神は人間界の存続を認めません。
加藤 佑一
第一章 人間界を守る小さな天才剣士誕生
第1話 銀行に現れた少年
春先の朝、雲はまばらで青空が広がっていた。
うららかな陽射しは差し込むが、風はまだ冷たい。そんな中を私は爽快感に包まれながら自転車を走らせていた。
春から向かえる新生活の期待感もあり、より一層そう感じさせていたのかもしれない。
高校を卒業し夢に向かい都会に出る。都会ではどんな生活が待ち受けているのだろう。準備は慌ただしいが楽しくて仕方ない、そんな毎日を送っていた。
今日は自分の口座を開くため、大手銀行の最寄りの支店に向かっていた。到着すると自転車を止め、鍵をかけ入り口へと向かう。
「おはようございます」
ドアが開き中に入ると、入り口の担当の方が明るい笑顔で挨拶してきた。
「お、おはようございます。えっとー、、あのー、、」
自然と口ごもってしまった。母親と一緒にこの銀行に何度か来た事はあるが、一人で来たのは初めて。思っていた以上に緊張し頬が強張る。
春から一人暮らしが始まるため、今後は全て一人でやらなければならない。持ってきた身分証とハンコの入った小ぶりなカバンをぎゅっと握り締め、声を絞り出す。
「こ、口座を作りたいんですけど、、」
「ありがとうございます。個人口座の開設ですね。それでは順番にお呼び致しますので、こちらから受付番号をお取りになり、お掛けになってしばらくお待ちください」
操作盤の方を促されたが私の戸惑った仕草をみてとった行員は、操作盤を慣れた手付きで操作すると、番号の付いた紙札を取り出して私に渡してくれた。
その後、室内の方を促す感じで腕を上げて軽く会釈してくる。私はお礼を言って、その番号札を受け取り中で待つことに。
何人か先客がいるようだがそんなに混んではいないようだ。それほど待つことはなさそうだと思いながら、空いている椅子に腰を掛けスマホを取り出した。
時間を潰していれば直ぐ順番が来るだろうと、思っていたその時だった。覆面をした複数の男達が慌しく銀行に乱入して来たのは、、。
「テメー等動くなー」
男達の怒鳴り声が行内中に響き渡る。
入り口にいた行員は突き飛ばされてしまったのか、床に腰を強く打ち付けたようで擦りながら苦悶の表情を浮かべていた。
「え、えっ!なに!?」
思わずのことで動揺し、どうして良いのか分からず周りを見渡し他の人達の様子を伺うと、他の客達も何が起こったのか分からず呆然と男達を見上げ固まっていた。
中の行員達も作業していた手を止め目を丸くし、ただただ男達の方に目を向け固まっていた。
まるで映画でも見ているような光景で現実味が感じられない。誰もがそう思っていたのだろう。手には銃のようなものが握られている。
本物なのだろうか?
男達は全員で5人。全員が目と口の部分だけが開いているフェイスマスクを被っていて、全身黒づくめで、体格はガタイのいい者もいるし小柄な者もいる。
「テメー等、何ボーッとしてんだ。さっさと手を挙げろ!」
呆然としている人達に向かって、痺れを切らした男の一人が『この銃は本物だぞ』と、言わんばかりに天井に向け一発発砲した。
「キャー!」
発砲音に驚いた女性の悲鳴が響き渡る。放たれた弾は天井の照明器具を割り、その音も行内中に響き渡った。
行内の人達はその音に身を屈め頭を抱える者、言われた通りと手を挙げる者、強盗達を睨み付ける者、等々反応は様々だった。
本物の強盗のようだ。とんでもない時に銀行に来てしまったらしい。私は取り敢えず手を挙げ様子を伺うことにした。
男達はかなり綿密に作戦を練って来ているのか統率がとれている。見張りをする者、入り口を封鎖する者、客を監視する者、行員に詰め寄る者など、その動きは自分の役割をきちんと把握しているようだった。
しかし、誰かが通報したのだろう。騒ぎを聞き付けすぐにパトカーが集まって来てくれた。
窓の外に赤色灯がいくつも見えて来て、それはどんどん増えていき、辺りはざわめきだす。
駆け付けて来た警官達により銀行は完全に包囲されはじめている様子だった。
「ちっくしょー、なんて素早い奴等だ」
入口を見張っていた強盗の一人が青ざめた様子で中に入って来る。
「想定内だ。これだけ人質がいるんだ。どうせ奴等は何も出来やしない」
強がっているのか余裕なのかは分からないが、リーダーと思われる周りの強盗達に指示だしている男がそう言った。そして外の様子を伺おうと窓に近づき顔を覗かせる。
「突入とかしてこねーだろうな」
一人が怯えながらそう言う。この中で一番ガタイがいいのに気は小さいようだ。
「お役所職の奴等は優柔不断だから、突入するにしても、狙撃するにしてもGOサインが出るまで相当な時間が掛かるんだよ」
リーダーはそう言い返す。警察の盲点を付いた言葉だった。そこまで計算に入れているようだ。
「時間が掛かろうがなんだろうが俺達包囲されてんだぜ、どうやってここを逃げるんだよ」
私達に銃を突き付けている。一番小柄な男が疑問を投げかける。
「そんなの決まってんだろ。人質の奴等の服剥ぎ取って、さも僕は人質でしたーって顔で出て行きゃいいのよ」
「ぎゃははは、なるほど!」
「そりゃーいい。じゃあ俺はこの女の服剥ぎ取ろうじゃねーか」
そう言いながらガタイのいい男は、ニヤけた顔で私の腕をぎゅっと引っ張ってくる。
「えっ!?」
振り払おうとするが凄い力で捕まっているため振り払えない。
「ぎゃははは、てめーはバカか。その体格で女の服着れる訳ねーだろ。そのガタイで女装でもすんのかよ」
その様子を見て入り口の方にいる男が笑い転げた。
「てめーも相変わらず好きもんだなー。あんまり時間かけんじゃねーぞ」
リーダーが呆れ顔で言う。
「この年中、欲求不満ヤローが。テメーの筋肉は性欲増強剤か!」
続いて小柄な男がそう言うと、強盗達は全員腹を抱えて笑いだす。
「へへへ。すいません。すぐ済ませます。オイ!てめーちょっと奥に来い」
「えっ!うそ!やだ、やだ行きたくない」
ガタイのいい男は私の腕を掴み奥に引っ張って行こうとする。必死で抵抗するが私の力では捕まれた腕を振りほどく事が出来る訳もなく、どんどん奥に引っ張られて行く。
目の前が絶望で真っ暗になっていく。こんなことになるなんて、こんなはずじゃなかったのに、、。
お願い、誰か助けて、お願い、神様助けて、、。
「痛がっているじゃないか、放してやれよ。このすけこましヤロー」
カウンターの上に腰掛けている少年が蔑む顔をしながら、ガタイのいい男に向かってそう言い放つ。
体格は私より小柄で腕も小枝のよう。小学生高学年ってところだろうか。子供にそう言われたガタイのいい男は表情が強張り、みるみる目がつり上がっていく。
「あー!なんだと!クソガキ。誰に向かって言ってんだコラ!」
大きい体で威嚇をするように少年に詰め寄っていく。
「なんだこいつ!?こんな奴さっきからいたか?」
人質を監視していた小柄な男は不思議そうに首を傾げながら声を上げた。
強盗達に銃口を向けられ、銀行内にいた人間は震え上がり一ヶ所に固まっていた。カウンターの上に座っている人間を見逃すはずはない。そう思ったのだろう。
「テメー自分の立場分かってんのかコラ。ぶっ殺すぞ!」
ガタイのいい男は怒号を上げ少年を睨み付け掴みかかろうとする。
少年はカウンターから飛び降りると臆することなくガタイのいい男に近付いて行き、その少年が呆れたような笑みを浮かべたと思った瞬間、何かキラッと光ったような気がした。
静まり返った行内に『チンッ』と、金属がぶつかったときに出るような音が響き渡る。
それと同時に今、目の前にいて私の腕を掴んでいたガタイのいい男が忽然と姿を消していた。
ガタイのいい男が立っていたと思われる空中には、キラキラとした光の点のような物が漂っている。
自分の目がおかしくなったのかと思い、目を擦って、もう一度見直すが間違いなく男はいなくなっていた。
周りを見渡すが、どこにも姿は見当たらなかった。
私は腕に目線を落とす。
さきほどまで強く掴まれていたせいか赤い痕が残っている。間違いなくさっきまで目の前にいた。実際に存在していた。
消えた!?消えていなくなった??
意味が分からず周りを見渡す。強盗も行員も客も何が起こったのか分かってないようで、私と同じように目を点にさせているようだった。
「こ、こいつ刀なんか持っているぞ!」
驚いた表情をみせながらその少年の手に握られている物を指差し、一番近くにいた小柄な男がそう声を上げた。
その少年にその場にいる全員の視線が集まる。確かにその少年の手には刀と思われる物が握られていたが、それが男が消えたのと何か関係あるというのだろうか?
「本物かそれ?こんなとこでチャンバラごっこなんかしてんじゃねーよ。クソガキ。あぶねーだろーが」
リーダーがそう言う。
「お前達の方がもっと危ない物持ってんだろうが」
拳銃の事を言っているのだろうか?少年は呆れた感じにそう言い返す。
「あー?つーかあのバカどこ行ったんだ?おもちゃの刀見て逃げちまったのか?」
リーダーの男は少年の言葉など気にもせず話を進める。
「あいつはへたれだからなー、光り物にビビって逃げたのか?」
そう言いながら強盗達はガタイの良い男の立ってた場所や、近くの物陰にいないか周りを見渡し探し回るが、まったく見当たらない。
「おい!どこだー?どこにいるー?」
行内中に響き渡る程の大きさの声にも、反応は全くなかった。リーダーの男は頭をかきながら不思議そうな顔をし周りを見渡し続ける。
その時、一番近くで事の顛末を見ていた小柄な男が青ざめながら言った。
「だからあの刀は人を消しちまう力を持っているんだよー!」
「何言ってんだお前?バカなこと言ってんじゃねーよ。そんなことある訳ねーだろ」
その言葉に呆れた視線を向けながら笑い飛ばす。
「おい小僧。てめーなんか知ってんだろ。答えろ!」
リーダーは拳銃の銃口を少年に向け引き金に指をかける。
『危ない!』っと思った次の瞬間、、。
「えっ!」
また空中にキラキラとしたものが漂いはじめていた。いつの間に動いたのか少年はリーダーの立ってた場所に移動している。そしてリーダーの姿が消えてなくなっていた。
何が起こっているのか理解が追い付かない。
行内にいる人達も何が起こっているのか理解が出来ずにいるようで、言葉を発することもせずただただ目を点にしている。
今しがた少年に拳銃を向けていたはずのリーダーが忽然と消え、そこに少年が瞬間移動したかのように立っている。
何が起きているのか分からず呆然としていると、少年が口を開いた。
「お前等はなぜこんなことをする?」
唐突な突拍子もない質問に強盗達は顔を見合わせた。そして、そのうちの一人がニヤけた顔で「馬鹿げた質問しているんじゃねーよ」ってな印象を受ける人を小バカにするような口調で答えはじめた。
「金が欲しいからに決まってんだろーが」
両手を広げたり、お腹を抱えて前屈みになったり、額に手を当てたりして、なんてバカバカしい質問だという表情をして強盗達は大笑いしていた。
「救えない奴等だな」
そう少年が言った瞬間。冷たい空気が頬を『さあーっ』と、かすめたような気がした。
するとそこにいた強盗達の全てが消え、いたはずの場所にはやはり空中にキラキラとしたものが漂いはじめた。
全員が何が起こっているのか分からず、体を硬直させ、キョトンとして経過を見守っていたいた。
この不可解な現象は、この少年が起こしたものなのだろうか??
私が呆気に取られていると、少年がこの場から立ち去ろうとドアの方へ歩き出していた。私は勇気を出して聞いてみる。
「あなたは何者なの?」
「神」
少年は振り向かないままそう言った。
「えっ?」
「祈っただろ、どうか神様、助けて下さいって」
一度振り向いた後、そう言い残し少年は消えて行ってしまった。
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