友垣

「ソウタぁ~っ!、本当に、来てくれてありがとう~っ!」


サトコは、抱き締める腕の力を強め、顔をソウタの胸に埋める恰好で抱き寄せる。



対して、ソウタは――


(はぁ~……そういやこの人。


気が緩むと、"こういうコト"をしちゃう、女性ひとだったっけ……)


――と、彼女の癖を思い出し、困った顔を見せる。



(話し方や、立場の違いで――雰囲気が変わったかと思ってたら、即位したって、早々とは変わらねぇか)


ソウタは観念して、そっとサトコの背に手を回し――


「――"今だけ"だぞ?、サトコ」


――と、抱き締め返してやる。



数秒――抱き合った二人は、徐に密着した両者の身体を離し、その場に向かい合って座る。



すると、サトコは、頬を膨らませ――


「もう~!、三年も前から野に出ているのなら、どうして真っ先に、私の所に顔を出さないのですかぁ?!」


――と、ソウタがツツキを出てから、既に3年もの時を経ていながら、自分には所在の一報すら無いコトに、拗ねて見せた。


「仕方ないでしょうよ。


俺が、流者仕事で路銀を貯めて、本格的に旅を始めた頃――丁度、キミは先代が"お戻り"になって、"大喪期"に入ってたから、俺に会うどころじゃなかったでしょ?」


ソウタは、時期的な不慮を理由に、これまで来れなかった経緯を説明した。



ちなみに――"お戻り"とは、皇の崩御を表す言葉だ。


先にも挙げた様に、皇は死後、その魂が天船へ戻るという宗教的な考え方から、"死"とは呼ばずに、こう表現するのが、ツクモの"ならわし"なのである。



「うっ……そういう事情となると、強くは言い返せませんがぁ……ツツキを出た後、真っ直ぐに私の所に来れば、路銀など貯めずとも、私が用立て――」


「――ちゃあ、ダメでしょうよ!


"君、使う金銭は、民に与えて貰ったモノ――努々、それを忘れるべからず"、って、アヤコ様の教えを受けておきながら、そういう考えに至るのは!」


「ううっ、はいぃ~……」


サトコは、シュンとなって、まるで萎れたネギの様にうな垂れる。


「――まったく、きっと"友達"思いのアンタなら、きっと、そう言うと思ったから……余計に来そびれていたんだよ」


――と、ソウタはそう言って後頭部を掻く。



「?!、とっ!、友達……」


サトコは、そう呟いて、表情を変えた。



サトコの脳裏に、市井降りから戻った際、ツツキの者――即ち、ソウタに件の指輪を渡した事を、キヨネに告白した時の会話が甦る。



「――その方は、"指輪の意味"をご存知だったのですか?


指輪の意味やその慣例は、国外の方はあまり、ご存知ではないと聞き及びますが……」


「あっ……だっ!、大丈夫ですよ!、アヤコ様の下で、学問もしている方ですから!」



(――ソウタは、指輪の意味を知らずに来たんだぁ~……)


"友達"という、致命的なソウタの一言で、それを悟ったサトコは――思わず、口をあんぐりと開けて、呆然と彼の顔を見詰める。



「あっ、ごめん……二人きりだからって、一介の流者が、皇様を説教するのはダメだよな?」


ソウタは、顔をしかめながら、詫びる様にサトコに会釈する。


「いっ!、いえ。


私とあなたの仲に、その様な気遣いなど無粋ですよ」


サトコは、ソウタの詫びにそう返して――


「――コッホン!、ところで……ソウタはあの後、おっ!、おもい人が出来たとか、つ――妻っ!、を娶ったとかぁ……いわゆる、"浮いたお話"は無かったの?


ほら――私たちって、"そういうお年頃"ですから、""友人の一人"として、とぉ~っても気になるのですけれど?」


――と、あくまでも……あ・く・ま・で・も!、雑談の一環として尋ね返した。



サトコにとって――コレは、大きな"賭け"だった。



先程の二者の懸念の内、最高に嬉しい前者――"求婚を受け入れるために来た"は、儚くも泡と消えたが、まだ、最悪な後者――"既に、他の誰かと婚いでいる"の方が残っている。


もし、"指輪の君"が、他の者と婚いでいたなどと成れば――それに勝る恥辱など、今の彼女には思いつかない。


しかも、それが"指輪の意味を伝え忘れた"のが原因だったなら――どれだけ悔やんでも、悔みきれないであろう。


もちろん、指輪を渡しても、皇の恋は成就出来なかったという、逸話や例は多数存在するが――自分を、その中に加えたくないのは、当然の思いである。



「え~!、いきなり何だよ?、そんなハナシ」


ソウタは、少し照れながら、突然の恋バナ希望に困惑する。


「それぐらい良いでしょ~?、あなたの様に、気を置けない者と雑談を交わすコトは、今の私には、とても貴重なのです。


当たり前ですけれど、臣下としか会話が出来ないというのは……結構、鬱憤が溜まるモノなのですよ?」


サトコは、本当の意図を巧妙にはぐらかし、ソウタの恋愛事情を探る。



「――特に、旅の流者などは、立ち寄った町の数だけ……恋人や妾が居るという、戯れ言を伝え聞く程ですし、もしやソウタも――その様な、破廉恥な生活をしているのではと、興味を抱いたのですよ♪」


サトコの質問の仕方は、本当に巧妙に尽きる――しっかり、下世話な事柄を楽しんでいるフリまでして。



ソウタの脳裏には、一瞬、レンの顔が思い浮かびはしたが――


(俺は――ナニを考えてんだ?、オリエさんが、イロを囲うとか、妙に冷やかすからだぜ……)


――と、心中でその脳裏の画像を一蹴した。



「――それは心外だなぁ。


ツツキに降っていた間、一緒に過ごすコトだって多かったのに、俺がそんな軽薄なヤツだと思っていたのかぁ?」


ソウタは、不満気にそう言って、小さく拗ねて見せる。



「!、というコトは?!」


ソウタのその応答に、先の答えを察したサトコは、パァッと笑顔を造る。


「そっ、な~んにも浮いたハナシは無しっ!、興味に沿えないで悪かったねぇ」


ソウタは、両手を上に挙げて、苦笑いを造って見せた。



「!?、そうですか!、そうなのですかぁ~!」


サトコは喜々として、満面の笑顔を見せて、密かに両拳を握り締める。


心中では――


(良かったぁ~~~~~!!!!!)


――と、ガッツポーズなどもして。



「あ~?!、その喜び方はヒドいでしょ?


流者の情けないハナシを聞いて、喜ぶ皇様なんて……民が知ったら、悲しみますよ?」


「ふふ♪、そうですね――私とした事が、はしたない反応をしてしまいました♪」


「まあ、俺のこんなハナシでも、皇様の気晴らしになるんなら、別に良いけどさ」


「ええ、あなたのおかげです――こうして、殺伐とした気が晴れたのも、スヨウとの経緯に、光明が見え始めたのも」


サトコは、ギュッとソウタの手を強く握る。



「俺は――別に、解決に繋がる様な話を持って来たワケじゃないだろ?」


サトコの言葉に、そんな疑問を抱いたソウタは、謙遜も交えてそう問うた。


「いいえ、スヨウの思惑が解かっただけでも、事への対処や術を選ぶ上で、良い選択材料となりますから」


「――そーいうモンかい?、政治まつりごとってのは」


ソウタは、腕を組んで、関心しながらそう言った。


「ええ――"そーいうモン"です♪」


対してサトコも、わざと言葉を崩し、クスクスと笑いながらそう応えた。



「さて、来たのが夕方だから……もう、外は結構な時間だろう。


そろそろ失礼するよ」


「えっ?!、そういえば――宿泊先は決まっているのですか?


なんなら、ごっ!、御所に泊まっても――構わないのですよ?、気の利く侍女が居りますから、それぐらいは、もう手配が済んでいると思いますしぃ……わっ!、私も、まだ話し足りないので、もそっと居てくれれば、嬉しいのですが……」


ソウタと話し足りない様子のサトコは、寂しそうにそう言って彼を引き止める。


話し足りない分とは、恐らく――指輪の意味や、自分の思いを知らせるためであろう。



「――いや、気持ちはありがたいけど、それは流石に……荷物も、泊めてもらうヨクセの支店に置いて来てるしなぁ」


「ならば!、使いを向わせて荷物も――?!」


――と、なんとか引き止め様とするサトコの口元に、先程のお返しとばかりに、ソウタは人差し指を立てた。



「……そこまでだ。


今のアンタと、今の俺じゃあ――"立場"が違い過ぎる」


ソウタは、朗らかな笑みを見せながら、"ちょんっ"と、そのままサトコの鼻を撫でた。



そのソウタの応じ方で、全てを悟ったサトコは、寂しそうに瞼へ涙を溜めながら――


「――解かりました。


でも、一つだけお願いがあります……明日の御前会議で、私に話した事を、公者の皆にも話して頂けませんか?」


――と、真剣な表情で願い出た。



「えっ?!、俺を……そんな大事な会議に?!」


ソウタは怪訝気味に、表情を強張らせる。


「ええ。


それぐらい、意義のある報せなのです――あなたが齎した報せとは」


サトコは、あの報せの重要さを強調して、ソウタの瞳をジッと見詰める。


「……解かったよ。


俺も、伝えただけで、後はお偉いさんのご勝手に――だなんて、ゲスな振舞いをするつもりじゃあなかったし、それが、"他ならぬキミの頼みなら"――喜んで、話させて貰うよ」


「――っ?!」


サトコの脳裏に"他ならぬキミの頼みなら"という、ソウタの一言が……3回ほど、エコーが掛かって響く。


それを、どう解釈したのかは解からないが、サトコはポォッと頬を赤らめ――


「……ありがとう。


では、明日も――御所まで、足労を願います」


――と言って、もう一度、ソウタの手を強く握った。


「ああ。


じゃあ、行く――あっ!、そうだっ!、もう一つだけ!」


別れを告げ、ソウタは何かを思い出した様で、踵を返すのを止め、サトコの目の前に、指を一本立てて――


「――ココ、警備に問題があるぞ?


"指輪一つ"が目印だとか、俺みてぇな下賎の流者と、皇様を二人っきりにしちまうなんて……俺が、どこぞの刺客だったら、大変なコトだぜ?」


――と、気になる警備の不備を忠告した。


ソウタのそんな忠告に、サトコは…


「ふふ♪、確かにそうですね――でも、コレは、私が皆に頼んだのです。


あなたと……こうして、二人きりで話したかったので」


――そう、クスクスと笑いを漏らしながら言った。


「そっか、なら良いけど……おかげで、俺もこんな無礼な態度を許されてるんだしな」


「あっ!、指輪と言えば――確認のために預かったと、ココに……」


サトコは、薄布に包み、懐に忍ばせていた、金糸龍の指輪を取り出して――


「――はい、お返ししますね」


――と、ソウタに向けて差し出した。


「……いやぁ、返すと言うなら、コッチのセリフだよ。


俺には、分不相応に豪奢なシロモノだしな――こうして、再会の目印としての役割は果たしてくれたワケだから、返上させてくれよ?」


そんな、ソウタの申し出に、サトコは顔色を変えて――


「?!、ダッ!、ダメです!、これは――"特別な品"なのですから!


私が――私が、あなたを……」


声を荒げながら、何か重大な事を言いたげに、それを躊躇している様な素振りを見せる。



ソウタは、そのサトコの寂しげな口調に慌てて――


「あっ、ゴメン――そうだよな、俺を信頼してくれたからこそ、預けてくれたモノだもんな」


――と、申し訳なさそうに詫びて、自分の軽はずみな言い分を反省する。



「あっ、そっ!、そうです!、すっ!、皇が"真に信頼している者へ、皇が自らその者に渡す"――そんな、特別な褒章というのが、あの指輪の意味するトコロなのですから!」


最大の告白チャンスだったのに、サトコは思わず、自分の意図とは外れた、指輪の意味を口走ってしまう。


――だが、本来、あの指輪が持つ意味というのは、サトコが口走った事の方が正解なのである。


それが、後の夫へ――という意味に変容したのは、ただ"真に信頼している者=最も愛している者"と、成っているだけなのだ。



「――じゃあ、ありがたく受け取るよ」


ソウタは、サトコの手から指輪を受け取って、左手の人差し指にはめた。


「よし、じゃあ、明日な!」


ソウタは振り向き、肩越しにはめた指輪を見せながら、ヒラヒラと手を振って、主殿を後にした。



「ええ!、ソウタぁ!、ありがとう!」


サトコはソウタが主殿から出るまで、手を振り続けて彼を見送った。


(まだ――今は、想いを告げずにいる方が良いのでしょう。


今、この想いを伝えてしまったら――私はきっと、この戦をも控えた重大な局面で、皇としての役割を、しっかりとは果たせないでしょうから)


サトコは、情けなさそうな笑みを浮かべ、上座へと戻って目を閉じた。

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