第2巻 空に乱るる〜お部屋入り〜

 葵の部屋入りの儀当日となった。


 葵は旧館の寝間で慣例として中宮様がくだされる赤の唐衣の十二単を着た。その様子を多くの髪結たちが見守っていた。


「まぁ綺麗な唐衣ですこと」と女官の一人が言った。


「どうです、重たいですか?」


「いえ……強いて言えば、髪をまとめず下ろすのは少々扱いづらいですね」


「葵様、多くの女性が、御髪下ろし様になりたいと願い、そしてその夢を叶えることなく、ここ西丘を去りました」と浅見が言った。


「すまぬ……」と葵。


「でも、高貴な方々にいじめられたりしたら、いつでもこちらに遊びにきてくださいね」と女官たち。


「ありがとう」


「28位様、刻限にございます」と女官長の青山が言った。


 葵は立ち上がった。髪も、衣装も、重たい。金色の大きな扇を開いて顔を隠した。


 葵が通ると女官等は一斉に平伏した。慣れない光景だった。


 葵は緊張の面持ちで魔の廊下を渡った。すぐ後ろには葵付きの女官となる浅見と赤石がつづいた。


 魔の廊下には秋風が吹いた。心地の良い風だ。初めてのことにも関わらず、どこか懐かしささえもあった。

 

 28位の部屋は4階の奥にあった。正門からはほど遠い場所だ。几帳の立てかけられた先には、木の板でできた20坪ほどの部屋が広がっていた。


 御簾の先が一段高くなっており、几帳が立てかけられていた。葵は冗談へと座った。


 下段には、浅見と赤石が控えた。


「無事のお部屋入り誠におめでとうございます」と青山が言った。


「例を申す」と葵。


「こちらのお部屋は、夕日が映え、街中を見下ろすことのできるお部屋にございます。このお部屋は、28位様の寝所もかねております。御渡りの際なども、このお部屋を使いくださいませ」


 上段の貴重な奥には、夜の御殿となるようなあつらえとなっていた。


「何か不都合がございましたら、なんなりとお申し付けくださいませ」


 青山はそういうと去っていった。


「これで儀式は終わったのですか?」と葵。


「葵様。なりませぬ」と浅見。


「すまぬ。でもこれでやっと、肩の力が抜ける。無事にこの日を迎えられてよかった。ここにいられるかどうかは私次第。次の試験までの可能性もある。浅見、赤間、多くを望むことなく、穏便に暮らそうぞ」


「はい」と二人は言った。


 赤間は早速、生活周りのことで、女官長の元へと向かっていった。葵は浅見とともに、廊下に出た。


「美しい景色。見たかった景色のはずなのに、なぜか虚しい」


「虚しい?」と浅見。


「夢は叶えてはならぬな」


「それは、不安だからでございましょう」と浅見。


「そうかもしれぬ」


「一度見てしまうと、見ぬ前には戻れぬものです。誰であっても同じことです」と浅見。


「中宮様も?」


「本当はひどく怯えていらっしゃるのでしょう。それゆえ、お部屋から出られんのです。誠を言えば、中宮様は、お子を成したいのでございましょう。お子ができれば、しばらくは試験を免除される規則ですから」


「ならば、それは、帝も同じでは?なぜ帝は、中宮様の元をお訪ねにならないのだ?」


「さあ。子を成さずとも地位を保てるという自信がおありなのでしょうか」


「そのような方には見受けられませんでしたけど」と葵。


「え?」と浅見。


「あ……いえ、なんでもない」

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