第50話
……どうしよう。
「お父さん、どういうこと!? ミロク君って!?」
……これは、人生最大のピンチだ。
「ははは、チカも新しい弟子に早く会いたいか? 今度のはすごい逸材だからな」
「だから、そういうことじゃなくって……」
僕はなんとかお寺の外に出ようと思考を駆け巡らせるが、その方法が見つからない。このお寺にそんな特殊ルートはなかったはずだ。
もうだめだ、おしまいだ。
ガラッ
「ミロク君!?」
おい! ここトイレだぞ!? な、なんて奴なんだ!
「や、やあ」
「ミロク……」
チカは真っ赤に顔を膨らませていた。変な意味じゃない。……怒っているという意味だ。僕はちゃんと服を着ているのだ。
「この!! ミロク!! 今までどこにいた! 私は十年もずっと探していたんだぞ! 一人暮らしする時も親にも住む場所を伝えなかったろ! この軽薄野郎!」
「ご……ごめんなさい……」
僕は真っ赤に剥れているチカを尻目に新しく縁を結んだ師僧と話をしていた。
「そう、そうだったのか。あのミロク君だったのか。全く気が付かなかった。いや、なんか感じ変わった? そういえば当時の面影が残っているような……」
「そうだよ! お父さんのバカ!!」
「すまん、すまん」
チカのお父さんは頭で手を描いていた。
「じゃ、じゃあ若い人同士に任せてお父さんは歯でも磨いて来るかなぁ」
そして、チカのお父さんは出ていってしまった。
ど、どうしよう。何を話をしたらいいんだろう。お釈迦さまに会った時より緊張する……。僕はこういうアドリブが苦手なのだ。
「ミロク……」
チカは軽く涙目になっていた。すると、チカは手を振りかざした。うっ、殴られる!
「本当に心配してたんだぞ。連絡も寄越さないで、どこ行っていたんだよ、ミロク〜……」
僕は殴る為に手を振り翳したのではなく、両手で目尻を押さえる為だということにようやく気がついた。これはマズイ!
チカは本格的に泣き出した。
「アーン!!!」
ああっ、やっぱり! 泣き出した。
「チ、チカ……落ち着け! これからはずっと側にいるから。ほら、この通り、そうだ。僕は人生で一度も、女の子と付き合ったことがない。本当だ、嘘じゃない。いや、こんなことを聞きたかった訳じゃないのはわかっているけど聞いて欲しいんだ……」
「うん……」
チカはやっと泣き止んだ。
「私も……そうだよ」
……。
……チカのお父さんは黙って歯を磨いているようで、カシャカシャカシャという音だけが遠くから木霊していた。
そうして僕らは、たわいもない昔話で盛り上がった。僕がずっと引きこもっていたのは内緒にしといた。恥ずかしいからね。
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