1の5 中宮様のお人柄

 葵は毎日のように、しきたりに関する教育を受けた。とはいえ日比の業務が少なくなるわけではない。葵は夜遅くまで業務に勤しんでいた。


「まぁ二位尼様のお部屋はそんなに快適なの?」と女官たちが集まっていった。


「それなら二位尼様付きの女官になるのが一番楽じゃない」


「いえいえ、難しいそうよ。尼様に選ばれた方しかなれないって」


「二位尼様?」と浅見が言うと何かを考え込んでいた。


「ええ。二位尼様付きの女官になるには、尼様と懇意にならねばならないみたいよ。断られて泣いている女官を見たこともあります」


「そんなにご人望が……」と浅見は言った。


「ええ、帝もたびたび御渡りと、尼様は申しておりました」と葵。


「帝が?」と一斉に言った。


「え、それどういうことですの?だって、世をお捨てにならられた方ですわよね?」


「中宮様のご実家のお力もあって、御髪下ろし様方は帝にだけはお近づきにならないと言うじゃない」


「尼様は別なのよ」


「何をしておる!」


 背後から女官長の青山が睨みつけていた。


「皆々仕事をせよ。田上、そなたもまだ髪結である。東野の殿方の今宵の御渡りを急ぎ取りまとめよ」


 葵らは仕事に戻っていった。


 朝から予定の詰まっていた葵はなかなか仕事が終わらず、気がついたら大部屋から誰も人がいなくなっていた。


 ふと、外を見上げると、月が美しく輝いていた。仕事は楽しい。仲間もいる。ついに、ここまできたか、と感慨深くなった。


 大部屋の出入り口に、夜の月に引けを取らずに輝くお姿の女性が立っていた。金の紋様のあしらわれた黒の唐衣に負けず、きめ細やかな白い肌が露わになっている。


「3位様」葵は平伏した。


「この時間に何をしておる」相変わらず冷たく小さな声で藤本は言った。


「仕事にございます」


「そうか。なぜ私が3位とわかった」


「いえ、それは……」と葵は言った。


「まぁよい」


「今宵は関白様の御渡りでは?」


「帰った」


「申し訳ございませぬ」


「私にはまだ受け入れられぬ。そなたは夫はおらぬのか?」


「いえ、そのような……」


「髪結でも殿は持てよう」


「……」


「聞いた声と思えば、そなた、御髪下ろしとなる70位のものか。それは楽しみであるな」


「楽しみ?」


「帝のお手がつくやもしれぬ」


「そのような大それたこと考えたことはございませぬ。それに私は中宮様のような美しさは持ちませぬ」


「まるで中宮様のお姿を拝したことあるかのような口ぶりであるな」


 葵は頭を深く下げた。


「中宮様は滅多に外に出られぬ。帝や控えの女官の他は、私の前にしかお姿を出そうとはなされぬ。あの方もお可哀想な方なのだ。帝の足が遠のいて久しい。浦安に聞くであろう?」


「浦安様は、帝がご病気なのではとご心配遊ばされていました」と葵。「心配には及ばないとの返答が参りました。帝とはどのようなお方なのでしょう」


「畏れ多いことを」


「申し訳ございませぬ」


「中宮様は、優しく、賢く、謙虚であられる方……。すまぬ、邪魔をしたな」


 3位様はそういうと、去っていった。なぜ突然ここにきたのだろう。気まぐれだろうか。30位様がおっしゃるような、恐ろしい方には、葵には見えなかった。

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