第8話 国王陛下様

「病院?」


 総合病院だろうか?目の前には救急車が停まり、白衣姿の者が慌ただしく動いているのが見える。


「こっちだ」


 そう言われジハオに付いて行くと師匠とソフロニアの姿が見えてきた。裏口なのだろうか?こちらには人気がなく殺風景なコンクリートが続いている。


奥の方には病院だというのに、多くの人が集まっているようでざわついていた。


 警備の人と思われる者もたくさんいて、集まっている人を監視しているようだった。


 あちら側が正面玄関なのだろうか?誰か有名人でも来ているのだろうか?そんな疑問を抱きながら裏口に近付いて行く。


「来たか。お前と話がしたいとおしゃられてるお方がいてな、だがちょっと体調を崩されていて今ここに入院しているんだ」


 俺が近付いて来たのを確認すると師匠がそう声をかけて来た。


「体調を崩している?入院?」


 まだ何が起きているのか理解が追い付かなくてオロオロしていると、、。


「その前に、、」


 そう言うとソフロニアは腕を振り、俺に何か赤い霧のようなものを振りかけてきた。


 するとどうだろう!!


 俺の怪我がみるみるうちに治っていくではないか!


 驚きの表情を浮かべていると、、。


「そんなに驚くことないだろ」


 師匠がその姿を見て笑ってきた。


「こ、これは?」


「ソフロニアは回復魔法が使える。それだけだ。服も用意してある。そんな格好では失礼にあたるからな」


 それだけって!?


 物凄いことをサラってやってのけて、淡々とそう言われても、、。


 と思ったが、俺は取り敢えず黙って師匠について行くことにした。正装して会わなければならない方とはいったい誰なのだろうか?



「ずいぶん手酷くやられたようだな」


 ソフロニアは傍らにいたジハオに話し掛ける。


「いやー、小僧の強さには参りました。完全にしてやられました」


 苦笑いを浮かべ照れを隠すように頭を掻く。


「世話掛けたな」


 ソフロニアはそう言いながら、先程俺にしたようにジハオの傷を治癒させていた。



「誰なんです?かなり警備が厳重のようですけど?」


 正装に着替えさせられた俺はどんどん先に進んでいく師匠に話しかける。


「うむ。現在この国で一番偉いお方だ。失礼のないようにな」


 一番偉い?とは誰の事なのだろう?と考えながら師匠の後をついていく。


「到着したぞ」


 師匠からいろいろと事の経緯を聞こうと思っていたが、目的の場所に到着してしまったようだ。


「一番偉い方ってまさか!」


 病室の扉をくぐると師匠は一礼しこちらを向く。


「ああ。現在のこの国の国王陛下様だ」


 と、言うとまた向きを変え、驚いて立ち止まっている俺の背中を押し、部屋の中へと押し込む。


「陛下、こやつめが鶴賀彪です」


 師匠の視線の先にはご老人が一人、ベットに横たわり、やや上体を上げこちらに目を向けている。


 かなり体調が良くないのか、向けられた目からは生気が感じられない。しかし、少し微笑んでいるような感じもする視線を向けてきていた。


ベット周りには医師、看護師と何人かの付き人が陛下の容態を逐一観察しているようだ。


 と、一人異様な風体をしてる奴が枕元にいる。真っ黒な服装をし、ピエロのようなお面を被っている。


 なんだこいつ?と思い俺は眉を潜めそいつを睨み付けていると、陛下が話かけてこられた。


「君がひょう君ですか?もう少し近くに来て、顔をはっきり見せてくれませんか?」


 あまり大きくなく、か細い声だが丁寧な優しい印象の口調だった。そう言いながらゆっくりと手を差し伸べてくる。


 師匠の方を見上げると。軽くうなずいてきた。


「近くに行って挨拶しなさい」と言いながら背中を押してくる。


「鶴賀彪です」


「へー」


 異様な風体をしている者が俺の言葉に相づちを打ってきた。


 なんだコイツ?喋れるのか?俺はチラッと視線をやったが無視して、陛下の手を取り膝まずいた。


 陛下は体を少し起こし、俺の手を両手で握って来た。


その手は体感的には冷たくカサカサしていたが、何か包み込んでくるような、安心感が受け取れる暖かい感じがする手だった。


「なるほど、ずいぶん苦しんでいるようですね」


 俺の手を取ると瞳を覗き込みながら唐突にそうおっしゃられた。


「苦しんでる?」


 陛下の突拍子もない言葉に何の事を言っているのか分からず目を泳がせ、首をかしげているとこう続けた。


「君の魂は汚れなく真っ白のようですね。きっと心優しい子なのでしょう」


「優しい?俺が?」


 今まで優しいなんて言われたことない。暴力的だとか残虐的とかはよく言われるが、、。


「ほうほう」


 再び黒い奴が相槌を打って来たので睨み付ける。しかし陛下はその声が聞こえていないかのように話を進められた。


「一生懸命頑張っている人を見て微笑ましく思う心を持っていますね。その反面頑張ってる人を無下にするような人、例えば弱い立場の人を無下にする人や、自分勝手な身勝手な要求をする人を許せない心を持っているようですね」


 陛下のその言葉に横断歩道でご老人にクラクションを鳴らしている男や、花屋の店員にクレームを付けている中年女性を思い出す。


「はい」


 俺は陛下が何を言わんとしているのか、今一よく分からず目を泳がせながら答えた。


「けらけら」


「ひょう君、きみは身につけてしまったこの特別な力を、どう使えば良いのか悩んでいる。そして自分なりに出した答えが不道徳者を征伐することですね?」


「は、はい」


 師匠から俺の事を聞いているのか?それとも俺の心が読めるのか?陛下の言動を不思議に思い見つめ返していると、、。


「しかし果たしてそれが正解なのかどうか分からず、苦しんでいるのではないですか?」


 表情は穏やかだが鋭い指摘をしてきた。


 苦しんでいる?俺は苦しんでいるのか?あんな奴等を殺したから何だというのだ。罪悪感など感じているはずがない。師匠にどやされるから答えに迷っていただけだ。


「不道徳者は害虫と一緒です。奴等と接してしまえば悪影響しか残りません。虐待を受けた子が親になると自分の子を虐待するようになるそうです。不当な扱いを受けた者は他人にも同じように不当な扱いをするようになる。だから早めに始末してしまうのが得策なんです」


「なるほど、そういう事なんですね。君の行為は正義の鉄槌だと?」


 陛下は俺の言葉を頭ごなしに否定することはしてこなかった。


「別に正義とか世直しのためとか思ってやってるつもりはありません。奴等は生きている価値が無いから始末するのです。だって害虫なんですから」


「ふふふ。ずいぶん手厳しいですね」と言いながら軽く微笑んできた。


 陛下は相変わらず俺の目の奥を見据えるように見つめてきていた。俺は心の奥まで見透かされているような気がしてきて視線を反らし、こう続けた。


「あなたは不思議な人だ。こんな人殺しの俺を優しい子と表現するとは」


「これひょう!」


 陛下を愚弄したので師匠が慌てて俺を咎める。しかし陛下は軽く笑って流しこう続けた。


「ひょう君、君は間違いなく優しい子ですよ。不道徳者の征伐は方便です。君は不道徳者に感化されるのを拒み、真っ白な魂を濁さないように必死で抵抗しているのではないのですか?」


 その言葉に困惑する。自分は人殺しだと言っているのに、魂が濁っていないとはどういう意味なのだろうか?感化を拒むとはどういう事なのだろうか?


「力や権力を使い身勝手な要求をする者を、君は黙って見過ごすことが出来ない。しかし、力を使い相手を屈服させてしまっては、結局自分も同じ事をしているんじゃないか?自分のしていることはあいつらと、何ら変わりないんじゃないか?と、考え苦しんでいるのではないのですか?」


反社会組織に強いたげられていた人達を解放しても、その人達の笑顔を見ても今一心が晴れないのはそういう理由だったのだろうか?


 師匠にどやされるからではなかったのだろうか?返答に困り、陛下の言葉に反論できず黙り込むしかなかった。


「ひょう君、人はなぜ今の世を生きていると思いますか?」


 更に返答に困る質問が飛んできた。今の世を生きるということに『なぜ?』など考えたこともなかった。


「私は人の世があるのは天界へ行けるかどうかの、最終審査の場だと思ってます」


「天界?」


 何を言ってるんだこの人はと思ってしまった。


「この欲望渦巻く世界を、自我を保ち清き道を進めた者のみが、天界へと誘われるのだと考えています」


 言ってる意味が分からなくなって来た。宗教的な話を言っているのだろうか?


「人の世は生まれたときから平等ではありません。お金持ちに生まれるもの。そうでないもの。端正な顔立ちに生まれるもの。そうでないもの。なぜ差を持って生まれてくるのでしょうか?」


 さっきまで天界がどうとか言っていて、今度は人は平等ではないなど、何が言いたいのだろう?


「けらけら」


 俺の困惑する顔が面白かったのか黒い奴が笑い始めた。


「神は人に敢えて差のついた人生を与え、その与えた人生をどのように過ごしたかを見定めているのではないでしょうか?人を仰ぐ者、人を見下す者を見定めるために」


 ???


「お金持ちに生まれたからといって自分のためだけに使ってしまう者、貧しき者へ手を差しのべ財を与える者。美形に生まれたからといって異性にわがまま放題の者、愛を与える者」


 言わんとしていることが何となく見えてきたので、もっともっと陛下の話を聞きたいと思ってきた。


陛下の枕元では同じく黒い奴がけらけらとしている。


「そして不当な扱いを受け自分もされたんだからと言って同じようなことをしてしまう者と、自分はこうならないようにとその者を反面教師にする者」


「この世には間違いなく他人に悪影響を及ぼしてしまう者がいます。が、しかし神が一人一人の心の透明度を見極めるためには必要な存在なのかもしれません」


 どういう事だ?要するにその悪影響下でも自分を見失わないでいられるかどうかを、神は見定めているのではないかと言いたいのか?


「つまり神にとって俺のしたことは余計なお世話だと?」



「かつてこの国の指導者は自分の国の事情ばかりを考え、隣国の事情など全く考えず行動し、隣国に多大な迷惑をかけてしまいました」


「それだけではなくその身勝手な判断は、自国民にも多くの犠牲者を出してしまうという結果となってしまい、多くの若者を戦地に向かわせ、罪なき自国民を死に追いやってしまいました」


「死?死?」


俺の質問の答えになって無いのでは?と、思った。また難しい事を言われ、話の筋を追うだけでも一苦労だ。


「当時の世界情勢は欧州列強が対当し勢力を拡大させていました。そのためこの国も欧州列強に負けないために勢力を拡大させることが、この国のためになると思っていました。しかし、結果は欺瞞が増徴し敗戦国となり、国民に不自由な生活を余儀なくさせてしまいました。私の家系は止めるだけの力は持っていた筈なのに、何も出来ませんでした」


 天井を見つめ寂しそうな目をしてそう語る。


「なぜそんな話を俺に?」


「けらけら」


「私の家系は大きな力(権力)を得ていました。が、しかしその力は神通力ではないのです。神のように常に正しい判断が出来る訳ではありません」


「ひょう君、君は間違いなく神通力を与えられた人間です。君が不道徳者を害虫と称し、駆除が必要と判断したのならそれが正しいのかもしれないです」


「俺を行為を肯定するのですか?」


「私はひょう君が答えが見つからず苦しんでいるようなので、力になれればと思っただけですよ」


 そう言った後、陛下は目を閉じられた。


「ひょう。陛下は大分お疲れのようだ休ませて上げなさい」


 陛下の様子を見た師匠はそう言ってきた。


「はい」


 陛下の表情は部屋に入ったときと比べ爽やかな表情になっているような気がする。俺に言いたいことを言ったからだろうか?


「けらけら」


 黒い奴は相変わらずけらけらしていた。


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