第15話

 私はこれまで取り繕っていたのが嘘のように、ジャレッド王子のところへ押しかけて不満を並べるようになった。


 もうカミリアを傷つけることがないようにという理由で王宮への立ち入りを禁止されていたが、そんなことには構わず毎日城まで押しかけた。


 もう我慢するのは嫌だった。


 だって我慢してジャレッド王子にもカミリアにも強く出なかった結果があれなんだもの。


 ジャレッド王子はそんな私を汚らわしいものでも見るかのように眺め、「早くここから出ていけ」と吐き捨てた。衛兵に捕らえられ、私はあっさりアメルの家へと追い返される。



 王宮への出入り禁止が厳しくなると、今度はカミリアのいる神殿に行くことを考えるようになった。


 聖女の儀に参加した際にもらった金の鍵は、王子の婚約者でなくなったためすでに没収されている。


 しかし、私は鍵を返す前に、王都のはずれに住む魔導士の元を訪れて複製を作っていた。


 魔導士には神殿の鍵となると随分高額になると言われたけれど、私にはなんてことない額だった。この鍵があれば、神殿の内部に入れる。カミリアを見つけてひっぱたいて、思うままに罵ってやれる。



 けれど、自分の部屋でその鍵を眺めているところを、うっかりサイラスに見られてしまった。サイラスは驚いた様子で私からその鍵を取り上げると、すぐに処分するように言う。


 私が嫌がると、サイラスは悲しげな顔をして、それならば絶対に使わないと約束してくださいと言った。そして、誰にも見つからない場所に隠しておくようにと。


「もしこんなものを持っていることがわかれば、王宮への出入り禁止程度では済まなくなりますよ」


 真剣な顔で言われ、ただうなずくしかなかった。


 これを使って神殿に入れば厳しく罰せられるなんて、考えればすぐにわかることだ。そんなことも考えつかなくなるほど私は混乱していたのか。


 けれど、それを理解しても鍵を処分する気にはなれなかった。カミリアへの恨みが消えない限りはこの冷たく光る鍵を手放せない。


 何とも無様な姿だった。捨てられたのに醜く縋って、不満を並べて。みっともないのはわかっているのに、止められないのだ。



 そんなときに接近してきたのが、クレスウェル公爵家のルディ様だった。


 ルディ様は上の兄クリストファーの友人だ。そのため以前から面識はあったが、特に深い交流があったわけではない。


 それなのにルディ様は、急に「君が沈んでいると聞いて心配になったんだ」なんて言ってアメル家に何度もやってくるようになった。時には気晴らしにと外出にも誘われた。


 はじめのうちはそれがうっとうしくてならなかった。


 しかし、ルディ様はこちらの感情に合わせるのがうまく、私のジャレッド王子やカミリアに対する悪感情を全て肯定してくれた。


 とても表には出せないような醜い感情を、そんな風に思うのは当然だと受け入れてもらってから、私はじょじょにルディ様を信頼するようになっていった。



 ある日私は、「カミリアを消せたらいいのに」とつい呟いてしまった。


 対象がジャレッド王子ではなくカミリアなのは、愚かにもまだカミリアさえいなくなればジャレッド王子はこちらを見てくれるのではないかという思いが残っていたからだ。


 そんな私にルディ様は真剣な顔でうなずいて、それなら人を紹介してあげようと言った。


「エヴェリーナさんの気持ちはよくわかるよ。二人に復讐してやろう。君にはその権利がある」


 復讐という言葉は追い詰められていた私の心に甘く響いた。


 カミリアが血を流して傷つくのを見たら、彼女がこの世から消えて苦しむ王子の姿を見たら、この沈みきった心も晴れる気がする。


 しかし、そこで彼の言葉にうなずいてしまったのが、最大の過ちだったのだ。

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