"無能守将"
御前会議はお開きとなり、皆、散り散りに主殿を後にする中、ソウタは先に退いたサトコの様子が気になり――
「あの――キヨネ、さん?」
――と、彼女の私室から出て来たキヨネを呼び止めた。
「ソウタ殿――皇様の様子、ですね?」
察しが鋭いキヨネは、彼の言わんとした事を、言い当てる様に聞き返した。
「ええ、私は……少し、皆様とは違う立場ですしね。
自分に何か、個人的にお助け出来る事があればと……」
ソウタは言葉を選んで、臣下ではなく、友人の一人として――サトコの事を杞憂している意思を示した。
「お気持ちは痛み入りますが……私も、皇様に"しばらく、一人にさせて欲しい"と、言われたために退いて来たので」
キヨネはそう言って、ソウタの気遣いに礼を述べながら、やんわりと今は面会を控えて欲しいと告げた。
"一人にして欲しい"と頼まれたのは本当だが、サトコにとって、ソウタはきっと……例外に当たるのだろうと、キヨネは解っている。
だからこそ――
(――今の心境で、"指輪の君"と二人っきりになったら……ナニが起こって、いえ!、ナニが行われても驚けないわ!)
――と、要らない心配が頭を過ぎり、現場判断で彼の訪問を拒んだのだ。
「――わかりました、では、失礼させて頂くとします」
対してソウタは、全然そんな事には気付かず、純粋に彼女の気持ちを察して、アッサリとその場を後にする。
その、ソウタの背中を見て、キヨネは――
(私は――ソウタ殿に、妬いているのかしらね?
皇様が、私以上に心を許している……そんな者が、ココに居るという事に)
――と、まるで、主の恋路を邪魔する様な自分の判断に、苦笑を覚えていた。
「――ソウタ殿!、少し、よろしいかな?」
帰路に着こうと廊下を歩むソウタに、声を掛けて呼び止めたのは、カツトシであった。
「大将――なんの御用ですか?」
ソウタは少しだけ驚いて、スッと身を退き、一旦立ち止まる。
「うむ――実はな、宰相とも話し合ったのだが……そなたは今、どこからも正式な禄を食んでいない流者――なのであろう?
それならば、刀聖リョウゴの内弟子にして、件のスヨウが一隊とも、一人で立ち回れるその稀有なる武勇――その力を、我らがコウオウがために奮って貰えぬものかとな」
カツトシは、微かに笑みも浮かべ、要はソウタを、皇軍に迎え入れたいと申し出て来たのである。
「それは、仕官の誘い……という事ですか?」
ソウタは、眉間にシワを寄せてそう応えた。
「そのとおりだ。
此度の進言への褒美――という、側面もあると思っても良い。
もちろん、立場や俸給も、それ相応のモノを用意する事を、一国の大将と宰相の言葉として約束する」
カツトシの話は、具体的な方向に向かって――
「――それにだ。
皇様も……そうなれば、お喜びになられるかと思うてな」
彼の微笑は、大きくほころんだ笑顔に変わり、勧誘理由をサトコの意思であるかのようにまとめた。
全てを聞いたソウタは、ふうっと大きく溜め息を吐いて――
「――申し訳ありませんが、仕官の申し出は受けられません。
私は、まだリョウゴ様の言葉を果たし終えてはいませんので、どこぞに仕官したり、一所に留まる事は出来ないのです」
――と、やんわりと仕官への申し出を断わった。
カツトシの顔は、笑顔から失望のそれへと変わり――、
「むう……刀聖様が指示に逆らうという意味ではないが、その言葉とは一体、何なのだ?
私も、武人の一人として、あの刀聖の教えの一端を、差し支えなければ教えて頂きたいな」
――ソウタの断わり文句をエサに、食い下がる構えを見せる。
「"この世界の隅々を見よ"と、師は私に言い残……いえ、そう言って、私を送り出しました。
三年、様々な場所を見て周りましたが――未だ、師の言葉の意図を、掴みきれずにいるのです」
ソウタはうつむいて、思わず自分も抱いている、師から下された難解な問答への苦慮を吐露する…
「そうか……大戦時にお会いした時も、別の時を生きている様な物言いをされる御方だとは思っていたが、そういう方の弟子というのも、なかなか苦労するの」
「ええ」
両者は共に苦笑いを浮かべ、妙に納得し合って頷き合う。
「ソウタ殿、我らは何も、恒久的に仕官せよと言っておるではない……"此度の戦が終わるまで"で良いのだ。
そなたが、旅立ちたいと言うのであれば、無理に引き止めたりはせぬよ――大まかな身分や、生業への自由は、ツクモに生きる者に等しく与えられた権利なのだからな」
カツトシは、ツクモ独特の人権論を持ち出して、ソウタを再度口説きに掛かる。
「う~ん……私も、ヤマカキでの事を報せただけで去ろうという気は無く、義兵や傭兵など、流者としての立場で、此度の戦に関わるべきであろうとは、思っていますが……」
ソウタの、その前向きな返答に――
「おおっ?!、そうであったか!」
――カツトシは、満面の笑みを見せて喜んだ。
「――ならば、我らの提案はピッタリであろう!?、ぜひ!、ぜひ我が軍に参じてくだされ!」
「おっ……お待ち下さい、大将」
ソウタは、カツトシを宥める様に制した。
「お気を悪くされるかとは思いますが、ホンネを言わせて貰えば――"貴軍には属したくない"というのが、正直な理由なのです」
「むっ……」
カツトシは、ソウタの爆弾発言に絶句する…
「――勘違いは、せずに願いたい……もちろん、何もスヨウが方に味方するという意味ではございません。
ただ、私は組織的な軍に参じた経験がありませんし、軍単位の戦闘は初めて――要は"初陣"の素人でございます…
それに――」
ソウタは、言い辛そうな顔を見せる。
「――どうされた?、見当は……付くが、言ってみてくだされ」
「はい、皇様の警護や、大武会への稽古しか経験しておらず、規律と書物どおりの兵法しか知らぬであろう皇軍の方々の中に入っては、私の経験や力は活かせず、こんな私が加わっては、返って不和を起こすのは必至。
何より、性に合わないでしょうから、流者の一人として刀を振るった方が、皇様のお役に立てると思います」
ソウタは、歯に絹着せぬ物言いで、要は"実際の斬り合いもした事ねぇ、ぬるま湯軍隊に俺を入れても無意味だし、そもそも俺が、そんなトコに入るのがイヤなんだよ――という、コウオウ軍への悪口雑言を、最高司令官に直接聞かせたのである!
それを聞いた、カツトシの反応は――
「――ふっ、ふははははっ!」
――という、堪えきれない様子の高笑いだった。
「ふははははっ!、尤もじゃあ!、一言も返す言葉が無いわぁ!
兵も、諸将も、国が存亡の危機であるという自覚に欠けとるし、その練度も、武芸の稽古に毛が生えた程度の経験しかない者ばかり……御前では、強気に勝ち鬨を上げたが、マトモに受けて立っては勝ち目は薄いであろうな。
ワシが、そなたの参戦を画策したのも、その不安のためよ」
カツトシは、情けなさそうにそう言って、空しそうにうな垂れる。
「"元コクエ第二軍"の将ともなれば、やはり、自軍の現状に気付いておられたのですね」
「……ワシの過去も、若いのに知っておったか」
ソウタはカツトシの経歴を言い当て、険しい表情で彼を見詰める。
そう――カツトシは、15年前のコクエの内戦時に、反乱の鎮圧と国守の守護を任されていた、第二軍の軍団将だった。
「ええ――旅の中"
"
結果的に、国も、国守の命も――守りきれなかった無能な将軍として、カツトシをそう評して揶揄する者は少なくない。
「――なら、仕官して貰えずとも当然じゃな。
頼りない兵を率いているのが、天下に轟く無能な将なのだからな」
カツトシは両手で顔を覆って、大きく溜め息を吐く.
「いいえ、現状に気付き、それを憂いているというだけでも――あなたは立派な将ですよ」
「気を使わずとも良い……手酷く負けた経験があるから、余計に目に付いておるだけじゃよ」
カツトシはそう言って、ソウタの眼差しから目を逸らす。
そんな彼に、ソウタは――
「――でも、あなたは、今生の皇様が皇軍の大将に迎えたお方なのですよ?
それに、その様な経験があるからこそ、対処の術を取れるのではありませんか?」
――そう、カツトシの自虐を窘める。
カツトシは、コクエ内戦の終結後――新政府に追われる身となっていたが、特に、南コクエの政府が、旧政府の要人を捕らえ、多くを厳罰――そのほとんどが、極刑にされている点がツクモ中で批判を呼び、それを憂慮したクリ社の介入で、どうにか逃げ延びていた彼は、捕らえられる事無く放免されていた。
その後の10年余り――彼は、ソウタの様な旅の流者に身をやつしていたが、1年前に古くからの友人であったロクスケの元を尋ねた際、即位を控えたサトコに謁見。
その時、彼女自らから、仕官の誘いを受け、同時に大将就任へ推挙された経緯があった。
カツトシは、ソウタの言った言葉に、驚いた顔を見せ――
「ふっ……面白いな。
お主の口から、皇様に仕官のお誘いを頂戴した時と、同じお言葉を聞く事になるとはな」
――苦笑の表情に変えて、口元を綻ばせる。
「えっ?」
「ワシも――お断りしたんじゃよ。
もう、仕官は考えておらぬと……それに、主を死なせた"無能守将"が、皇軍の将となってはならぬのです――ともな。
だが、皇様は、お主とほとんど同じ事を、ワシに言うた――"専守を任とする、皇軍だからこそ、あなたの経験が活きると思う”――とな」
カツトシは、ふと、ソウタの指で輝く、金糸の光りに目を向けて――
「――同じ、感覚を持つからこそ……皇様は、そなたに惹かれておられるのかもな」
――と、極々小さな声でつぶやいた。
「――よしっ!、仕官の話はもう止めじゃあ!
元から、宰相とは義兵、傭兵の募集についても話していたが……お主が望んでおると付け加え、早急に募集を始める様に動こうと思う。
ソウタ殿……そうなれば、戦場では、散々お主をこき使わせて貰うぞ?」
「ええ、望むトコロですよ」
二人は、固い握手を交わし、快活な笑顔を見せ合っていた。
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