御前会議(後編)

「?!、!!!!!!、ええっ!?」


この、サトコの意見には、その場に居る誰もが驚いた。



――というか、会議に列席している公者たちは、さっきから驚いてばかりである。



「きゅっ!、急にどうしたと言うのです?!、皇様は幼少の頃から、遊戯でさえ争いを好まない方であったはず……」


サトコが子供の頃から、その成長を見届けて来たロクスケにとって、彼女の抗戦主張への驚きは、他の出席者よりも大きく、顔色を蒼ざめさせながら尋ねる。



「――確かに、私は争いを好みません。


ですが……先程言ったとおり、自らの民の虐殺を命じ、それを我らの所業だと濡れ衣を着せ、あまつさえ――それを理由に、我らの領内を侵そうしている……


この異様な状況では、もはや、不戦や和平という言葉は、意味を成さぬのではありませんか?」


「そっ、それは……でっ!、ですが、スヨウ側の主張の決定的な矛盾と、その証拠に値する証言が、こちらには有るのですっ!


それを突き付けられれば、民からの猛反発が起こり、戦どころではなくなるはずでは?」


「――ロクスケ、私は言ったはずです……"この異様な状況"と」


サトコは、冷たい目線をロクスケに向けながらそう言った。


「――えっ?」


それを、彼女の声のトーンで気付いたロクスケは、口を震わせながら問い返す。


「スヨウは――虐殺を行い、派兵の理由をでっち上げてまで、我らとの戦端を開こうとしているのですよ?、それは、当たり前の考えなどは通用しない――強固な戦意の表れです。


どのような事態を迎えようと、関せずに侵してくると考えるべきでは?」


「うっ……」


ロクスケは、そのサトコの問い掛けに、反論が思い付かず押し黙る。



「宰相――それは、皇様の仰るとおりだと思います」


サトコの援護に回って来たのは、外交を司っているヒロトだった。


「私は、直に交渉へ及んでいたからこそ解ります。


あの、コチラの言い分をまったく聞かない、スヨウの対応は明らかに不可解……ヤマカキの惨状を思えば、向こうも頭に血が昇っているだけとも思っていましたが――通常なら、ありえないと言って良い対応の数々。


それらも、皇様の突飛に聞こえる主張に照らせば、全て合点が行きます」


「むう――確かに、そうかもしれぬが……」


ロクスケはそう唸って、更なるサトコの答えを待つ。


「――ヒロト、私の意見を解してくれて、ありがとう」


「はっ!」


ヒロトは、サトコへ深く平伏する。


「それに――絶対にあってはならない事ではありますが、もし、スヨウが民の中から、此度の動きに反する者が現われたら……ノブタツ様は、そちらにも矛を向けかねない――とも思っています」


サトコは、言葉を続けて、さらに予測される最悪の事態と、真の黒幕への推測も挙げた。


「くっ!、国守様、自らの御意向だと仰るのですか?!」


もう――ワケが解らなくなって来ていた、ロクスケでさえ、その推測にはさらに激しく狼狽した。



「――以前、ノブタツ様が、先世の弔問に来られた際……色々と今のツクモの状況について、様々な意見を交わしましたが――よくよく思い返せば、今回の暴挙を予期させる様なお話があったのです。


"このままでは、これまでの常識では考えられない事態が、このツクモに起きてしまう"と。


あの言葉は、この事態の事を指していて、それを起こすのが自分である――そう、仰っていた様に思えるのです」


サトコは、胸に手を当て、さらなる自分の推測を並べた。



「……」


ロクスケは、混乱しきって、既に返す言葉が見つからない。



そんな、ロクスケを無視するようにサトコは――


「それに――ソウタ、あなたがココに来るまでに見たという、近隣の状況についても、皆に話してもらえますか?」


――そう、黙って聞いていたソウタに、話を振った。



「――はい。


私は、ヨクセ商会の商隊に同行して、オウクまで来たのですが……その際、どこぞの暗衆の荷狩りと思しき、賊の襲撃を受けたのです」


「――っ?!、なんとぉ!」


驚いているのは、もちろん、右側に座る軍務の公者たちだ。


「ナリトモ殿!、うぬは報告を受けていたか?!」


カツトシは顔色を変えて、"第三軍"の将である、ナリトモにそう尋ねた。



以前――ツクモの軍事組織に関して、大概、"第五軍"が情報収集などの裏方任務の担当だと述べたが……言わば"永世中立"の立場である、コウオウの軍には、国外での戦闘を主とする、"他軍における第三軍"は存在しておらず、コウオウでは第三軍が、雑務を担当する軍団だった。



「――いっ、いぇ……街道沿いで、民間へのその様な件があったのは、聞き及んでいましたが――第五軍(※他で言う、後方支援担当の第六軍)の輸送には、襲撃の類の報はありませんでしたし、街道沿いの管轄は、クリ社の街道警務隊――」


「!、愚か者!、どんな些細な事でもっ!、把握しておくのが情報収集の意義であろう!?


しかも、宣戦を布告されたこの時勢に!、軍務も、民間も、管轄もあったモノかぁ?!


荷狩りは、攻め戦に置いて、敵方弱化の定石っ!、コウオウに至る全ての荷が、スヨウ方の標的に違いないであろうが?!」


カツトシは、顔面を真っ赤に染めて、怠惰な任務姿勢を露呈したナリトモを、強く叱責する。


「もっ、申し訳ありません……」


ナリトモは震えながら、その場に土下座する。


「――ナリトモ、今は結構……ソウタ、続けてください」


「はっ――私も、リョウゴ様の下で、兵法もある程度教わっておりますが……荷狩りは本来、戦況が硬直し、弱化によって突破口を開くための戦略……ですね?、大将」


カツトシは、何も言わず、黙ったまま大きく頷く。


「――つまり、"会戦前から"、それを行うというコトは……スヨウは、決着を急いでいるのではないかと、皇様には進言させて頂きました」


ソウタは言いきって、それを聞いての大将カツトシの返答を待つ。


カツトシは、渋い顔を見せながら――


「――うむ、ソウタ殿の推察は、ごもっともだと思います、皇様」


――ソウタの進言に太鼓判を押して、サトコに返した。



「それを聞いてですね……キヨネ、"ツクモ図"を、皆が観れる様に広げて貰えますか?」


サトコは、側に控えているキヨネに、壁に掛かっているツクモ図――いわば、世界地図を卓に広げるように命じた。



広げられた地図の中から、サトコはコウオウの場所を指差して――


「――知ってのとおり、我らの領内は、ツクモの中央部にあります。


そして、そのため――"三大国全てと境を接し、街道が全ての国と通じている"のも、もちろん解っていますね?」



確かに――コウオウは、南の大半がスヨウ、北東の一部にはハクキ連邦、そして――西側の一部は南コクエと、国境を接しており、陸路の大動脈を担っている地域だ。



「――始祖たるオウメ様が、世界を見守る任のためにこの地に住み、永世中立を宣言したコウオウの国を建国したのは……オオカミ様が掲げた"人という獣への枷"という、もう一つの役割のためです。


ノブタツ様は、その"枷"を引き千切り、世界中にその手を拡げるため――この地を自ら、切り取ろうとしているのだと思ったのです」


サトコは話し疲れたのか、ふぅと大きく息を吐く。



これまでの話を聞いた、皆の表情は――誰もが、その意見に、戦慄していたと言うのが適当だろう。



誰もが――"思ってはいた"はずなのだ。


コウオウが地を制すれば、世界征服天下獲りも、現実味を帯びて来るのだと。


だが、聖域とされている、この翼域の地を征服するという発想自体が"タブー"であり、誰も実行出来ないのが、このツクモせかいの常識――そのタブーを、ノブタツは強引に行なおうとしているのだと、サトコは言うのである。


これが、本来までなら、アブナイ妄想に過ぎない戯れ言に聞こえたが、異質な今の現状を思えば、決して"ありえない"とは、誰も言えなかった。



言い様の無い、重い沈黙が、主殿を支配する中――サトコは、さらに口を開く。



「満足に、戦などした事など無い我らが、戦時下を生き残るには――不戦への術を探るのが、我らの民とこの国を守るために、最良唯一の手段だというのは、重々解っています。


ですが、私は――"コウオウの君主"である前に、"世界を見守る皇"なのです。


故にこの、ツクモを覆おうとする大きな乱れを、此度の戦火を――この地で食い止める事の方が肝要であろうと思いました。


そして、此度のスヨウの所業は、ツクモ全体の民をも見守る存在である"皇"として、あってはならぬ事だとも。


この戦――"皇の名の下に"受けて立ち、武を持って!、スヨウが蛮行を諌めるべきだと考えております!」


サトコは拳を握り、皆の瞳を見渡して、自分の意向を全てを言い終えた。



サトコの話を聞き終えたロクスケは、険しい表情で彼女の目の前に出て――


「――わかりました。


皇様の主張に、反論の余地は無いかと存じます……皆様は、如何か?」


――言上を述べた後、振り返って他の公者に向けて、反論を問う。


数秒――沈黙が続き、それを受け、カツトシは徐に立ち上がり、ロクスケの隣にまで出て、サトコに対して一礼し――


「――我らは、皆、今生の皇様が意を成すために、この場に居る公者であります。


そして、その軍とは、皇様の御身を守るのと同時に、この不可侵の翼域の地を、それを侵そうとする者どもから、守り抜く事も、責務の一つにございます。


皇様から、その意向が示されたのなら――我らはっ!、矛持ちてっ!!、戦うために立ち上がるのみっ!」


――口を、真一文字に結び、大きく頷いて見せて、くるりと振り向いた。


「――各々方!、皇が意は下った!


我らの皇様をっ!、この聖域たる翼域をっ!、それらを守る!、我らの強固な意思をっ!、スヨウの蛮行者どもに、見せつけようぞぉぉぉぉっっっ!」


カツトシは、左手を突き上げ、雄叫びに似た怒号を主殿に響かせた!



「――うぉぉぉぉ~~~~~っ!、戦じゃあぁ~~~っ!」



まず、右側に座る軍務の諸将たちが立ち上がり、それに呼応して叫ぶと、続いて、文官の2人も立ち上がり、声こそ挙げないものの、決意に満ちた表情で拍手する。



サトコは、その様を見渡し、皆に向けて一礼をして――


「――皆の、奮起に、期待します……」


――と、大粒の涙を眼下に落とし、声も、身体も……震わせながら、そう言った。



皆――サトコの涙の意味には、あえて触れず……それを見ていないふりをして、勝ち鬨を挙げ続けた。



それは――彼女の涙の意味は、聞かずとも解るからだ。


これで、サトコはツクモ史上初めて、コウオウ軍に出兵を命じた皇となり、兵の命と、民の平穏な暮らしを奪ってしまう……"愚かな皇"となる、覚悟の涙なのだと。



末席で、その様子を見届けていたソウタは、ふと、サトコの泣き顔から、自分の手元へと目線を移し――


(――さて、俺は、そのキミの涙に……どうやって、応えてやるべきなんだろうな?)


――そう、金糸龍の指輪を見ながら思っていた。

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