第一章 エピソード3 〜チャリ丸〜

俺は構えたナイフに目をやる。


「十徳ナイフか…。ふふ…、ふふふふ、はーっはっはっは。」


自身のあまりにも滑稽な姿に笑えてきた。

人は本当に追いつめられると少しでもストレスを軽減するために笑う。無理にでも笑って脳内麻薬を合成する。死に際の痛みを最小限のものとするように。


そうこうしている間に、白い獣は間近まで迫っていいた。獣の息遣いが聞こえてきた。


「ハァハァ、ハァハァ。」


白い獣が地面に足をつける度にドドン、ドドンとまるで地響きの様に聞こえてくる。その音がより一層俺の心臓を縮み上がらせた。手足が震える。日本で生きていれば、猛獣に襲われる経験なんてする事は無い。(山岳地帯以外では。)よって、頭で対処法を分かっていても身体がついてこない。というより動かせない。抵抗もできずに、ただその場にたたずむ。本能で恐怖してる。まるで金縛りだ。


「Grrrrrrrrrrrrrrrrrr」


とうとう追いつかれてしまった。

背後にいた白い獣は上空に大きく飛び上がり、俺の進路を塞ぐように着地した。常に俺の方を向いて威嚇している。


「Grrrrrrrrrrrrrrrrrr」


俺は片手でナイフを構える。もう片方の手は相手の攻撃を捌いたり、受け身を取れるように(多分無理。)、前に突き出し相手に手の平を向ける。手が震えている。それもそのはず、相手の白い獣の高さは三メートル程はあるだろうか…。俺の命を常に狙っている。口元には涎が滴っており、空腹であることがわかる。


ーーだが。

獣をよく見ると、なんとも既視感のあるフォルムをしていた。まるで犬のような姿で、毛は剛毛。白と灰色の毛が入り混じっている。胸の中央部に艶のある真紅の宝玉が埋まっている。獣の瞳の色はやや赤みがかった黒であった。目の上にはマロ眉のような模様が入っている。尻尾はくるんと巻いてあった。


…ん?。


「な…なんで柴犬がこんなにデカいんだ!?」


それは柴犬だった。白い毛のデカ柴犬。当然野生である。サイズ感が、迫力が、段違いだ。現代の柴犬は完全に愛玩用になっているが、元は猟犬として使われており、とても気性が荒く頭がいい。そう、攻撃的だ。


「どうどう…。どうどう…。腹減ってるんだろ?俺は不味いぜ?…それにガリガリだ。た…食べるところなんてないぜ?」


俺は畜生相手に説得を試みた。やはり正常な判断が下せていないようだ。白い柴犬は俺から全く視線を外すことなくにらんでいる。


「Grrrrrrrr…、バウ!!」


吠えた。空気が振動する。死ぬかともう程の迫力で、ちびりそうだ。


すると、白い柴犬の周りに、ほんのり白い光が集積する。空気が徐々に振動を増しているのか、パチっと鳴った。それを皮切りにバチバチ!!とまるで静電気の様な音がする。音は次第に大きくなり、やがて目に見えるほどはっきりとした白い稲妻が柴犬の身体を包む。


バチバチ…、バチン!!ゴロゴロ!!バヂィィィヴーーン…、チチッ!!


「ワオーーーーーーーン」


電気を帯びた柴犬の白い毛は逆立ち、ほんのり白い輝きを帯びる。そして遠吠えとともに俺に突進する。


「うわああああ、っクソ!!犬畜生が!!殺す気か!!」


うん。間違いなく殺す気だ。俺はきっと奴の昼食だろう。避けたせいでママチャリが被害を受けてしまった。すまん。


「Grrrrrrr…。」


俺は間一髪のところで避けたが電気を少しばかり浴びた。たった少しの電撃でこの激痛だ。巨大な体躯から繰り出された突進をまともに受けたら、ひとたまりもない。それに直接あの量の電撃を浴びせられたら間違いなく黒焦げだ。


俺は電撃を浴びたからだろうか手足の震えが止まった。そして、思考・考察が澄み渡る。相手は犬畜生。人間様の俺にはできることがまだあるはずだ。


(そ、そうだ、昨日の夕飯はカレーの予定だ。そして今日は休みの予定だった。久しぶりに焼き肉をするはずだった。そう…、うまい肉を使って!!)


俺は急いで体勢を立て直す。白い柴犬もまた電撃を繰り広げる準備をしている。バチバチっ!!と柴犬の周りにまた電気が集まり始めた。その隙をつき俺は自転車に向かって走る。


「バウ!!」


無視するな!とでも言いたげだな。だが無視してるわけじゃないぞ。俺は今、人生最大のギャンブルをやろうとしてるんだよ。


袋の中にあった鶏もも肉百グラム八十円を取り出し、ラップを裂き柴犬に向かって投げる。

宙に投げ出された生贄たちは雷に当たりながら柴犬に向かって落ちていく。そして、こんがりと焼けていく。肉が焼ける匂いがした。


「Grrrrrrrr…。スンスン…スン。ガブっ。クチャクチャ。」


柴犬はこちらを常に睨み警戒しながら鶏肉をほおばる。周りの電気が少し治まった。しかし、食べ終わると再びバチバチと電気が集まり始めた。


「分かってる。足りないんだろ?安心しろ、まだたっぷりあるぞ。」


そういうと、アメリカ産肩ロース、リブロース、ハラミ、カルビを順に取り出し柴犬に投げる付ける。ジュージューとおいしそうな匂いと音が空腹の俺にはなかなかの拷問だ。自分が肉になるかもって時に腹が減るなんて…、呑気なものだ。


「ガブッガブッ。クチャクチャ。ゴク。ガブッ。」


投げた肉はみるみる無くなる。袋の中の肉はとうとう最後の一つとなってしまった。だが一番自信のある一つだ。とっっっっても、もったいないのだが、今は贅沢を言ってられない。


「ほれ、メインディッシュだ。莉咲と食べるのを楽しみにしてた奴だ!喰らえ黒毛和牛のA5ランクステエエエエエエエエキ!!」


投げた。まるでスローモーションだった。とても美しい霜降りの和牛肉が宙を舞う。そしてやはり雷に当たり焼けていく。脂の溶けるいい香りが辺り一面に広がる。そして、凶悪なまで鋭い牙を備えた柴犬の中に消えていく。


「ガブ、チュルン…。ゴク。」


あ…あいつ…、飲みやがった。高級肉、飲みやがった!!いつか絶対にどつきまわしてやる。いい肉なのに、あんなにあっさりと飲みやがって。


白い柴犬はしばらく肉の余韻に浸る。俺はこの隙に逃げようと荷物を手に持ち静かに後ずさりをする。

しかしその努力もむなしく柴犬はふと我に返って再びこちらを睨み、唸り声とともに一歩ずつ近づいてくる。


「Grrrrrrrr」


ドシン…。ドシン…。一歩ずつだが着実に。もう肉はない。俺以外。絶体絶命だ。これ以上どうしろっていうんだよ。もう、どうすることもできない。バチバチっ!!再び白い柴犬…いや、白い獣の周囲に電気が集まる。ゴロゴロ!!バチン!!バチバチ!!今度こそ、もう終わりだ。


死を覚悟した。

「愛してるよ莉咲…。どうか元気で…。」


白い獣より放たれた電撃は俺をめがけて一直線に飛んでくる。先ほどの電撃を纏った突進とは異なる攻撃方法だ。電撃は俺に直撃した…。


バジュゥウン…。ドカアアアアアアアン!!


…に思えたが、なんと電撃は俺の横を通り過ぎ何かに直撃する。

そこには三-四メートルはあろうかという、コレまた巨大なカマキリの焼死体が横たわっていた。


「カ、カマキリィィィィィ!?デ、デカァァァァ!!」


よく見ると、このカマキリの胸の位置にもやはり真紅の宝玉が埋まっている。そして、その宝石がパキッと音をたてて砕けた。すると、カマキリの死体から無数の緑色の薄い光の粒が空に向かってぽわわっと消えていく。まだ熱を帯びているのだろう死体だけが残りシュー…、と音をたてている。

次は俺が「こう」なる番だ。


俺は覚悟を決めて、恐る恐る振り返ると…。


白い柴犬はお座りの姿勢で尻尾をふりふりしている。先ほどまで殺気立っていたあの白い悪魔が、いたってただのワンちゃんに見えてきた。柴犬の周りを取り囲んでいた電気も治まり、心なしか、少しニヤッとしてるように見えた。


「お前…もしかして、助けてくれたのか??…俺を喰おうとしてたんじゃないのか?」


恐る恐る近づいて手を出すと、巨大な身体を屈ませ頭を撫でさせてくれた。

「クゥーン」と甘えた声を出して尻尾をふりふり。


この白い柴犬は、今にも俺の背後から襲い掛かろうとする巨大カマキリを睨みそして倒してくれたのだ。やはり、黒毛和牛は世界を平和にする鍵ようだ。なんとも現金な犬畜生だろうか。


「まぁでも、助けてくれたことには変わりないからな。ありがと。ほんとに助かった。」


俺はさっきまで犬畜生と見下していた白い柴犬に深々と頭を下げていた。

顔を上げると柴犬は俺の顔を一舐めし、尻尾をふりふりする。


(俺…。味見されてねぇか?)


その後、しばらく耳の裏や顎を撫でさせてくれた。もっふもふだった。なんとも気持ちよさそうな顔をする。まるで笑ってるかのようにも見える。可愛いなぁ…。


さて、そろそろ行かないと。日が暮れる前までには村に行きたい。「じゃあな」と柴犬にそう言い残し旅路に戻る。

より一層ボロくなったチャリンコにまたがり「リンリン」と別れのベルを鳴らす。


ガタン!!ガタン!!ガタン!!ガタン!!ガタン!!

キィィィィィィィィィコォォォォォォォォォォ

そこからしばらくママチャリの断末魔を聞いた。


三十分ほどママチャリを漕いでると、ガコッ!!と前タイヤが木の根っこに引っかかた。その拍子にタイヤが外れてしまった。


ガシャーン!!俺は見事にずっこけた。


「っててて…。」


ママチャリに駆け寄っり起こしたが、完全に逝ってしまわれた。とうとう止めを刺してしまったようだ。

ママチャリの最期を看取ろうと、その場で動かずにいると、刺さるような視線を感じた。今に始まったものではない。時間にして十五分ほど前から感じていた。気になっていた視線の主を視界にれようと首を回し、あたりを観察する。刺さるような視線と言っても、先ほどのような命を狙っている物とは違う。なんだろう…、羨望?渇望?の眼差しだろうか。少し離れたところで、あの白い柴犬が笑ったような顔でこっちを見ていた。


「ハァハァ、ハァハァ」

「何を楽しそうにニヤニヤしやてがる。このママチャリはお前が止め刺したんじゃねぇか。」


半ばヤケになり八つ当たりをした。白い柴犬はニヤニヤしながら尻尾をふりふりして近づいてくる。


「なんだよ…。わざわざ追いかけて笑いに来たのかよ…。」


ジト目で柴犬をみる。

すると柴犬は俺の横にぴったりくっついて、大きな体をかがめる。


「何がしたいんだ?」


柴犬は鼻の先でちょいちょいと俺の背中を押すが、なかなか動かない俺にしびれを切らしたのか俺の服の首ねっこを咥え自身の背中に乗せた。


「お、おい!何するんだよ…。ってお前、いいやつだな!ちなみにもう肉ないからな。親切にしてくれてもなんも食わせられないぞ?」


俺の言ったことを理解しているのか、していないのか、分からないが柴犬はずいぶん軽くなった買い物袋と外出用のリュックを咥え俺に渡す。

どうやら乗せていってくれるらしい。


(という事は…。)


「ママチャリ。お前はここでバイバイだ。いままでご苦労だった。」


「バウ!」


ここでママチャリを乗り捨てることにした。村まで行けたら回収しに来ようと思う。


「これからしばらく頼んだぜ柴犬……。ってのも今更よそよそしいな。どうやら、お前には名前が必要だな。」


「バウ!」


どこか嬉しそうに尻尾をふりふりする。

自慢ではないが、俺は絶望的にネーミングセンスがない。今までは、はな手伝ってくれていた。


ーーだが、はながいない今、自分を成長させるいいチャンスなのかもしれない。

さらばダサ・ネーミングセンスよ。


「えー、ゴッホン。では、お前の名前を発表する。」


わざとらしく咳ばらいをして改まったが恥ずかしさが込み上げてきたので、すぐに後悔した。


「ママチャリの意思を継ぐ者という想いを込めて、今からお前は、『チャリ丸』だ。」


「…バゥ?クゥン…。」



           ☻


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ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

いかがだったでしょうか?

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よかったら次回も、読んでみてください!

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