ、わずかな時間だけでいいからお嬢様の心に私が残ったらいいと願ってしまうのだ。



「これより、罪人サイラス・フューリーの処刑を行う」


 低い声が響き渡り、部屋中に緊張が広がるのがわかった。ちらりと横を見ると、先ほどの看守が泣きそうな目でこちらを見ている。


 私は静かに目を閉じた。


 悪くない人生だったと思う。最後にお嬢様を自由にしてあげられた。


 役人が合図する声がする。


 その瞬間、勢いよく刃が落ちる音が聞こえてきた。首元に今まで感じたことのないような衝撃と、痛みなのか熱さなのかわからない感覚が走る。


 感覚がぼやけ、目の前に白い光が広がった。


 どこまでも広がっていく白い光。


 遠くでお嬢様のすすり泣く声が聞こえたような気がした。ごめんなさい、ごめんなさいとか細い声で謝るお嬢様の声。


『私はどうなってもいいから、サイラスを……』


 ここにいるはずのないお嬢様の声がはっきりと頭に響く。


 私の意識は、いつの間にか光の中に溶けていった。

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