第2話 呪われた巨木

 数年後、同じ場所の海の見える沿岸沿いに立つ巨木の根本で、スーツをきっちりと着込んだ国の職員と、土木関係に詳しい作業着姿の職員がそこで会話を交わしていた。


「ここにバーンと国道を作れば流通も格段に変わるし、海沿いのここは眺めもいいのでドライブ客も集まる。こんな良い計画は無い」


 大きな身振り手振りを加えながらスーツ姿の男はそう話していた。


「でもこの立派な巨木をどうするかがネックなんですよ」


 巨木をトントンと叩きながら作業着の男は答える。


「どうするかって?切れば良いでしょ?」


 国の職員は地元民の心情など全く顧みることなくひょうひょうと答えた。


「いやー、そうなんですけどー」


 作業着の男は『こんな立派な巨木を切ってしまうのかい?』ともったいなさそうに巨木を見上げる。


 樹齢1000年以上あると思われるその巨木は、この地域のシンボルとなっていて、国の公共事業とはいえ切ってしまったら地域住民の反発は計り知れないだろう。


「何を躊躇してるんですか?この事業が完成すれば地元に大量のお金が集まるんですよ。こんな木ごときで、こんなのサクッと切り倒して、、」


 そう言って木を叩いた瞬間だった、、。


「グハッ」


 国の職員は吐血してその場に倒れ込んでしまった。


「ど、どうしたんですか?大丈夫ですか?大丈夫ですかー?だ、誰か、、きゅ、救急車ー。きゅうきゅうしゃをーー」





 小学校からの帰り道、朝比奈拓海は巨木の前を通りかかると、花が添えられているのに気がついた。


 同じくそれに気がついた前を歩いていた主婦達が話始める。


「前にもあの木を切り倒そうとして、死んだ人いなかった?」


「あー、居たわねー、またなのかしら?」


「恐いわよねー、この木、呪われているらしいわよ」


 この木を切ろうと企てた者は何故か不慮の死を遂げてしまう。そんな噂が広がっていた。


 恐ろしい話だが小学生の僕には関係無い。そんな木より学校生活の事で精一杯。僕はその程度の人間だ。


 しばらく歩いて行くと、後ろからバタバタと走って来るような足音が近付いてきた。僕は嫌な予感がして振り向こうとしたその時だった、、。


『ドンッ』


 振り向こうとしたその瞬間、背中に衝撃が走しり、前のめりになりふらつき転んでしまいそうになる。


「やーい。返して欲しかったら追いかけて来いよー」


 僕にぶつかって来たのは一樹だった。


 同じ学校に通うクラスメイトで、仲間を引き連れよく嫌がらせをしてくる一番嫌いな奴だ。


 今日もアイツの嫌がらせが始まったらしい。


 僕のランドセルからペンケースを取り上げ駆け出して行く。がっしりした体格をしていて学年腕相撲大会で1番になったことがある位なので、腕力は強く抵抗しても一捻りにされてしまう。


 僕はいつもいつも一樹にいいようにやられっぱなしになっていた。


「あははは。来れる訳無いじゃないか。アイツの心臓はアリ程だって先生言ってたしー」


 と傍らにいた颯太が言った。


 颯太は一樹といつもつるんでいて一緒に嫌がらせをしてくる。


 何か気に入らない事があると直ぐ一樹に告げ口し、一樹を連れて来ては嫌がらせをしてくる。


 僕は生まれつき心臓が弱く、激しい運動は制限されている。走れない事を知っていて平気でこんな事をしてくる最低の奴等だ。


「返してよー、何でそんな事するんだよー」


「どーせ、汚い母親に買って貰った物なんだろ。こうしてやる」


 そう言いながらペンケースを川辺の泥の中へ投げ込んでしまった。


「あっ!」


 ペンケースが投げ飛ばされた方に目を向ける、昨日買って貰ったばかりだというのに、泥だらけだ、、。


「ぎゃははは。一樹サイコー」


 その行動に颯太をはじめ何人か一緒にいた者達が腹を抱えて笑いだした。

 

 一樹の行動を咎めてくれる者はいないらしい。惨めさを感じながら、ペンケースが飛んで行った川辺へ駆け出した。


「何も言い返えしてこないでやんの」


 一樹のそんな言葉が後ろから聞こえてくる。そして笑い声が広がった。


「ああ、、」


 ペンケースの状況を見て思わず、嘆息の声が漏れてしまった。泥の淵まで行きペンケースに手を伸ばすと、また背中に衝撃が走った、、。


「うわーー」


 誰かに後ろから蹴られたのだろう。その勢いで泥の中に倒れ込んでしまった。


「バーカ、バーカ。お前ムカつくんだよ。二度と学校来るな。死んじゃえバーカ」


 後ろからいきなり蹴飛ばして来るなんて、きっと一樹の仕業なのだろう。


 そんな声が響き渡り、笑い声が広がり、笑い声は少しずつ遠退いて行った。どうやら帰って行ったようだ。


 ゆっくり起き上がり自分の体を見る。


 服も顔も体も泥だらけだ。泥だらけになった手と体を見て『ふぅー』と、ため息がでてしまう。


 またやられてしまった、どうしよ、このまま帰ったらいじめられていることが母さんにバレてしまう。


 母さんに余計な心配をかけたくない。


 そう思い、川の淵まで行き、水をすくい顔を洗う。ここ数日暖かい日が続いたお陰か川の水は思ったほど冷たくはなかった。


 今日は陽気も良いので水をすくって洗うたび清涼感で満たされた。


 続いて髪、腕、足、汚れた服を脱いで泥を洗い落とす。川の水の流れていく先に目をやると海原が広がっているのが見えた。


 海を眺めているとさっきまで惨めな気分でいっぱいだったが、不思議とどうでもいい気がしてきた。


 服が濡れていると母さんに不思議がられるかもしれないので乾くまで川辺で川の流れを見たり、海の方を見て航行する船を見たりして時間を潰すことにする。


 しばらくすると、日が陰りだし、風が冷たく感じられてきた。


 今、何時くらいなのだろう?何時間くらいここにいたのだろう?


 僕は典型的ないじめられっ子だ。前の学校でもいじめが酷くなり転校を余儀なくされてしまった。


 4月からここに移ったが、また、いじめが始まってしまったようだ。


 僕は先天的に心臓に病気を抱えていて、体が弱いので先生から特別扱いを受けることが多い。皆んなはそれが気に入らないのだろう。


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