2-3 帝の面影
東野にて金山悠生の再即位を祝う宴が開かれた。金山は大変優秀で、試験のたびに、東野で一位を守り続け、帝の地位を守り続けている。あまりに安定した成績から、その権勢はとびぬけており、東野の者たちはもはやあきらめの境地にまで達していた。
葵も御髪下ろしの1人として宴に参加した。牛車は赤間があちこちからかけ集め、なんとか用意することができた。
牛車は小石を踏んでは大きく揺れる。初めて見る東野とはどんなところだろうか。葵は胸を膨らませた。
大きく車が揺れた。車寄せに到着したらしい。浅見が戸を開け、葵はおそるおそる外へと出た。
東野は想像以上に古いしつらえだった。足を一歩踏み締めるごとにギシリと音が鳴る。
葵の通された場所はかなり下座だった。
御簾の向こうの中庭には舞台が設置されていた。そのさらに向こうには、東野の貴族たちが一同に介していた。
「なんてみめうるわしい方々なのかしら」と27位様は26位様と扇を開いてひそひそと話し込んでいた。
「私はあちらの大納言様が素敵と思うわ」
「私は、頭中将様が」
「あら、あなたには中納言様というお方がいらっしゃるでしょう。その扇もいただきものでしょう?」
「そうだけれども、心は私だけのものにございますから」
葵は気まずくなり、反対側を向いた。隣にいた29位様がにこりと微笑まれた。
「帝はどちらにおわしますの?」と葵。
「まだいらしておりませんけど、あちらにご着座されます」
29位様が指し示した先は舞台の正面の上座だった。東野からは関白様、左大臣様、右大臣様、西丘からは関白様北の方3位様、左大臣様北の方6位様、右大臣様北の方の10位様ら高位の方がいらっしゃる。そのさらに奥にある御簾の先に帝と中宮様がいらっしゃられるのであろう。
「中宮様のお越しにございます」
皆は一斉に頭を下げた。葵も周りの様子を見ながらそれに従った。
「帝のお越しにございます」
帝。金山悠生。葵は胸がどきりとした。
「この度は誠におめでとうございます。お上の御世が末永いものと祈って本日の宴を開始させていただきます」と関白様が仰った。
各人に酒が振る舞われた。漆の塗られた美しい朱色の器だ。
酒を飲み交わし、饗宴が振る舞われた。舞台では神楽が舞われている。
葵は昔のことを思い返していた。思えば葵は大学寮で誰をも凌ぐ一番の成績を収めていた。しかし、今となってはやっとのことでこの地位だ。帝もはるか雲の上。御姿すらも拝せない。東野にも、西丘にも理屈で説明できない天才で溢れている。
「それにしても金山朝は盤石にございますね。太刀打ちできぬと殿も仰っております。はるか昔、家柄で全てが決していた時代の方が諦めがついたとたまに恨み節を申します」と26位様が言った。
「右大臣様も同じことを仰っておりました。帝と大学寮が同じであったようで、当時から追いつけなどしなかったと」
26位様は怪訝そうな顔をすると、27位様とともにどこかへと立ち去られていった。
「葵様はお気に入りの殿御は見つかりました?」と29位様は言った。
「あ、いや、私はそのような」
「宴など、お相手探しの場ですよ。それはあちらも同じこと」と29位様は笑った。
「中宮様は、帝とお話しなさっているのでしょうか。そうだとよいのですが」と葵は話題を変えるように、遠くの御簾を眺めながら言った。
「右大臣様が申しますには、宴でも一言も会話がないとか」
「それは……」
「帝がお声をかけられても、中宮様が何もお話にならないそうにございます」
「そうですか……」
饗宴が進み、葵もしばしば席を立った。廊下に出ると、男女が衣服を乱して絡み合っているのが見えた。葵は急いで立ち去った。
-帝もあのようなことなさるのであろうか
金山悠生を葵は知っていた。大学寮の時、いつも葵に継ぐ成績を取っていた人だ。今はその表情さえも伺えないが、葵は金山の幼少期の顔をしっかりと覚えていた。当時、金山は大学寮に馴染めぬ様子で物静かだった。同じく農村部出身ゆえに馴染めていなかった葵にとって、金山には似た香りをずっと感じていた。
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