第14話
儀式はつつがなく進行していった。
舞台の上では神官様がカミリアに短刀を渡している。
この儀式は聖女となる人物が腕に切り傷をつけ、そこから流れ出る血を瓶に入れて保管することで締めくくられる。
この国のために魂を捧げる証として、その血を差し出すのだそうだ。
さっきまでつまらなそうに儀式を眺めていたジャレッド王子は、今でははらはらした顔で食い入るように舞台の上のカミリアを見つめていた。彼女の腕に傷がつくことを心配しているのだろう。
その様子を見て、カミリアは心配してもらえていいな、なんてつまらないことを考えてしまった。ジャレッド王子は仮に私が傷を負っても、眉一つ動かさないと思うから。
カミリアは短刀を受け取り、自らの腕に押し当てる。彼女の細く白い腕に、赤い線が現れた。
カミリアが腕を瓶の上に置き数滴血を垂らすと、神官様はすぐさま魔法で腕の傷を治す。
その後、カミリアが正式に聖女になったことが厳かに宣言され、儀式は締めくくられた。
儀式が終わると、ジャレッド王子は一目散にカミリアのほうへ駆けて行った。いつものことながら隣に座っている私には見向きもしない。
ジャレッド王子はカミリアの肩を抱き、いたわるように声をかけている。
「カミリア、ご苦労だった。腕は痛くなかったか?」
「少しだけ。けれど聖女になるためですもの。このくらい平気ですわ」
「偉かったな。これで今日から君は正式に聖女だ」
二人は仲睦まじく話している。私などよりもカミリアのほうがずっと婚約者らしく見えた。私は二人の間に入っていくことなんてできず、ただ気にしていないふりをすることしかできない。
心はじくじく痛んだけれど、その痛みには気づかないふりをした。
***
ジャレッド王子とカミリアの距離はどんどん近づいていった。
二人に対する周囲の反応はさまざまで、王子には婚約者がいるのにと眉をひそめる人もいれば、王太子と聖女なんてお似合いではないかなんて無責任なことを言う人もいた。
中には私が婚約者として至らないから王子はカミリアのほうに行くのではないかなんて言う者もいる。
状況はどんどん悪くなっていった。
私は、ジャレッド王子とカミリアが楽しそうに話しているのを見るたびに、二人はお似合いだと囁く声を聞くたびに、婚約者は私なのだからと何度も自分に言い聞かせて動揺する心を押さえてきた。
時間が経てばこんな状況も変わるはずだ。
結婚してしまえば、さすがにカミリアも簡単にはジャレッド王子に近づけない。そうしたら、きっと彼はカミリアのことなんて忘れてくれるはず……。
そう自分に言い聞かせて、ひたすら状況が良くなるのを待った。
それとなくジャレッド王子にカミリアと距離が近過ぎるのではないかと言ってみたり、カミリアにあまり婚約者のいる方と近づくのはよくないのではないかしらと伝えてみたこともある。
期待なんてしていなかったけれど、私の言葉はあっさり跳ねのけられた。
受け入れられないのは予想していたけれど、カミリアが来る前はあくまで礼儀を守った態度で接してくれていたジャレッド王子に、「聖女に嫉妬するとは醜いな」と睨まれたときは心が痛んだ。
それでも私は道理から外れるようなことはしなかったはずだ。
ちゃんと、いつかジャレッド王子が認めてくれるように耐えていたはずなのだ。
しかし、返ってきたのはあまりにも冷たい仕打ちだった。
ジャレッド王子は大勢の前で私を罵って、嫉妬でカミリアを傷つけたあさましい女だと糾弾した。
人々が好奇の目で見守る中、私はあっけなく王太子の婚約者の立場から降ろされた。
どんどん冷たくなる周りの視線。
いくらカミリアに危害なんて加えていないと言っても、誰も信じてくれない。
今までやりたいことも欲しいものも何もかも我慢して積み上げてきたものが、瞬く間に崩れ去っていくのを肌で感じる。
私は間違えたのかもしれない。どうして耐えていればいつかジャレッド王子が戻ってきてくれるなんて思ったのだろう。
私はあの二人に悪意をぶつけてやるべきだったのだ。
ジャレッド王子を慕っていたはずの心はすっかり醜く染まっていた。
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