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 観望室の闔扇が三稜鏡の分散で開錠すると、鶯爪花の薫りがした。葡萄色の眼や彎曲翅の黄猩々は振り鈴の音を寄せて、アルバリやフォーマルハウトを手に手に携行した交通網が浮揚する。随分な夜更けの訪問者へ、先生は物問うことをしなかった。孔雀座の飾り羽を廣げる茉莉花茶が、渙けそうに甜い。

 世界間を淘汰する段階の相対性で、記憶領域の過負荷によって、記憶差の岐は自ら切り裁たれるらしかった。方途が順序を擬えて終尾を待ち掛けるために記憶自体は復するが、再生尾が軟骨に形成されるように内容は闇雲な書き込みや文字化けめいて、日常生活にもかなり幻想を挿ぐ。そうして置換の額を重ねて事蹟にさせていても再生速度以上に断線の累加は止まず、知らず知らず近接位置の切断面が噛み接がれ非実在、或いは未知の直示を発現してしまうのだと。いつもなら、蓋然空間δが蓋然空間δへ再帰しているだけで。蓋然空間間が片道かもしれなくても、蓋然空間λが蓋然空間φを経由して蓋然空間σに轉ることも。雪代への補整なんて在天性質が転遷していくだけで、此岸は無際限に違い目で盈羨するなら。

 間断なく降り蹶つ光条が鉄琴の音板を戞つようだった。願い事も星の名前も半分以上読めない書き損じの影を踏んで、街路灯は冷めていく。きっとこの景象も、誰にも伝わらないだろう。

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