第21話

 なんとか元気を出そうとする気持ちも長くは続かず、私は数ヶ月後にとうとう人生を終わらせることを選んだ。


 死ぬために使うナイフを探しに街を歩く最中、心の中でずっとサイラスに謝っていた。


 せっかく助けてくれたのにごめんなさい。私、もう耐えられそうにない。全てが嫌なの。もう何にも希望を見出せないの。


 真夜中、みんなが寝静まったのを見はからい部屋でナイフを胸に押し当てた。


 傷口に今まで感じたことのない燃えるような痛みを感じる。


 サイラスも、首を斬り落とされる瞬間は痛かったかしら。恐ろしかったかしら。私のせいでごめんなさいと、何度目かわからない謝罪が口からこぼれ落ちる。


 せめて、サイラスが次の人生で幸せになれますように。朦朧とする意識の中で、ただそう願った。



***



 ソファの上でゆっくり目を開ける。


 過去を思い出しているうちに、気がついたら眠ってしまっていたらしい。目からは大量の涙が流れ、頬が渇いた涙で引きつっている。


「夢……よね。私、巻き戻ったのよね」


 寝起きの頭にはどこからどこまでが夢なのか曖昧で、不安になってくる。


 私は立ち上がって屋敷を走り出した。呼び出し用のベルを鳴らせばいいのはわかっているけれど、いてもたってもいられない。


 すれ違う使用人たちが驚いた顔をするのにも構わず、使用人用の多目的部屋まで駆けて行った。



「サイラス!!」


 扉を開けるなりそう叫ぶと、中にいた数人の使用人たちがぎょっとした顔でこちらを見た。


「お嬢様? どうなさったんですか?」


 ほかの使用人たちとソファに腰掛けて話していたサイラスは、私に気づくと急いで駆け寄ってくる。


 サイラスがちゃんとここにいることが確認できて、私の体からは力が抜けた。


「サイラス……」


「目が真っ赤ではないですか! まさか泣いていたんですか? 何があったんです?」


 サイラスは私の顔をまじまじ見ると、戸惑ったように言った。そして「冷やすものを持ってきます」と言って背を向けようとする。


 私はサイラスの腕をつかんで引き止めた。それから振り向いたサイラスの頬を両手でつかんで、じっとその目を見つめる。


「え、あの、お嬢様……?」


 至近距離で見るサイラスの顔が、どんどん慌てた表情になっていく。


「よかった、ちゃんと生きてるわね」


 ちゃんと手で触れられることが嬉しくて、止まっていた涙がまた溢れてきた。


「生き……? あの、お嬢様、そんなに近づかれては」


「よかった、本当によかった。またいなくなっちゃったらどうしようかと思った」


 涙がぽろぽろ頬を落ちる。サイラスは困り顔のままそっと私の手を外すと、そのままぎゅっと握りしめた。


「泣かないでください、お嬢様。私がお嬢様のそばを離れたことなんてないでしょう?」


「あるのよ。サイラスは知らないと思うけどあるの」


「お嬢様……」


 サイラスは支離滅裂な私の言葉に戸惑い顔をしている。


 しばらく考え込んでいたサイラスは、ふいに笑顔になると、私の手を握ったまま優しい声で言った。


「……わかりました。それでは、これから先はお嬢様が離れてほしいと言うまで決して離れません」


 迷いのない口調で言われ、不安だった心が安心に包まれるのがわかった。私は約束よ、と何度も繰り返す。サイラスは何度でもうなずいてくれた。


 ふと、後ろを見ると、使用人たちが微笑ましげにこちらを眺めているのに気づいた。


 ああ、そういえばほかにも人がいたんだったと思っていると、サイラスも後ろを振り向く。そして顔を赤くしていた。



「お、お嬢様。それでは、何かあればいつでもうかがいますので」


「えっ、一緒に来てくれないの? 私が離れて欲しいと言うまで離れないって言ったじゃない」


「言いましたが、四六時中という意味ではなくてですね……」


「言ったわよね! じゃあこれから一緒にお庭に行きましょう!」


「お嬢様……!?」


 サイラスの腕をつかんで引っ張ると、サイラスは困り顔をしながらもついて来てくれた。


 後ろから使用人たちが、「お嬢様、サイラス、いってらっしゃいませー」なんていう声がくすくす笑いとともに聞こえてくる。


 サイラスの腕は温かった。


 ああ、もうここはあの悲しい世界ではないのだと思ったら、流しきったはずの涙がまた頬を伝った。

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