第一章 エピソード2 〜未知との遭遇〜
二日目。
私は新しい世界にて目覚めるも、環境の変化についてゆけず困惑していた。そんな時に現れたのが、なんとーーーー。
俺は夢を見た。
妻が…。死んだはずの、はなが俺の手を引いてくれた。暗闇から、暖かな光に包まれた花畑へと導いてくれた。周りの景色は、もやがかかったようになっており、あまりよく見えない。しかし、光であふれていた。見たことのないくらい、多くの花が美しく咲き誇っている。この世界に生まれてきたことを存分に喜び、世界に感謝しているようにさえ感じた。
5年ぶりに会ったはなは、まるで一人時が止まったかのように何も変わっていなかった。
あの時と同じ姿…。山の初雪を掬って散りばめたかのような透き通った白い肌。頬には薄っすら桜色のが挿してる。やや小柄だが、とても女性らしい体躯。ショートボブで色素の薄いミルクティー色の髪。目は闇夜で耀く猫の目ように、大きく切れ長であった。鼻筋はスッと通っており桜色の唇は小さく結ばれていた。
なんて心地がいいんだ。いっそここでなら一生暮らしていける…、そう錯覚させてしまうほど素晴らしいものだった。しばらくはなと手をつなぎ歩いた。
はなと初めて出会った時の様な、どこかとても懐かしい感じがした。
花畑で二人横になると陽気に当てられて眠気さえ覚えた。右隣にはながいて左隣には莉s…。
「はっ!!」
そうだ。身体から、ぶわっと冷や汗があふれた。なんて愚かなんだ。何よりも大切な存在を一瞬でも俺の意識から取り去ってしまうなんて。俺は飛び起きた。そして、これが夢であると再認識した。だがその事実認めたら…。認めてしまったら二度と、はなに会えないような気がしていた。だが、一つだけ変わらない事実がある。はなはもう死んでいる。それが現実だ。ここにいるはずがない。
右隣りで一緒に横になっていた妻も起き上がり俺の顔を覗き込んだ。俺ははなの両手を取り軽く握った。
「ごめんな。もう少し一緒にいたいけど、お別れだ。莉咲が待ってるんだ。行ってやらないと、たぶん一人で寂しい思いをして泣いてるかもしれないんだ。」
俺なりに最大の笑顔をはなに送った。きっと俺が頼りないから、こうして夢に出てきてくれたのではないかと思う。だから、もう大丈夫であることをアピールする。
すると、はなはしばらくうつむいた後で俺の目を見返した。小さく結ばれていた唇を震わせ声を出した。
「佑弥…。莉咲は大丈夫だよ…。莉咲を…、私たちの娘をお願いね。」
優しくも、どこか切ない表情ではなが言う。言い終ると同時に意識が遠のいた。花畑の背景が、ぐわんと歪み遠のいていく。そして暖かい闇の中に落ちていく。
「…は…な。…ありが…とう。」
身体が暖かい。まるで布団に包まれているかのように暖かい。そして環境の音が意識に入ってくる。鳥の声。風の音。水の音。音以外にも、甘い香りが鼻をくすぐる。
泣きすぎたことが原因だろうか、目元がヒリヒリする。ゆっくりと目を開く。眼前に広がっていたのは夢で見た花畑…。ではないが、負けず劣らずとても綺麗で見事な花畑であった。そばには大人の大股で渡れるくらいの幅の小川が潺いでいる。
周りを見回すと、どうやら俺は小高い丘の上で眠っていたようだ。周りには建物と呼べるものは見当たらない。と言うより、ただ緑の地平線が広がっていた。絵具の青と緑をキャンパスいっぱいにベタ塗したかのような自然豊かな風景が目に入る。ただ不思議なのが昨日いたであろう森が遠くに見える。ここからでも全貌を見渡すことができないくらい、バカでかい。そして森の奥には富士山を裕に超えるであろうスケールの大きさの連峰が見える。
また、よく目を凝らすと、森と対称の方角にいくつもの小さな煙の柱が上がっている。おそらく村か何かであろう。
「にしても…。丁寧に自転車とリュックと買い物袋まで一緒に移動してやがる…。」
俺が横になっていた傍らには、ひしゃげたタイヤのママチャリと前籠にご丁寧に買い物袋が置いてあった。枕にしていたのは外出用のリュック。ぶっちゃけ、この外出リュックを持ってくる事ができたと言うのはかなり大きい。昔、はなに口酸っぱく「大事な荷物をまとめろ」と言われていた。だから、外に出た時に困らない様に必要なものはある程度揃っている。
「また…、はなに救われたのかもな。」
ポツリと呟く。
それにしても、妖怪変化の類か?はたまた瞬間移動を身につけたのか分からないが、なにか外部の力で移動したことに変わりはない。
「まさか…。神が願いを聞いてくれたってことはないよな…。願いの内容違うし…。」
何であれ、あの壮大な森から連れ出してくれたことには感謝するが根本的な問題は解決していない。非科学的だが、夢ではなが言っていた「莉咲は大丈夫だよ」という言葉がなんともしっくりくる。少なくても慌てることはもうしない。
さて、いくらか落ち着いてきた訳だし、さっそく莉咲を探す旅路につこうと思う。
ママチャリはパンクしており、乗る事が出来ないので押していくことにした。昨日無理をさせすぎたのか、進むたびにカタンカタンとタイヤが弾み、キィィィとフレームと何かがこすれて音を上げている。買ったばかりでピカピカだったが、見事なまで泥だらけである。俺もだが。キィィィという音がママチャリの泣き声にも聞こえてくる。スマン。
先ほど見えた村らしき場所に梶を取りつつ、しばらく散策しながらわかった事がある。
一、電子機器は使用可能だ。しかし、電波は飛んでいない。スマホは先程からずっと圏外を示してる。だが、幸い電子機器同士の通信、いわゆるBluetoothの類は使用できるようだ。電磁パルスや磁場が発生しているわけではないことが分かった。
二、ここは俺の知っている土地ではない。地質や自生している植物はどれも知っている物ばかりで、気候も日本の6月のものに近い気がする。少しじめじめしている。そして日本固有の植物・ハコネツリガネツツジを見つけた時は、一瞬日本ではないかとの考がよぎった。だが今まで見たことのない広さの平野と、巨大な連峰がその仮説を打ち消した。
ちなみに植物の色、味、匂い、感触、は知っている物のそれであった。おそらく効能も同じであると推測する。
三、これに関しては自信はないが…、ここは恐らく地球ではないかもしれない。
先ほど村の物と思わしき看板を発見した。問題はこの看板の文字だ。
俺は大学時代、人類学を専攻していた。その時に古代から現代までの文字について研究したことがある。しかし件の看板に書いてあった文字。この文字はどんな時代のどんな文字でもなかった。俺は人類史初ウィンチャ文字から現代のアルファベットやら漢字やらギリシャ文字やらキリル文字などなど、すべての文字を記憶している。しかし、俺のデータベースにはあの文字群はなかった。
そしてそれは、全く新しい文化を意味し、未確認の文明を意味する。もっと分かりやすく言うと、文字=文明である。
人は紀元前七千年紀という古の時から文字を扱っている。文明の進歩に伴って伝えたい意思も複雑に変化する。そして記号やシンボルだったものが意味を成す文字に代わり、文字群が文章となる。先ほど確認した看板には何やら文章と見受けられるものが書いてあったため、紀元前六千年紀のタルタリアの以降の文明レベルであると推測する。
そして、電波がなく、日本固有種ハコネツリガネツツジと日本に似た気候、富士山を超えるほど巨大な連峰。ここまで条件がそろっている土地は現代の地球には存在しない。よって消去法で「地球ではない」が導き出された。
「ほう…。もしやタイムトラベルでもしたのだろうか…。」
時間の移動はかなり有力な仮説だった。正確には世界線移動説ではないかと考えている。時間の歪みでヒッグス粒子の運動係数に差が生じて、時間の移動時にそれぞれに作用した事で、俺と莉咲が別の場所に出現したのかもしれない…。それに、もしタイムトラベルなら世界線が変わることで、全く違う歴史が正史となる。そうなったら、未知の文字やハコネツリガネツツジや巨大な連峰にも説明がいく。総合的観点により、ここは別世界線の日本・弥生時代なのではないかと推測する。
バタフライ効果を知っているだろうか。もともとは力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とは、その後の状態が大きく異なってしまうという現象。平たくいうと、ちょっとした変化や行動が後の環境に大きく影響を与え、全く異なる結果をもたらす事だ。つまり、ここは「何か、とあるキッカケ」が起こらなかった世界線の日本なのかもしれない…。
「…ブツブツ。ブツブツ…。」
俺は考えに耽るあまり立ち止まってしまった。仕事柄どうしても理屈が先に来てしまうのだ。だが、この状況ではあまり良くない。それもそのはず、結構歩いてるが、一向に村の煙が近づかない。
「おっかしいなぁ…。そろそろ村についてもいいくらい歩いた気がするんだが…。」
ふと、ぼやく。
すると…。
「ワオーーーーーーーーーーーーーン」
「!?」
森の方角から、生き物の遠吠えが聞こえた。
咄嗟に振り向くもなんの姿も見当たらない。目覚めた丘が遠くに見える。距離にして3〜5キロ程だろうか。なんだか、嫌な予感がした。
俺は使い物にならないママチャリに急いで跨りスイッチをいれ漕いだ。
ガタン!!ガタン!!ガタン!!ガタン!!
キイイイイイィィィィィィコォォォォォォ!!
当然前新品の頃の様には行かないが、自力で走るやり方はマシだろう。さらに足に力をこめて漕ぐ。
俺は確認のために振り向いた。白い何かが背後から追いかけてくる。サーっと血の気が引いたのがわかった。
すると…。ズリっと足がペダルから滑り落ちバランスを崩した。人は死を悟るとこんなにも非力なものなのかと実感した。
人は咄嗟の時に謎の行動を取ろうとするのは何故だろうか…。それもそのはず、俺は何故か散らばった商品をせっせと集めて袋に戻してから、自転車を立て直す。
後ろを振り向いた。
白い生き物は、まるで狼みたいな大型の獣の様だ。一直線にこちらを走ってくる。今度こそ、本当にやばいかもしれない。
周りに身を隠せそうな安全な場所はない。なんせ平野だ。あっても低木くらいだ。それに獣相手に低木に隠れるなんて真似は、愚の極み。これは諦めて戦闘するしかなさそうだ…。
…と言っても、俺に戦闘能力はない。皆無。ゼロだ。かといって武器になりそうなものは、精々十徳ナイフくらいだろうか…。チャキっと刃面を取り出して構える。
☻
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
読んでくださりありがとうございます。
よかったら次回も、読んでみてください!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます