第4話 行政に見捨てられた温泉街
ある日の朝、俺宛に手紙が届いていた。
拝啓 突然のお手紙失礼致します。どうしても聞いていただきたいことがありペンを執った次第です。
と、まあそんな感じの書き出しで始まっていた。他人からの干渉を嫌うタイプの俺は、普段なら手紙など読みもせず捨ててしまうがその時は何故か先を読んでみようと思った。
私の住む村は山々に囲まれ特に何もないところですが、その何もない感じが都会の人からすると魅力的のようで、新緑や紅葉、冬には雪景色が堪能することができ、観光に来てくれる人がそこそこいて、村の経済もその観光客のお陰でなんとか成り立っているといった感じでした。
しかし、良質の採石が採れるという事が分かり業者が入って来て以来、木々が伐採され山々を切り崩され村の景観が一変してしまいました。
裁判を起こし勝訴し業者に撤退命令が出たにも関わらず、業者は「分かった分かったすぐ出ていきます」と都合のいい返事ばかりで一向に出て行ってくれません。
痺れ切らした村人達が業者に詰めよると、暴力を振るわれ追い返されてしまいました。
警察も行政もぜんぜん頼りになりません。
どうしていいか分からずに途方にくれているところに、あなた様が反社会組織征伐で有名な方だとの情報を得て、この手紙を書いた次第です。
特にこれといってやることがある訳でもないし、俺はその村に行ってみることにした。
電車とバスを乗り継ぎ8時間。街からの道順が丁寧に書いてあり、そのお陰で迷うことなく到着することが出来たが、午前中に出発したはずだったのに、指定されたバス停に到着した頃には日は傾き夕方近くになってしまっていた。
バスを降りると移動距離の長さに、ふぅーと大きく息を吐き、体をリラックスさせるように伸びをする。
辺りを見渡すと民家はまばらで田園風景が広がっていた。
空気も澄んでいる感じがし、都会の空気より透度が高い気がする。地図によるとここから20分ほど歩くようだ。
村への一本道に歩を向けようとすると、森の向こう側から『ガシャンガシャン』と、微かに機械音が聞こえてくる。
作業停止、撤退命令が出ているはずなのにまだ作業をしているのだろうか?そう思いながら、しばらく新緑の景色を見ながら物見遊山気分で歩いて行く。
不快な人間達から離れ自然の中だけで過ごす一時は気分が良い。
しばらく進むと道が開けているところが見えてきた。どうやら森を抜けたようだ。
見渡すと、ところどころに煙が上がっているのが見え、風に温泉臭が混じるようになってきた。
自然に囲まれた温泉街。どうやら到着したようだ。
『ガシャン、ガシャン、ガガガガ、、』
それと同時に機械音も大きく聞こえるようになってきた。森を抜けて見えてきた景色は眼下に集落が広がっていて、目を奥へと向けると削り取られ、山肌が剥き出しになっている山々が見える。
そこには伐採された木々が無造作に放置されているようで、確かに景観は酷い有り様のようだ。
観光客がこんな光景を見たら意気消沈してしまうことだろう。
「裁判で勝ったんだろ?なんで強制執行しないんだ?」
俺は採掘業者の事務所と思われる、採掘現場の前にポツンとある簡易式の建物に歩を進めた。
建物の前には見るからに強面の男が二人立っている。
門番という感じなのだろうか?あんな強面の奴等がいたら普通の人間は近付こうとさえ思わないだろう。
ましてや手紙には暴力を振るわれたと書いてあったし、力でここの住人達を屈服させているということなのだろう。追い立てようとしても追い返されてしまうのだろう。
法律なんて関係無い、力で相手を屈服させる。俺の一番嫌うやり方だな。
近付いて行くと気付いた強面の男の一人が話しかけてきた。
「オイコラ!ガキ。こっちは遊び場じゃねーぞ!ブッ殺されたくなかったらあっち行け」
酒焼けと思われるしゃがれた声でそう言うと、右手で『シッシッ』と、人を追い払う感じのジェスチャーをし睨み付けてくる。
いきなり『ブッ殺す』とはやはり法や秩序を守る気は無いらしい。まあいい。そう来るならこっちも遠慮する必要はないなと思った。
「ここの責任者を出せ」
そう言うと、何言ってんだこいつ。とでも思ったのだろう。二人は顔を見合わせ笑い始めた。
「ガキが責任者に会ってどうすんだよ」
「探偵ごっこでもしてる気かよ」
とそんな言葉が返ってきた。
面倒臭い。どうせこいつらは雑魚だ。話しても無駄だろう。そう思いそいつらを一気に斬り捨てると、ドアを開けズカズカと中に入った。
中に入ると男が一人いるだけのようだ。まだこちらには気付いてないようで、体をソファーに預け気だるそうに雑誌を読んでいる。
こいつは留守番?電話番ってところだろうか?
目の前にあるテーブルには一台のスマホだけが乗っていた。こいつもかなりの強面でパンチパーマをし、髭を蓄え、いかにも悪人面ってな顔をしている。
一目でそっちのものだと分かる様相だ。悪い事をしていると強面になってしまうものなのだろうか?
俺にとっては見た目で悪人か、そうでないか見分けやすいのは非常に助かる。何も躊躇することなく殺せる。
そんな考えを巡らせながら歩を進めると、奥の部屋の方から男女の声が微かに聞こえて来た。
どうらや奥にも何人かいるようだ。
「なんだお前!」
留守番の男は俺が音もなく入ってきたので、ビックリして持っていた雑誌を落としてしまった。
急に人影が近付いていることに気付き、ビクンと体を硬直させ顔を上げ驚きの表情を向けてくる。顔は怖そうだが気は小さい奴のようだ。
「責任者を出せ」
「はぁー?何言ってんだこのクソガキ」
相手が子供だと分かると強気な態度になり、俺の突拍子のない発言に眉間にシワを寄せ睨み付けてくる。
「表にいた奴は何やってんだ?こんなクソガキ中に入れやがって」
そう悪態を付きながら、面倒臭そうに立ち上がると俺の方に近付いてくる。
「どーかしたのかー?」
物音が気になったのか奥の方から男性の声が聞こえてきた。
「なんでもないですー」
奥にいる人の手を煩わせるまでもないと思ったのだろう。奥にそう返事をすると、俺の方に向き直り、、。
「なんだよテメー?勝手に入って来てんじゃねーよ!殺すぞ!」
と、恫喝まがいの声で威圧してくる。しかし今日はよく殺すって言われる日だな。
「鶴賀彪だ」
「はぁー?名前なんか聞いてねーんだよ」
俺の胸ぐらを掴もうとした瞬間、『ダダダ、ガチャ』と大きな物音とともに奥にいたと思われる人が慌ただしくドアを開け出てきた。
「鶴賀彪だと!?」
「どーしたのよ。急に血相変えて?」
ラフにスーツを着こなし、無精髭を蓄えた恰幅の良い男が顔を出したかと思うと、その後を追うように派手な化粧をした胸元が大きく開いた服を着た年増の女が出てきた。
無精髭の男は俺の顔をまじまじと見つめた後、明らかに動揺したような顔になった。
何見てんだコイツ?
どこかで会ったことあるのだろうか?
俺の事知っているのか?
まあかなりの数の反社会組織を壊滅させている。組織に所属している人間が俺の顔を知っていても不思議じゃない。
鶴賀彪と名乗る少年に関わった途端、その組織は忽然と姿を消すという噂は広がっていた。
敢えて名前を名乗り、敢えて顔を見せ、敢えて何人か生き残らせた。向こうから避けるようになってくれれば好都合だし、悪いことをすれば天罰が下ると思ってくれれば、悪いことをしようとする者も減るだろうと思っての事だった。
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