第51話

 話は夜遅くまで会話が続いていた。


 そのあと、師僧が声を掛けて来た。


「ミロク君、良かったらチカと一緒に修行をしてみないか?」


 話を聞くと、一緒にお経を唱えたり、坐禅を組んだり写経を勉強したりしないかという内容だった。


「え? 僕とチカがですか? 僕はいいですけど、チカが何と言うか……」


 チカは顔を少し赤らめて言った。


「ミロク君が真面目に修行するなら付き合ってもいいよ……」


「……」


「ラブラブだねえ、お父さんに構わず、もう付き合っちゃってもいいんだよ。顔も格好いいし、いいお相手じゃないか。チカ」


 すると、チカは今度は顔を真っ赤にした。


「もう! お父さん、からかわないで!」


「ははは、じゃあ修行の件はOKかな? 弥勒君、千佳。今日はもう遅いからまた明日の朝来なさい。私が直伝で修行を付けてあげよう」


 すると師僧は、お父さんは幸せ者だ……と言って隣の部屋へと戻っていった。


「千佳、ビールは冷蔵庫にあったかな? 今日はとても良い日だから許しておくれよ」


「お父さん、僧侶でしょ!」


「ははは、冗談だよ」


 ……こんな日が僕にもやって来るなんてなぁ……まるで夢を見てるみたいだ。はっ、もう夢だけはご勘弁……。


 僕はほっぺたをつねる。……どうやら夢ではないみたいだ。


 お釈迦さまは何か仰ってくださるだろうか……。今回のことは感謝しないといけないなあ。僕は仏像の前で坐禅を組んだ。


 ……だけれど、お釈迦さまは何も答えてはくれなかった。


 次の日から僕とチカの修行が始まった。


 これは、周りから見たらなんて羨ましい光景に映るだろうか。僕は深く考えないことにした。


「ミロク君は相変わらず字が下手だねえ、そこのとこは子供の頃から全く変わってないんだから」


「うるさいな、チカだって体型、子供の頃からあまり変わってないな」


「殴るぞ……」


「す、すみません!」


 僕は情けない声で叫んだ。もしも、結婚でもしたら、これはかかあ天下になりそうだ。うう、今から不安……。


「ミロク君、冗談は程々にしておいて、買い物付き合ってくれない? いきなり帰ってきたから冷蔵庫に何も入ってなくてさ」


「うん、別にいいよ」


 僕は師僧に相談してから、チカと一緒に買い物をするため外に出た。


「極楽、極楽」


 何やら師僧の謎の声がした。


 外に出た僕たちは、愛の話……に盛り上がる訳でもなく、何の変哲もない会話をしていた。


「ミロク君、大人になったね。何か見違えた感じがする。今まで何があったの? きっと大変だったと思う。妙に悟った雰囲気がある。私には話せないことなの?」


「うん……とても恥ずかしいことなんだ、ごめん」


 そう……とだけ言ってチカは黙ってしまった。


「でも、でもね」


「うん?」


「ミロク君、格好いいよ。うん、凄く」


 ……。


 そのあと二人はずっと黙ったまま買い物を終えた。


 家に帰ってきた後、いきなりチカがこんなことを言い出した。


「ねえ、体型のこと気にしているんだけど、あれって冗談だよね?」


「ああ、あれは夢の中の話なんだ。夢の中でのチカはずっと子供の姿をしていてね」


「何? 夢の中の話って」


 チカは何が何やら分からない様だった。そうか、分かる訳ないか。あれは夢の中だけの世界だったんだから……。


「でもね、その話ちょっと分かる気がする。私もずっと夢を見ていてね。その中でミロク君はずっと大変だったの。私と一緒に戦国時代に行ったり、お釈迦さまと一緒に修行をしたりね。ふふ、どんな夢なんだろうね、これ」


 えっ!?


 それは一体どういうことだろう。夢の中のことを何故チカが覚えているんだ?


「そ、それは僕が見た夢と一緒かもしれない。詳しく話せない?」


「ううん、よく分からないの。ずっと同じ夢を見ていたんだけど、ミロク君。途中でどっかに行っちゃってね。寂しかった。でも、楽しかった。久しぶりにミロク君と会えたから。あ、でもね」


「観世音菩薩様が最後にこう言ったんだ。ミロク君と会える。ミロク君がお寺に訪ねて来るから行ってみなさいって」


 ……。


 そう。観音様が。


 ……きっと僕のためにチカにも同じ夢を見させてくれていたんだなあ。


 僕は観音様に心の中で深くお辞儀をした。

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