御前会議

御前会議(前編)

「――皇様の、おな~りぃ~っ!」


衛士の通る声が響き、主殿に集まったロクスケを筆頭としたコウオウの公者たちは、平伏してサトコを迎え入れた。



ソウタから齎された、ヤマカキ事変の衝撃的な真相を受け、翌日サトコは、上級公者たちを御所に招集し、自らも出席する、"御前会議"を開いていた。



サトコは、上座の真ん中にゆっくりと腰を下ろし――


「皆――急な召集に、集まってくれて痛み入ります」


――と、一言、礼を述べてから、皆の姿を見渡して、ふぅっと一息を吐く。



「皇様、もはや平時ではないのですから、誰も急だとは思っておりませぬ――御気にはなさらず」


サトコから見て、右側の最前列に座る初老の男――コウオウ防衛軍、総大将のカツトシは、面を上げ、彼女の挨拶にそう応じた。



その、カツトシに列なる様に、右側には屈強な風体の公者が5人――この会議に出席していた。



「ありがとう――して、皆を集めた理由は、他でもありません……先のスヨウからの布告に関して、重大な一報が入ったため、それを皆に伝えようと来てもらったのです」



「重大な一報……ですと?」


一方、サトコから見て、左側の最前列に座る、宰相のロクスケは驚いた表情で、彼女が言った言葉を反復した。


「軍務の皆様が揃っておられるので、私はてっきり、派兵を問う合議だと推察しておりましたが……」


ロクスケの隣りに居る、財務を担当しているアキツグという公者は、戸惑い気味にそう言った。



そう――右側に鎮座している、カツトシを初めとした6名は、軍関係の公者である。



「――!、申し訳、ありません……私の力が足りぬ故、スヨウとの会戦回避という勅命を、未だ果たせずは、甚だ遺憾……」


そう、震えながら悔いているのは、外交を任されている、ヒロトという公者――その言葉どおり、回避交渉の勅命を受け、手段も策も、出し尽くしての外交交渉に当たっていた人物だ。



会議に召集されたのは、軍務6名に対し、文官は3名――確かに、アキツグの言う様に、派兵を問う合議だと思うのが、頷ける構成である。



「――ヒロト殿、皇様の御前ですぞ?、気を確かにしなされ!」


ロクスケは、そうヒロトを諌め、スッと身を正して、もう一度、サトコへ向けて平伏する。



「お見苦しい所をお見せ致しました――宰相が私に免じて、どうか、ヒロト殿にお許しを……」


「二人とも、気にしないでください。


ヒロトが懸命に任に当たってくれていた事は、報告書を見ても明らかですし、それは"だからこそ"の悔いなのでしょう?、苦労を――掛けました」


サトコは、ヒロトを見詰め、そう労いの声を掛けた。


「もっ!、勿体無きお言葉をぉぉ……!」


ヒロトは、ついに涙を流し、彼ももう一度平伏する。



「――さて、皆に伝えたい重大な一報とは……あのヤマカキ村への襲撃を、自らの目で見ていた者が――私の所に、その真相を伝えに来た事です」



「――?!、!!!!!!」


会議に出席している誰もが、サトコの話に驚き、どよめいた。



「――なっ!?、そっ!、それは、一体、如何なる……」


「――あの夜、旅の途中だった私の旧友が、村の近郊で野宿をしていて……村から逃げてきたという者を守るため、賊と一戦を交え、その賊は――なんと、"鳳凰の紋"が彫られた胸当てをしていたと……」


「――っ?!、!!!!!!、でっ!、ではっ!、もしや――っ!?」


「――はい、あの事件は……"スヨウの自作自演"であったという一報です!」


サトコは、眉間にシワを寄せ、声高に言い放った!



「――お待ちください」


そのサトコの主張に、早速噛みついたのは……他ならぬ、宰相ロクスケである。



「皇様のご友人――を、疑うのは心苦しいですが、その報せの信憑性は?


さらに、あの辺りで、たまたま旅をしていたというのも――ちょっと、合点が行かない言い分です。


失礼を承知で、その方の詳しい身の上をお知らせ頂きたく……」


その、ロクスケの主張に、サトコはニヤっと笑みを浮かべ――


「流石はロクスケです――的確な指摘に、関心を覚えます。


その者の身の上は……私から説明するより、その者をココに呼んでありますから、その者に直接お聞きになってください」


――そう言って、側に控えているキヨネに目配せをする。


それに応じて、キヨネは中座し、隣りの部屋と繋がっている襖を開け、ソウタを招き入れた。



「――っ?!、!!!!!!」


出席している、上級公者たちから、さらに大きなどよめきが起こった。


主殿に招き入れられたのは、極々フツーな青年……一見しただけでは、皇であるサトコの友人であるという事自体が疑わしい姿だが、そのどよめきの真の理由とは、その青年の人差し指で光を放つ、"金糸龍の指輪"である。



「――ゆっ?!、指輪の……!」


ロクスケは、そこまで言って、その先を飲み込む様に押し黙る。


"指輪の君"とは、あくまでも民や臣下が付けた、俗称であり隠語――公式な意味を持つこの場で、それをサトコの前で口にするのは、礼を失する行為である。



ソウタは――公者たちに囲まれる様な体で、下座の末席で平伏する。



「――ソウタ、と申します。


此度は、皇様の計らいで、コウオウの皆様へ、私が自ら見てきた、ヤマカキでの仔細をご報告させていただきます」



「うっ……うむぅ、時にソウタ殿――まず、そなたの詳しい素性をお聞かせ願えるかな?」


ロクスケは冷静に、先程から気にしている、ソウタの身の上を問うた。



話の信憑性を、その者の過去や経歴から計る――生粋の文官である、ロクスケならではの物差しである。



ソウタは少し、嫌悪の表情をロクスケに向けたが、気を取り直して、自分の出自を話し出す。


「――はい、私はツツキが地の領主……"アヤコ様"が、"件の敗戦の贖罪"として引き取った孤児の一人で、今は師である"リョウゴ様"の言葉を受け、諸国を放浪する流者に身をやつしております」



「――っ?!」


「――アッ!、アヤコさまぁ?!」


「とっ!、刀聖様の……弟子ぃ?!」


「――ほぉ、なるほどなぁ……」



――そんな、様々なリアクションが、主殿内を駆け回る。



ソウタの言葉の選び方も、実に巧妙であった。


ロクスケたちの様な、権威に準ずるタイプを信じさせるには――アヤコやリョウゴという、知名度に長けた名を使うのは、とても有効と言え、さらに、サトコにすら隠している、光の刀の所持もちゃ~んと気付かせない物言いだ。



「――では、皇様とは、市井降りの際……」


「――ええ、あの頃に親しくさせて頂いたので、私が旅先で出くわした事が、この様な事態を呼んでいると聞き及び、報せに参ったのでございます」


ソウタは堂々と、そして、臆する事無く、自分がココに来た理由を明かす。



そして、ソウタは――昨日の、サトコを前にして語った事と同じく、あの場で見た全てを……皆に伝えた。



「――むう、三十ほどの手勢で襲い、自らの民を皆殺しにしていた……とはな」


カツトシは、厳しい表情をし、蓄えてある顎鬚を何度も擦る。


「ソウタ殿、一つ聞くが――お主、賊……いや、三十有余の警備隊員と"一人で"、一戦交えたというのか?」


ソウタは――


(――やべぇな。


流石に大将ともなれば……俺が"アレ"を持っているのを、隠しておくのは難しいか?)


――と、心中でカツトシの鋭い質問に戸惑っていた。



だが、観念した様に――


「――ええ、三十有余の兵、一人で討ち果たしております」


――と、は除いて、顛末を隠さずに述べた。



――おおおっ………っ!



軍務の出席者たちは、驚きの声を挙げる。



そして、カツトシは、ジロリとソウタの姿を見渡し――


「――だろうな、主殿に入って来た時から、薄々気付いておる……うぬが、相当な手練れであろう事はな。


それに、醸す雰囲気も……実に、リョウゴ様と似ておるしな」


――そう、カツトシは、ニヤリと笑って見せ、何度も頷く。


「――えっ?!、師……と、会った事が?」


「ああ、若い時分に、一目だけ――ではあるがな」


二人が、リョウゴについての会話をしていると、それに割って入る様に、ロクスケが――


「――皇様。


では、この報せをクリ社にも送り、それを材料に、会戦回避の交渉を再度申し込む――という、方針でよろしいですな?」


――と、この一報を受けての対応を、サトコに進言する。



その進言に、サトコは――


「――"いいえ"、我らが地を侵して来るという、スヨウが軍を……"迎え撃って"頂きたいのです」


――と、鋭い眼光で、前を見据えたまま言った。

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