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唯一枚の絵に描かれていたのは葉桜で、どうしてかまだ幾重の桜花に遵奉している落枝へ触れようとする白妙の腕だ。樹下に主として存しているのは原形に与る散花ではなく、半醒が仮定した論理積のような桜色の木洩れ日だった。キャプションボードには第五とあり、うんめいと仮名が振ってある。題材や題名からして、奥村土牛の作品の変奏だ。一度も経験していない場面なのに既視感を覚えさせる。実体験にしては不鮮明であることを見透かしていながらも、覚えている気がしてしまう。
ひとつきりの不可触を孵卵して、繰り返すものならば行き着くこと、いずれ追いつくことで秤量は空費される。そう敬虔でいたかった。目を逸らしても息が詰まった。思い込みだと分かっていても漸々に一足、もう一足奥へ進もうとすれば後を引く感触が蹠に残った。振り返りたくもないが立ち止まりたい。細部の文字列より先に一枚の図画として紙面から飛び火する形象が、球体の指す線分における摺動性の高低を振り回すように。結晶の範疇でどこにも人間の形がなかったことに安堵する自分に惝怳している。
馴らされてしまえば、海にいるような心緒へ量塊を同調させる現場だった。空気圧アクチュエータや距離センサー、金属の骨まで打ち上げられているということは旧式の技術で使われていた部品が混ぜられていて、つまり何処かは貴方じゃない。剰えどう見ても等号部の機能は既に不可逆変化を遂げており、この記号芯が貴方を担うことは二度とない。物質の中に貴方はいない。他者による開展ではなく、自由意思が手を離すことで実存は天上への階層に対して余剰とされた。必然どこかで出会えるように実のところ何も展開していないようで、視空間だけを溶媒にするなら全天星図へ転化する。最初の散り際の傍らにいたとして、その極性は私からは決められない。
不完全に可能な隧道をなくしていく対岸の交差に幾夜照らされても、それを生きている限り引き摺ることになったとしても。踏み台にするには高すぎる形骸達の足場の上で、箍の相対が強いる全方位性の孤在に気づかされても。誰にでも等しく、形骸になってもいいと思われてから延長された遅日の配列が俟つ。指で摺った跡を道形に這いずるような躰を掻き集める。圏域のための拡張ばかりがあって、複製を処方しない不透明な箱。形骸となってまで撞着させていることだってありはしないかと憂懼する。私がしていることは傍目には状態の返戻だけれど、貴方にとっては求心的な在処の劫掠だ。彼我でなければあり得ない出来事なのに覚えていられるのは此方だけで、誰にも一つの全貌がない。現存する隣接面に投射を見ているしかなかった。縁暈からは齎せない脈搏があることを解するなら、痕跡では足りないのに。意図的に外した視線で何を見ても、一刻の感応性は瞬く隙に揮発する。
永遠に戻らなくてもいいものは何だろうかと考えた。今此処で、私の権能だけで。恒久的に変えることができるなら、どうしたいかと自問する。
カーテンの裾から帰投した光は外部の参照先を探しながら、賽の目を最遠へ嗾ける。
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