3-2 あの日

「お越しでございます」


 外で控えている女官が言った。心臓が高鳴る。正直まだ現実とは思えていない。どこか、夢の世界にいるかのようだ。


 誰かが入ってくる気配がする。音1つ立てることなく。その先にいるのは、帝なのだろうか。


「表をあげよ」と帝は言った。


「このたびは……」葵の声は震える声だった。


「お久しいですね、田上殿」と帝は優しい声で言うと、葵の前に座った。


 葵はふと顔を上げた。田上殿?今そう言ったのか?聞き間違いか?


「覚えておいでなのですか・・・・・・?」と葵は消えいるような声で言った。


「ええ、よく覚えております。大学寮が同じだったこと。あの頃私はあなたを超えることなど到底叶わなかった。昨夜、久方ぶりにあなたをみかけ、大変驚きました」


「昨夜は大変ご無礼を……」と葵は再び頭を下げようとした。


「良いのです」と帝は制した。「おかげでこうしてまた出会えたのですから」


 綺麗な月が姿を見せたのか、二人のいる寝所へと光が差し込んだ。2人は光の方向へと目をやった。月の光に照らされた帝はいっそう美しかった。


「きっと綺麗な月なのでしょう」と帝。


「ええ、綺麗な望月に決まっております」と葵。


「あの日も望月でした」と帝。


「あの日?」


「東野にゆくことが決まった日のことです。あなたが西丘に決まった日でもあります。あなたが西丘に決まり、とても嬉しかったのです」


「私のことをお考えになさってくださったのですか」と葵は帝を見つめた。


「あなたが西丘にということは、またいつかあなたに出会える日が来るということです。東野の者は女人は西丘の者しか会うことが叶いません」帝は葵の手を握った。「私はあの頃からあなたのことを好いていました」


 葵は涙を流した。「実は、私もです」


「まことですか?」と帝は驚いた。


「ええ。大学寮ではいつも心細うございました。遠く田舎から来た私には皆輝いて見えて話し相手もおらず。でも一度、お上は私に声をかけてくださいました。些細なこととはいえ、私にはそれが救われたのでございます」


 そして当時の帝もどこか孤独に見えた。


「そうでしたか」と帝は言ってにこりと笑うと、葵をそっと抱き寄せた。


「中宮様に申し訳がございません」と葵は帝の肌のぬくもりを感じつつ言った。


「そなたに出会ったは中宮より先である。何を申し訳なく思おうか」と帝。


 葵は小刻みに呼吸をした。心臓の震えが、血管を通して、全身にゆきわたった」


「よくぞ、ここまで上ってきてくれた。私はそなたを探し続けていた」


 帝は葵の髪を撫でた。


「当時にまして何と美しい髪であろうか」


「そのようなことはございませぬ」


「自らを卑下してはならぬ。私が美しいと言っているのだ、君は美しいのだ」


「でも、他の御方とは比べ物になりませぬ」


「心の美しさは顔に出るのだよ」


 帝はそう言うと葵にそっと口付けをした。


 

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