第2話 自分の存在価値

「ふっ。俺は神かー、くだらない」


雲一つ無くなった青空を見上げ、銀行を出る際に自分が放った言葉を思い出すと何だか笑えてきた。


そう言っておくのが一番手っ取り早い。


 自分が窮地になると誰もが神に祈り、その神通力にすがりたいと思う。そして神は無償で自分のことを助けてくれる存在だと誰もが思っている。


実際、今あいつらをどうやって消したかを説明するのは面倒臭い。


「人間離れした力が使える」何て言ったところで信じてなんてもらえるかどうかも怪しい。


「俺は神で悪い奴を退治したんです」って言っておけば皆んなすんなり納得し、皆んなその言葉を直ぐに受け入れてしまう。


俺の名は鶴賀 彪(つるが ひょう)。


 俺の秘剣、鶴賀流奥義凍鶴(いてづる)によって切り殺された者は血液の一滴、毛髪の一本までもが凍結し粉々になって空中に消える。


 一部の人間にのみ伝えられている流派の奥義だ。


動きは鍛練に鍛練を重ねたため、普通の人間では目で追うことは難しい。


 俺に切り捨てられた者は、まるで神隠しにでもあったかのように消えて無くなる。


 見えていないので殺した時の目撃者はいないし、死体が無いため殺人事件として扱われる事もない。


実際、先程もその場に居合わせていたにも関わらず、誰一人として俺が強盗達を殺したなんて思っていなかっただろう。


 ただその場からいなくなっただけとしか思っていなかっただろう。俺は何人殺しても警察に追われることはないし、罪に問われることはない。


俺はなぜこのような力を身につけることが出来たのだろう?


俺はなぜこのような力を与えられたのだろう?


なぜこの力を与えられたのは俺だったのだろう?


まだ11歳の俺にはそんな疑問の答えを見つけられる訳もなく、葛藤を抱えたまま日々胸に抱くモヤモヤを拭いきれずにいた。

 

 見上げると雲は見当たらなくなっていて、澄んだ青空がどこまでも広がっていた。が、しかし、俺の視線は澄み切った青空に目を奪われる事は無く、今日も地面に落ちるのだった。


人とは違う力を持つ俺は何のために存在しているのだろうか?



『ブーー!!』


 閑静な住宅街を通りかかったとき、不意に近くで大きなクラクションの音が鳴り響いた。


 何事かと思い音がした方に視線を向けると、横断歩道をヨロヨロと腰の曲がったご老人が杖を付きながらゆっくりと歩いているようだった。


道路の方に目を向けると信号は青、そして横断歩道の信号は赤だった。


 どうやら信号が変わったのにそのご老人のせいで、発進出来ずに苛立ったドライバーがクラクションを鳴らしたようだ。


 クラクションを鳴らされご老人は幾分歩を速めようとはしているようだが、、。


「コラー!クソババア!何ちんたら歩いてるんだー!この老いぼれ!ひき殺しちまうぞ!」


運転手はそのご老人に容赦無い罵声を浴びせる。


 ご老人は「すいません、すいません」と言わんばかりに申し訳なさそうに繰り返し頭を下げながら歩いているが、足が悪いようで思うように歩を進められないようだ。


こんな人の良さそうなお年寄りに何て事する奴だ!


 何十分も待たされる訳でもないだろうに。ドライバーに対して沸々と怒りが湧き上がって来る。


「オイ!お前うるせーぞ。少しくらい我慢しろ!」


 そう言い放ってやった。


 男はその声に幾分驚いた表情を見せたが、声の主が子供だと確認するやいなや、また態度が大きくなる。


「あー!なんだこのクソガキ!ぶっ殺すぞ!」


 運転手は注意され悪びれるどころかこちらに悪態を付いてきた。


 今日はよくクソガキと言われてしまう日だな。何だか笑えてきた。


 救いようないゴミクズめ。俺は剣を抜き奥義凍鶴を振りかざし車ごとその運転手を空中の塵へと変えた。


 その後、老人を抱きかかえ一足飛びし、向こう側へ年寄りを置くとその場から消えた。


今日は胸くそ悪い事が続く。世の中にはなぜこうも胸くそ悪い連中が多いんだろう?


 苛立ちを隠せず歩いていると、花屋さんが見えて来た。


 そういえばあの花屋さんには、最近新しくバイトの子が入ったようで、店長が仕事を教えている様子が見受けられた。


 いつも笑顔で鼻歌を歌いながらお花の世話をしていて、本当にお花が好きな子なんだろうなーという印象を受ける子だった。


 頑張っている人を見れば、幾分心が晴れるかもと思い少し覗いて見ることにした。


店先まで来ると怒鳴り声が聞こえてきたので、何事かと思い小走りになる。


「はぁー?だからー、この花とこの花をこうしてこういう感じにしてって言ってるでしょ。何回言えば分かるのよ!」


 中年の女が新しく入ったバイトの子を怒鳴り付けているのが見える。


何があったか知らないが、自分の子供といってもおかしくないような歳の子に、大人げのない奴だ。


 世間の目というものを気にしないのだろうか?


「あっ、は、はい、すいません、、」


 中年女に恐縮しながらバイトの子がそう答えた。言われたとおりせかせかと作業をし、包装し終わると、、。


「五千円になります」


「はぁー?あんた、ちんたらちんたらやっておいて定価で売るつもり?何言ってるのよ。迷惑かけたのだから値引きするのが当然でしょ。私、絶対定価でなんか買わないわよ」


『お花って結構高いのよね。なにかに苦情言って絶対安く済ませてやる』


俺は中年女性の怒り顔の奥に見える、ほくそ笑んだ表情を見逃さなかった。


「申し訳ございません。ですが、私の一存でわ、、」


「はぁー!じゃー店長出しなさいよ!」


バイトの子は頭を深々と下げ、謝罪しているがいっこうに聞き入れようとしない。


 それどころか声のボリュームをさらに上げ、捲し立てはじめる。


 コイツも救いようのないゴミのようだ。生かしておく価値のないゴミクズのようだ。


バイトの子は深々と下げた頭を上げると、目の前から中年女性が居なくなってしまっているのでビックリして店を飛び出す。


 通りに出て辺りを見渡すが、全く見当たらず気配すら感じられなくなっていた。その様子を不思議に思いながら店内に戻る。


 怒って帰ってしまったのだろうか?そんな感じで戸惑ってる様子だった。


 カウンターの上に置かれた花束の周りには、何かキラキラとした物が漂っていた。


「何だろこれ?」


 キラキラしたものを手で払うような仕草をすると、店内の後片付けをしはじめ出した。


 きっと俺はこんな生かしておく価値もないゴミ共を、処分するためにこの力を得たのだろう。そう思いながら持っている剣を納刀した。


 その時の俺は自分の存在価値をそんな安易な感じに捉えていた。


 我欲を相手に押し付けているだけの、無法者の存在理由が分からない。奴等は害悪だ。処分すべきだ存在だ。


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