最終話 天神ゼウスの名の下に

 住宅街を離れ支柱の中心へと歩を向けると、そこは市役所が立っている場所のようだった。


 師匠の様子を探ると支柱付近を彷徨いているような気配が感じられた。


 支柱が思いの外、劣化していて場所を特定できずにいるのだろうか?


 封印魔法発動にはもう少しかかりそうだと思った俺は市役所内へと進んでいった。


 最初にコカの木の畑が焼かれ、次に産業区の精製工場が焼かれた。おそらく次はこの産業を牛耳っていた者が狙われるはず、これだけの産業を行い尚且つ住民らに嘘の情報を流布させる。


 そんな事タダの一般人ができる訳もない。中央区にいるトップがきっと全てを知っている。俺はそこに向かい走り出した。



「報告します。火災が起きていた精製工場の火は鎮火しましたが、原型をとどめないほどの被害を受け再稼働は絶望的と思われます」


 市役所に入ると市長のエカドルは大広間の奥の一角に陣取り、何かの作業をしているところだった。その報告を受けたエカドルは落胆の表情を浮かべていた。


 が、直ぐに切り替えた。


「コカの木が葉をつけるまでには時間がかかる。それまでに工場を復興させれば問題ないだろう」


 俺が近くまで忍び寄ってるとも知らず、あっさり自分が主犯だと言わんばかりのセリフを吐いてくるとは。


「儲けた資金は十分にある。再稼働に投資すればどうせまたすぐに莫大なお金が転がり込む。それほど大きな問題ではないだろう」


「市長ー!」


 その時大きな揺れが襲ってきた。


「地震!?」


 立っていられないほどではないが、棚の物が崩れて落ちてしまうほどの大きめの地震だった。


『ガシャーン!ガシャーン!』と花瓶が落ち、割れる音が響き渡る。


 そして、壁が崩れ始めた、、。


 崩れてきているというより上部から粉砕していっているように見える。


 その現象は天井にも及んでいた。


 風を送り出す機械、ブロワーによって落ち葉が吹き飛ばされているが如く、壁や天井が吹き飛ばされていく、、。


 壁や天井が吹き飛ばされたその先に、それは、聳え立っていた!!


 その場にいる人間達は茫然自失、まさにそんな感じだった。


 この現象に開いた口が塞がらず、体から力が抜け腰砕けになってしまった。


 銃を持っている警備兵もそうだった。銃を向けることすらしていなかった。本能で感じているのだろうか、抵抗しても無駄だと、、。



『我は神、この地を守る神。我の愛するこの土地を汚す愚民どもよ。我に平伏すが良い。我の手で地獄に落ちるがよい』


 その言葉は耳から聞こえるような感じではなく、頭の中に直接響き渡るような声だった。


 畏怖する。


 まさにその言葉がぴったりだった。恐怖感だけではない。眼前に浮かび上がったその姿に心から崇拝した。平伏すべきだと思った。


「ど、どうか、どうか神様、地獄に落とすのだけはご勘弁してください」


 唖然として立ち尽くしているその場の全員にエカドルは平伏すよう促す。


『ならん。お前等は我の許容する範囲を超えてしまった。地獄に落ち、その罪償え』


 灼熱感が体に走り、抗うことの出来ない圧倒的な力に恐怖と絶望感を覚えた時、俺はこの一帯を自分のオーラで包み込んだ。


『我は神、我の力が封じられるとは何事か?』



「市長さんひとつ聞きたいんだが、あんた市民を騙してコカインを製造させ、そのコカインが世界中の人々を苦しめている事になっているって自覚あるかい?」


「はい。自覚してます。もうこんな事は絶対にしません。だからどうか、どうか、ご勘弁のほどよろしくお願いします」


 案外素直に白状したもんだな。まあこれだけの圧倒的な存在感を見せつけられては抵抗する意志もなくなるか。


 その言葉の真意が本当かどうかは分からないが、先ほどまで接していた人間達全てを巻き添えにしてまで、神罰を下すほどではないだろうっと思った。


「火の神ウラカンさんさー、こう絶対しませんって謝ってんだからさー、もうこの辺にしておきません?」


『小童何を言う?我の下した決定は覆らん。この場の全員、火炙りの刑に処す』


 その言葉に全員、さらに平伏してしまった。


「そうかい、なら天神ゼウスの名の下に、お前等に下った神罰、俺が保留とする」


 そう言って、神の前に立ち塞がった。


『天神ゼウス!有史以来、人間に加担する悪神の流れを汲むものか!ならば容赦はせん。その者と一緒に灰塵に帰せ』


 強烈なオーラが掌の上で凝縮し炎と化す。その炎は球体となりこちらへと放たれた。


 いきなりの容赦手加減のない攻撃に一瞬たじろいだが、師匠の言葉が脳内を駆け巡った。



「よいかひょうよ。これから向かう地の神ウラカンは炎の神、炎の魔法を得意とする。炎の魔法といっても要はオーラによって形成されている。相手のオーラを見極め、そのオーラの流れを感じ取ることが出来ればそのオーラ斬れるはずじゃ」



 中心から流れを生み出し、その流れは摩擦を起こし熱量を上げる。中心に俺のオーラをぶつければあの火球は裂けるはず。


 よし、師匠の教え通りすれば何とかなりそうだ!


「鶴賀流、鶴の舞」


 俺の薙ぎ払ったオーラは線上になり火球の中心に衝突し裂いた。


 火球は二つに分かれ片方は上空彼方へ飛び去り、片方は地面に衝突し爆炎を上げる。


 その衝撃波で建物は大きく揺れ、すでに半壊している建物はさらに大きく崩れる形となった。


「やばっ!!」


 周辺にどれだけの被害が出たことだろう?人が近くにいなかったことを祈るばかりだ。


『ほー。面白い。我の火炎魔法を遮るか?』


 それならばとばかりに、より強力な炎の魔法を放とうとオーラを凝縮し出す。


 すげー!すげーよ!今までに感じたことのない猛烈なプレッシャーを感じる!


 これが神!?


『我オーラを吸い上げた炎は怪鳥と化す、、』


 マジかよ!!


 神のオーラは膨れ上がり、炎は鳥状へとなっていく、、。


 その時、先ほど薙ぎ払った鶴の舞の剣撃がブーメラン状の軌道を描き、帰ってきてウラカンの足元を掬った。ウラカンはバランスを崩し倒れこむ。


 怪鳥と化した火炎魔法が上空へ放たれていった、、。


「あっぶねー、あんなの眼下に放たれてたら街は焼け野原だったぞ!」


 バランスを崩しているウラカンを見て、俺は袈裟斬りの剣撃と斬り上げの剣撃を放つ、、。


「鶴賀流、翼状交差」


 ✖️状の剣撃がウラカンに襲いかかる。


 防御する間もなく直撃を受けた。が、ウラカンは強力なオーラに守られているようで全く手応えが感じられなかった。


『我の足元を後ろから掬うとは、さすがはゼウスの流れを汲む者、小細工が上手いようだな。極大魔法のような大雑把な攻撃が効かぬなら、、』


 そう言うと拳を繰り出してきた。強力なオーラは感じるが避けられないようなスピードではない。


 避けようと思った次の瞬間『ピカッ』と、光りを放ったかと思ったその後、拳が急加速し、避けることができずまともに受ける形となって俺は吹き飛ばされてしまった。


 地面に叩きつけられ跳ね返り、後ろの建物にぶつかり倒壊させてしまう。


「あちゃー。俺が建物壊してしまってりゃ世話ないぜ、中に人いなかっただろうな?」



『なんと!!我の拳をまともに受け、立ち上がるのか!粘土質の大地にでも拳を打ち込んだかのような感触だった。弾力性の強いものを殴っているようでまるで手応えがなかった。なんと強いオーラに守られた少年か!お主は本当にゼウスの加護を受けてこの場に存在しているのか!』



 今の攻撃はなんだったのだろう。途中から急加速してきたように見えた。


 光って見えたのも何か関係があるのだろうか?


 自分の攻撃を受け致命傷になってないのが不思議でしょうがなかったのだろう。ウラカンはたじろいでいるように見えた。


 合間が出来たようなので周りを見渡す。市長をはじめ多くの人々は腰砕けになり、恐怖し動けなくなっていたままだった。


 まずいな、何でコイツ等まだここにいるんだ?早く逃げろよ!


 もしまたあの火炎魔法でも使われたら命の補償はないぞ。


「しっかりしろ、早くこの場を離れるんだ!」


 声をかけてみたが動きは全くみられない。アホどもが、、。


 その時、師匠のオーラが高まっているのが感じられた。おそらく支柱を見つけオーラを込めているのだろう。


 三本の支柱が復活し魔法を放てばこのウラカンは封印することが出来る。


 あと数分、いやあと数秒時間を稼げばこの任務が終われるかもしれない。


「凍結魔法!」


 全力で放った。ありったけの力をオーラに込めた。凍結魔法は猛吹雪を巻き起こしウラカンを覆い尽くす。



『目の前にいるのは紛れもない少年。しかしなんと強きオーラを有する少年か!まるで大神を相手にしているかのようだ』


 ウラカンは一瞬たじろいだようだったが、俺の凍結魔法を薙ぎ払うと体勢を整え、再び俺の背丈ほどもある大きな拳を振り上げ、振り下ろしてきた。


 翼状交差の体勢に入る。凍結魔法が薙ぎ払われると思った瞬間、次の攻撃へと切り替えていた。


 状況的に俺の攻撃の方が先に発動されていたはずだった。先に発動されていたので先に有効打となるはずだった。


 が、ならなかった。先ほどと同じように中間部で光が見えた後、急加速してきた。



 ウラカンの拳は俺の体を遥か後方まで吹き飛ばす。吹き飛ばされた俺を確認すると攻撃目標を俺から、眼下にいる人間へと変えた。


 火炎魔法を放とうとした次の瞬間だった、、。


「霜柱魔法!」


 ウラカンの背後から無数の氷の柱を襲い掛からせる。



「よいかひょうよ。神と対峙するときは二の手、三の手を考えて行動しなくてはならん。こちらの攻撃はまず効果がないと思わなくてはいけない。直線的な攻撃だけではなく自分の攻撃をどう活用するか考えて行動しなくてはならんぞ」


 最初の鶴の舞がブーメラン状の軌道を描きウラカンの足を掬ったのもその教えがあってのことだった。


 そして今回も次のことを考え凍結魔法を放っていた。


 放った凍結魔法はウラカンの後で凝縮し氷の柱となり、霜柱魔法となり襲い掛かったのだ。


 ウラカンは予想もしていなかった攻撃に一瞬たじろいだが、吹き飛ばした俺がまだ遥か先の方を走っていると分かると、再び火炎魔法を放つ体勢に入ろうとしていた。


 ウラカンの真似をしてやった。


 師匠に敵と相対するときは、動きを一つも見落とすなと言われていた。


 ウラカンの拳に殴られた後、衝突音とは別の爆発音のようなものが聞こえたような気がした。


 やつは腕を振り下ろした後、肘の後方で爆発を起こし拳を急加速させているのだ。だから光が見えていたんだ。


 さすがは炎の神。炎の特性を巧みに使ってくる。


 普通に走っていては間に合わない距離だった。だからウラカンの技を真似してやった。火炎魔法を凝縮させ開放する。巻き起こった衝撃波は俺の体を一気にウラカンの元へと運んだ。


 凍結魔法を放つ。


 ウラカンは眼下に放とうとしていた火炎魔法で応戦する、、。


 しかし自分の真似をされたことにたじろいでしまっていたのと、急な対応を迫られたせいか、俺の凍結魔法の威力に押されダメージを受けていたようだった。


 俺は剣を構え翼状交差を放とうと飛び上がる、、。


 そして後方で爆発を起こし急加速し威力を増大させた、、。


『こいつ!一度ならず二度までも!』


 防御する間も無く叩き込まれた威力を増した翼状交差に、ウラカンはよろめき崩れ落ちた、、。


 その時、結界が発動し、ウラカンは光に飲み込まれていく、、。



「お、おのれ、おのれー、、ゼウスの手の者よ!またしても人間を排除する野望を拒むか!しかし、忘れるな!我の地を汚す者がいる限り、我は再びこの地に降臨し、人間どもを根絶やしにしてくれようぞ、、」


 そう言い残しウラカンは光の中へ消えていった、、。



 今回の神罰を受け、人々はどう受け取ったのだろうか。


 医療用として育てていたコカの木を、金に目が眩み麻薬として密輸していた。


 それが神罰の原因となった。


 犠牲者を出し損害を受け自分達の行為が間違っていたと感じてくれるだろうか?


 一時的に自制することになっただけでまた同じことを繰り返さないだろうか?


 再びこの惨劇が引き起こされないよう、自制心が継続するのを祈るばかりだ。


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