第三章 愛情に感化した修羅界の少年

第1話 修羅界の人間

『ザブーン、、ザブーン、、ザブーン、、』


 岩壁に波打つ音が響き渡る、、。


『サーー、、』


 温かく心地よい風が流れていく、、。


 この世界はなんとゆっくりとした時間が流れているのだろうか。


 沿岸沿いに立つ巨木の根本に腰を掛け、寄りかかりながら海原を眺めていると自分が元からこの世界の住人だったような気がしてくる。


 風が優しく頬を撫で髪を揺らす。目を閉じると修羅界にいた時の記憶が脳を巡りだした。


 俺の名は奏音(かなで)。


 生まれてすぐ歌を奏でていたそうで、そう名付けられたらしい。


 俺は人間界ではなく修羅界に生まれた。その世界は生まれたときから自分を殺して喰らおうとする者がいて、そいつらを撃退し続けなければ生きていけない、修羅の世界だった。


 俺が幼少の頃に両親は殺されてしまったが、生まれた頃よりある特殊能力のお陰で、俺だけ生き抜いてこれた。


 そんな弱肉強食の生活を何年も続けていると、次第に俺の実力は修羅界中に響き渡り、襲って来る者の数は減っていった。


 更に歳を重ねていくと、実力を聞き付けた大金持ちから「ボディーガードになってくれないか?」などの誘いや、「大国で兵士をやってみないか?」などの誘いを受けるようになっていた。


 しかし、俺はどんな好条件を提案されてもそれに応じなかった。


 なんとなく興味が湧かなかった。お金や好待遇に興味は無かった。何か胸を熱くするものが欲しいと思っていた。


 特に何もやる事が無い退屈な毎日を謳歌しているそんな時、地獄界の神タルタロスに「人間界に行かないか?」との誘いを受けた。タルタロスから聞く人間の世界の話には興味が湧いた。胸が高鳴った。


 その世界に行ってみたいと興味が湧き、俺はタルタロスの誘いを受け、人間界に行くことにした。



「お前が奏音か?」


 物思いに浸っていた時にいきなり掛けられたその言葉に驚き、声のした方に視線を向ける。


 そこには白のローブを羽織った者が立っていた。何者かと思い警戒し相手を凝視する。


 やや甲高い声?女か?いつからここにいたんだ?近寄って来た気配が全く感じられなかったぞ。


「そうだが、何か用か?」とぶっきらぼうに答えた。


 海原を眺め感傷に浸っていた気分を害されたので、イラ立ちを見せながら立ち上がる。


「ここで何している?」


 ローブの女は表情一つ変えず質問を続けてきた。


「この風景を眺めていた」


 見ていた海原に腕を振りながら面倒くさそうに答えた。


「修羅界の人間がここで何をしているのかと聞いている?」


 言葉に刺が出てきて、明らかに挑発的な口調になりだした。


 こいつ俺が何者か知っているのか?オーラは抑え修羅界の人間である気配は消していたはず、、。


「お前に話す義理は無い」


 そう言いながら何か面倒なことになりそうだと思い、向きを変えその場を立ち去ろうとするが、、。


「お前をこのまま、この世界で自由にさせておく訳にはいかない」


『ピカッ!』


 右手が光輝いたかと思うと、その光はローブの女を包み込んでいった。そして、白いローブがきらびやかな衣へと変わり、神々しい光に包まれ強烈なオーラを放つ。


「ま、まさか!こいつが!」


 噂に聞く人間界の英雄か?



 あれは初めてタルタロスと出会った時の事だ。俺が退屈な毎日を過ごしている時、いきなり語り掛けられた。


「奏音、、奏音よ、、」と。


 全く何もない空間から籠るような、お腹に響くような重低音の声でそう語り掛けて来た。

 そしてタルタロスは別の空間から滲み出て来たかのように、空中に出現し少しずつ少しずつ正体を現していった。


 修羅界で平凡な生活を送っていた俺は、いきなり異空間から現れた強大なオーラに警戒し身構える。


「お前の実力を見込んで頼みたいことがある」


 タルタロスが現れた瞬間から周りは急に暗くなり、動植物達は静まり返り、風の音すらもなくなり、時が止まったような感覚に襲われた。


 その頼み事とはタルタロスが人間界侵略を行う際にあたって、大きな障害になるであろう、この英雄達が人間界に何人いて、どこにいて、どんな能力を使うかを調べることだった。


 どうやってそいつ等を探し出そうか困窮していた時、向こうからノコノコと出て来てくれるとはありがたい。


 俺がそんな思いを巡らせていると、雷鳴が辺りに響き渡った。



『バアッーーン!!』


 何だ!?雷が奴を直撃したぞ??


 突如発生した稲妻がローブの女を直撃したように見えた。


 普通の人間であれば即死は免れない程の威力だった。が、ローブの女のオーラはぜんぜん減っていない。


 減るどころか逆にオーラが増幅している?


「こいつ!稲妻を受け止め、そのエネルギーを自分のオーラに変換しているのか?こいつ稲妻を操れる能力を持っているというのか?」


 コートの女の能力の片鱗を見せられ俺は身構える。


「雷光の拳!」


 コートの女は取り込んだ稲妻のエネルギーを、自分のオーラに変換し拳から矢状にして雷光を放つ。


 避ける隙間もない程の無数の矢が俺に襲いくる、、。


 俺は自分の持つ特殊能力を使い、辺りの草や花を急成長させ、防御壁とした。


『ガシッーーン!』


 作り出した防御壁がすんでのところで間に合い、コートの女の攻撃を弾き返すことができた。


 いきなり攻撃してくるとは!こいつ問答無用で殺す気で来やがった。


 危なく直撃を受けるところだったぞ。あんなのまともに食らえば死は免れないだろう。


 その容赦の無い攻撃に肝を冷やした。



「我が攻撃を弾くとは!!何だこいつの能力は?これが修羅界の人間の実力というのか」


 植物が絡み合い壁と化して攻撃を防いだ能力に驚愕しているようだった。


 俺の能力は細胞を活性化することが出来ることだ。


 周りにある植物を急成長させたり、硬質化させるなんてお手の物。


 しかしローブの女の攻撃の威力は相当なもの、そうそう何度も防ぎきれるものではないだろうと容易に想像出来た。


 一歩下がり間合いを計ることにする。


 奴に気づかれないように地面を通しオーラを広げる。俺の能力を使えばこの周辺に生えている雑草を鋭い刃に変えることなどお手のものだ。


 奴の死角から刃を飛ばし蜂の巣にしてやる。


 そう思っていた瞬間だった、、。


「!!」


 何ー!全て交わしただと!


「ほう。良い反応をしているな」


 強がった口調でそう言ったが、心の中は動揺しまくっていた。常に戦うことを強いられている修羅の世界の人間ですら、交わした奴なんていなかったぞ。


 なんて身のこなしだ!


「大岩が真っ二つになっている。なんだ今の攻撃は?」


「ふふふ。苦戦しているようだな」


 その時、後方で笑い声が響き渡った。人間界の英雄は一人ではなかったのか!


 その者もやや声高い声をしていて、白いローブで身を包んでいる。一人でもかなり苦戦しているというのに厄介な事になったぞー。


「お前は黙っていろ!」


 雷を操っている方はデジー、後から現れた方はエレナというようだ。お互いそう呼びあっている。


 エレナは仲間の苦戦を嘲笑っている。


 仲間が苦戦を強いられているのであれば、普通なら血相変えこちらに向かってきそうだが、その者は嘲笑っている。


 デジーが負けるなど微塵も思っていないという事なのだろう。


「舐められたもんだな、、」


 デジーは体勢を立て直し、身構えてくる。


「ならばそんな枯草ごときでは防ぎきれない強力な一撃をくれてやろう」


 デジーの周りに光が煌めきだす、先程より強力なオーラが拳に集中する、、。


「稲妻の拳!」


 雷鳴が上がり、稲光を煌めかせ、強力な一撃を拳とともに放ってきた、、。



『ドーーーン!!』


 防御壁が軋む。


 吹き飛ばされないようオーラを込めるが、全てを防ぎきれず余波が体に突き刺さり、電気による痛みと痺れが身体中を駆け巡る。


「不味い、このままでは、、」


 防御壁では防ぎきれないと判断し身を覆し、攻撃に転じる。


 地面に手をつきオーラを張り巡らせた。


 デジーの足元に生えている雑草達を鋭利な刃物へと変え空中へ漂わせる。


 視線を移すと俺の防御壁は跡形も無く消し飛んでいた。あのままあそこにいたら死んでいただろう。


「何だ!」


 鋭利な刃物と化した雑草を漂わせデジーを取り囲み、渦巻き状にさせ襲いかからせようとしていたのだが、、。


「雷光の拳!」


 デジーは再び光の矢とした拳を放ち全て打ち落としてみせた。


「まさか!あの無数の雑草を全て打ち落とすとわ!!」


 強い!


 俺は一瞬で無数の雑草を全て打ち落とした腕前に驚愕するしかなかった。


 これが人間界創造より人間界を守り続けてきた英雄の力だというのか、、。


 しかし、デジーの方も底が知れない俺の能力に、驚愕して二の足を踏んでいるようだった。


「ふふふ。やはりここは私が」


 そう言いながらエレナは俺とデジーの間に歩み出て来た。


 白いローブのフードを外すと西洋風の目鼻立ちをした女性の顔が露になる。金髪をなびかせこちらを冷たい目で見据えて来る。


 エレナは爽やかな笑顔を見せたと思った後、右掌の上にオーラを集中させた。


「火炎魔法!」


 掌の上で強烈な熱風を上げ、燃え盛る炎が火球となり膨れ上がる、、。


「大きい!」


 あれほどの強力な火炎魔法、修羅界でも見たことないぞ!


 紅蓮の炎が襲いかかってくる、、。


 一歩引いて間合いを取り、ある植物の種を取りだし急成長させた、、。


「知っているか?修羅界には炎を糧に急成長する種類の植物がいることを、、」


 俺は防御壁を張り、その後ろに人間界にはないであろう植物を急成長させた。


 その植物は防御壁の後ろで弱まった炎を吸収し花を咲かせていく、、。


 ハイビスカスのように深紅色の美しい色の花が咲き乱れていく、、。


「何だ!何をする気だ?」


 二人は俺の挙動を注視し出した。


 その間にも植物は炎を吸収しどんどん膨れ上がり成長して、幾つもの花をつけていく、、。


 エレナの火炎魔法を直接受けては持たないと判断し、威力を弱められるよう防御壁を作ってから反撃の糸口となる植物を育てた。


 修羅界での生活は俺を猛者へと育て上げた。敵をよく見てより良い戦法を思いつけるようになった。


 お前等は人間界での英雄なんだろうが、俺は百戦錬磨だ。


「火吸草(かきゅうそう)は自分の子孫が確実に生き残るため、花粉に熱量を帯びさせ他の植物を焼き払う能力を持つ。その花の花粉に触れれば熱傷を起こし、多量に吸い込めば肺は焼けただれるぞ」


 脅迫も込めてそう言った。


「なんだと!エレナ気を付けろ」


 デジーは注意を促しながら、自分も花粉を吸い込まないよう口を覆う。


「無粋な真似を、、」


 そう言うとエレナは自分の回りにオーラを張り巡らせ、そのオーラで花粉を蒸発させていく、、。


「何!効かないだと!」

 

 そしてエレナはそのオーラを両手に集中させる、、。


「高熱魔法!」


 粒子を超高温とし、凝縮させ光状にして放つ。さながらレーザービームのような攻撃が俺に襲いかかった、、。


「そんな子供だましの魔法、、」


 そう言って防御壁を光沢のある植物へと急変させる。そしてそれは敵魔法の威力を反射させるように弾き返した、、。


 反射された威力は分散されあちこちに飛び散っていく、、。


 衝突と同時に大きな爆発音が広がり、地響きが伝わってくる。その威力により岩盤は破壊され、地面がえぐられていった。


 分散されてあの威力だ。まともに喰らったらと思うと背筋が凍る。


「火炎魔法、そして高熱魔法をも封じるか!?なんという使い手か!危険だなあの能力」


「ああ、そうだな」


 二人は改めて俺を危険人物と再認識したようだ。


 もう俺を見逃すなんて事はしないだろう。俺が人間界で活動するにはコイツらを倒すしかないと腹を括った。


「何をブツブツ言っている。それより自分達の足元を見てみろ」


 俺にそう言われ二人は視線を地面に落とす。


「なんだこの蜘蛛の巣の様なものは!?」


「何!足に絡まり上がってくるぞ!」


「その糸は人間界で言う蚕の幼虫が出した糸の様なものだ」


 糸はドンドン二人に絡まり上がる。蚕の糸と言ったが絡み付いてくる糸は絹糸とは思えないほどの丈夫さをしていて、いくら力を入れてもびくともしない。


「修羅界の蚕はその糸から絡まった者のオーラを吸い上げ栄養源とする。一度捕まれば吸い尽くすまで、死ぬまで離さん」


「なんだと!」


「確かに、力が抜けていく気がするぞ、、」


 必死の形相でデジー、エレナは糸を振り払おうと身動ぎするが、外れる気配は全く無かった。


『バーーーン!!』


 その時、デジーは先程より強力な稲妻を身に浴びた。稲妻で絡み付いていた糸は一時焼き払われたが、再び絡み上がってくる。


「一つ聞きたい。その蚕は貴様のオーラの影響を受け強力な力を発揮しているんじゃないのか?」


「ああ、そうだが」


「ならこの窮地を脱するには貴様を殺すしかないということだな」


「まぁそうなるな」


「ならば、この窮地を脱するため命を懸けてこの技を放とう」


「なるほど、どうやらその手しか無いようだな。デジー私も付き合うぞ」


 二人の戦士は次の一撃に全身全霊を懸けるようだ。目を血走らせ髪を逆立たせる。


「面白い。どちらが先に滅するか試してみようじゃないか」


 俺の布陣の中で何が出来るものか、、。


「はぁーー」


「はぁーー」


「はぁーー」


 糸から二人のオーラを吸い上げ自分のオーラとし、吸い上げる力に更に力を込める。


 二人には勝ち目はあるはず無かった。


 しかし死に物狂いの二人は俺の創造を越える力を発揮してきた。


 なに!このままでは、、。

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