第2話 感謝され変わった俺
「貴殿の勇気ある行動に敬意を称し、これを表彰とする」
「あ、ありがとう、ございます」
俺は街の講堂の演壇に立っていた。
ビックリだ!俺は何度も窃盗、暴行事件を起こした囚人だぞ!
俺がこんなところに立って、しかも表彰なんてされていいのかよ!
俺は今回の火災の人命救助に大きく貢献したとして市長賞を受けたのだ。
囚人である俺が表彰されるなんて信じられなかった。
市長エカドルの敬意ある眼差しが俺に向けられている。身震いがした。緊張で体が強張る。
市長ってこの街で一番偉いヤツなんだろ!それが俺なんかにそんな眼差し向けてきていいのかよ!
表彰なんて受けたことがないので戸惑っていると、エカドルは優しく微笑みながら作法を教えてくれた。
「君は立派だ」
少し情けない気分になってるのを察したのかエカドルはそう言ってきた。
「あ、ありがとうございます、、」
市長を『様』呼ばわりしている人間なんて、バカな奴らだと思っていた自分が、急に恥ずかしくなった。
俺をただの囚人として見るのではなく一人の人間として敬意を払い、いたらない仕草を見ては手を差し伸べるような心優しい御仁だというのに。
今回のこともエカドルの提案だったそうだ。囚人を表彰することに反対意見も多かったらしいが。
「良き行いをした事には変わりない」
そう言って一蹴したらしい。それと救出されたエイミーと、その家族の口添えもあって実現したとのことだ。
表彰状を受け取った囚人の俺を、その場にいる人達は温かい拍手で迎え入れてくれた。
なんて爽快な気分なんだ。
今まで感じたことのない感情が込み上げてくる。
拍手が広がるなか、俺の仲間達からは「緊張してやんのー」とか「気取ってやがるよ」とか揶揄する声が聞こえ俺は恥ずかしくなった。
あいつら、帰ったら覚えてろよ。
「お兄ちゃん。ありがとー」
笑顔で手を振るエイミーの姿が見えた。隣では母親が深々と頭を下げている。
エイミーは大量の煙を吸い込んでしまい、酸素欠乏で意識障害を起こしてしまっていたそうだが、幸い後遺症もなく火傷も軽いものですみ、直ぐに元気になったそうだ。
段上から降りエイミーに近付くと、満面の笑みを浮かべ何か差し出してきた。俺はそれを受け取ると頭を撫でながら「ありがとう」と返した。
隣にいる母親、その親族たちは何度も何度もお礼の言葉を言って頭を下げてくる。
父親は俺の手を取り、強く握ると俺の勇気を讃える言葉と御礼を何度も何度も言ってきた。
胸が熱くなった。照れ臭くなった。
「別に大したことしてないですから、気にしないでください」
つい、ありきたりな言葉が口から出てしまった。
それを聞いていた仲間たちが一斉に大笑いし始めた。
「カッコつけやがってー」やら、「よっ!大統領!」やら、「この偽善者!」などなど言いたい放題だった。
あいつら、絶対に許さないからな。
仲間達が大笑いするのも無理はない。なぜなら俺は人から感謝されるような人間ではないからだ。
俺は囚人。たくさんの人を傷つけ、たくさんの人を騙して食料を奪い生きてきた。そんな俺が人から感謝されるようなことをしたのだ。笑いたくなる仲間の気持ちも分かる。
生きるために仕方のない悪事だと思っていたし、周りの人間に憎悪も抱いていた。
自分が汚い身なりをし、汚い場所に住んでいるのに、綺麗な身なりをし、綺麗な場所に住んでいる奴らなど妬んでも妬みきれなかった。
悪事を働くのに何の躊躇もなかった。だから俺は刑務所に入れられたのだ。
刑務所に入れられ重労働を課せられ、囚人だからこその危険な現場に送り込まれることもあった。
そんなある時、俺は山火事の現場に送り込まれた。
この国は水が豊富にある訳ではない。消火活動といっても火を消すのではなく、火が燃え広がらないように地面を掘り起こし、緩衝地帯を造り草から草へと燃え広がらないようにする。
燃え広がるものをなくしてしまえば、そこで火は止まるって寸法だ。
山々に囲まれているこの街での山火事は被害が拡大しやすい。その日も街まで寸前の距離にまで火が迫ってきていた。
避難を余儀なくされた現場近くの住人は逃げもせず、火が止まるようにと祈りを捧げていた。
そんなことしても無駄なのになんてバカな奴等だ、命が惜しかったら早く逃げろ。つーか邪魔なんだよ。
俺はそんなふうに思っていた。
「あー、神様、この家は夫が必死で働いて建てたものなんです。だから奪わないでください」
「!!」
俺は知らなかった。家とか物にそんな思いが込められているなんていうことを。
盗みに入った時も「こんなにいっぱいあるなら、いくらか貰っちまってもいいだろ」そんな感じで人の物を盗んでいた。
人から物を盗むということは、その人の心を傷つけてしまうことになるなんて知らなかった。
家や物が奪われるということは命が削られる思いだということを知らなかった。
体力に自信のある俺は掘って掘って掘りまくった。夢中で掘りまくった。
俺の造った緩衝地帯のお陰で、近くの住宅街まで燃え広がるのを食い止めることが出来た。
その時、俺はメチャクチャ感謝された。
変な気分だった。いつもいつも白い目で俺のことを見ていた奴らが、急に尊敬の眼差しを向けてくる。敬意を表してくる。
人から煙たがられるだけの人生だったのに、その日から世界が変わった。人を妬むだけの人生のはずだった俺が、人から感謝されることを悪くないと思い始めた。
人から感謝されたいと思うようになった。
俺は火災現場に動員される人員に率先して申し出るようになった。
消火活動の勉強もした。
火災現場では何をしなくてはいけないのか、などの勉強もした。その知識が今回活かされたのだ。
刑期を終えたら消防士になろうと、真面目に働こうと心に誓っていた。
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