第1話 異世界生活は突然に。

「もぐもぐ‥‥。」


(うん、安いのに中々、いい味を出しているんだよな~、ここの弁当?)


格安にして、半額弁当に舌鼓を打ちながら望は弁当を美味しそうに頬張る。


格安弁当だけあって、安価な材料しか使っておらず毎日、食べているため、本来なら飽きが生じているはずなのだが、不思議と何時もより美味しく感じられた。


(やっぱり、大自然を前にして食べる飯は最高だな。)


そんな呑気な事を考えながら弁当を食べ終わると望は、地面に生えた草のベッドに身を委ねる。


(次、目を開けたら、また、苦しいだけの現実に逆戻りか。本当にしんどいよな?)


これは夢だから目覚めたら現実に戻るのだろう‥‥。


望はそう考えていた。


そして、微睡みの誘いに抵抗せず望は、そのまま、目を閉じる。


深い闇の中に沈み込み、意識が消失していく。


こうして、望の意識は眠気と言う名の海を漂い続けた。


しかし、その最中、不意に目元に一筋の光が射し込む。


(眩しい‥‥。)


まだ、眠っていたい。


そんな思いから望は目元を照らす光に対し、必死に抵抗を続けた。


だが、不意に仕事にいかなければいけないという、ある種の強迫観念に襲われ、望は急いで目を開ける。


「不味い! 今、何時だ!?」


望は焦りながら即座に、スマホで時間を確認した。


時間は8時40分‥‥。


遅刻確定の時間帯だった。


「マジ!? くそ、どうしよう!」


焦る思いを抱えながら望は、必死に周囲を見渡す。


「鞄よし! ネクタイよし! 定期券よし!って、あれ?」


不意に感じた違和感に、望は思わず眉を潜める。


何かが、おかしい‥‥。


いや、それ以前に‥‥。


「ここ、何処?」


望は目を閉じたり、開いたりを繰り返し、何度も何度も状況を確認した。


しかし、何度繰り返しても景色は変わらず‥‥望は、諦めて現実を受け入れようと必死に自身へと言い聞かせる。


(どうやら、ここは俺が住んでいた町ではないようだな?)


なら何処だっていうんだよ、ここは!?


(何処って、どっかの森の中だろ? でも大丈夫。 日本の何処かである以上は心配ない。)


本当にそうか? 外国かもしれないだろ?


(いやいや、一晩、寝ただけで外国は流石にないだろ!? 今流行りの異世界ものじゃあるまいし‥‥。)


「異世界って、まさかな‥‥。

ははは、はは‥‥。」


望は思わず口に出してしまった言葉を慌てて否定する。


そうした理由は、異世界なんてものは非現実的な産物だと思ったからだ。


そう‥‥そんなものが現実であろうはずがない。


だからこそ、異世界転生ものは面白おかしく作れるし、見る側もただの娯楽の1パターンとして、楽しめるのだ。


しかし、もし現実に、それが存在していたとしたら?


「ば、馬鹿な‥‥そんなわけないだろ?」


望はついつい、異世界の存在を肯定しそうになり慌てて、そんな思いを振り払う。


そして、この状況に対する答えを探すべく必死に模索し続ける。


しかし、どう足掻いても、それらしい答えには辿り着けず、望は一旦、考えるのを止めた。


(つ‥‥疲れた‥‥。)


堂々巡りを繰り返し続ければ、疲れるのは当然。


されど、問題の先送りをしていては何も解決しない。


(どうしたらいいんだ?)


何度も頭を悩ましたものの、考えたところで結果など出なかった。


そう‥‥結局は、ここが何処なのかを知るためには、それを指し示す何かしらが必要‥‥。


つまり、今は悩むよりも、ここがどの様な場所なのかが、分かる物品が必要だったのだ。


「は~、異世界なら異世界でいいからさ、さっさと、それが分かるものが見付からないかな~?」


答えが出ない事に不安を感じ、思わず呟く。


だが、次の瞬間、望は自分が吐いた軽口を心底、後悔する事となった。


突如として鳴り響く、バキバキッ!という破壊音。


それを耳にし望はその正体を確認するべく、顔を上げる。


しかし――。


「えっ‥‥マジ?」


音の迫り来る方を目にした瞬間、望は自分が見ているものの実在を信じられず、思わず我が目を疑う。


何故なら目前から近づいてきたのは巨大な体に緑色の強靭な鱗を持つ大トカゲのような生物‥‥。


望の住まう世界には存在するはずのない巨大生物だ。


(まさか、恐竜‥‥?)


信じられないものを目にし心底、驚く望。


だが、その考えすらも、ある種の逃避に過ぎなかった。


何故なら、その生物の正体におおよその検討がついているのだから。


それはどう見てもファンタジー世界の住人。


ファンタジー世界でも圧倒的な戦闘能力を持つドラゴンそのものである。


しかし、それを認めるという事は即ち‥‥。


(これって、どう見てもドラゴンだよな‥‥?

いやいや、そんな馬鹿な!?

そんなものを認めてしまったら‥‥。)


異世界である事を認める事になる。


そんな否定意識を持ちながら望は、ドラゴンとおぼしき生物の方を見上げた。


しかし、そんな望の心中など、お構い無しにそのドラゴンらしき生物は望を追うように近づいてくる。


最早、認めるとか認めないとかいう話ではなかった。


それがドラゴンであろうがなかろうが、ここが異世界であろうがなかろうが、逃げなければ、待っているのは死‥‥。


「うおおおお、こんなところで死んでたまるかよぉぉ!!」


次の瞬間、望は考えるを止め、踵を返して走り出す。


とても納得などできなかった。


こんな訳の分からない場所で、訳の分からないまま巨大生物の餌になって人生の終焉を迎える。


そんな終わり方に納得の要素などあるはずもない。


望は必死になって走った。


とにかく、喰われないために。


だが、その背後で轟音が鳴り響く。


まるで何かを吸い込むような‥‥。


そんな巨大な掃除機が発したとしか思えない吸引音が突如として鳴り響く。


(ちょ、ちょっと待てよ‥‥これって、まさか‥‥?)


とてつもなく悪い予感がした。


もし考えている事が正しければ、これはドラゴンらしき生物が大きく息を吸い込んだ事で生じたものである。


そして、こんなに息を吸い込んだ後に行われるアクションといったらドラゴン定番の‥‥。


(まさか‥.ドラゴンブレス!?)


全身に悪寒が走る。


ひたすらに悪い予感がした。


そして、望は恐る恐る背後を振り返る。


その先にあった光景は‥‥。


大きく口を開いたドラゴンらしき生物と、その喉の奥より見え隠れする炎の塊。


(誰か嘘だと言ってくれぇぇぇ!?)


目前に迫る絶望的な光景。


最早、認めるしかなかった。


ここが異世界である事を‥‥。

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