真相

御所の廊下を、慌て気味に歩いているのは、サトコその人である。



「――隠居した父さま以外で、今、"あの指輪"を持っているのはっ!、私が渡した者だけだと、少し考えれば解かるコトですよ?!、何故にっ!、直ぐお通ししないのですか!?」


サトコは、カリカリと従者たちの思慮の無さを責める。


「――正しいのは、私たちの方ですっ!


"この時勢"では、たとえ指輪を出されても、外部からの来訪者には、最大限の警戒をするのが、道理にございましょうっ!?」


――負けじと、一歩も引かずにキヨネは、"想い人の来訪"に、若干我を忘れている主を諭しながら、彼女も慌てて追走する。


「皇様――っ!?、このような所に、わざわざ……」


上役からの指示を、イライラしながら詰め所で待っていた、先程、指輪を受け取った門番は、恭しく言上しようと、その場に膝を着いて――


「――言上は結構っ!、……して、指輪を持って来た者の風体とは?」


――サトコは、一蹴気味に門番に言上を止めさせ、爛々と瞳を輝かせて問い質す。



「はっ!、はいぃ……年の頃は、10代後半から20代前半の男で、どこぞの武官かと思える格好の……」


それを聞くとサトコは、高鳴る胸元の鼓動を抑えるかの様に、グッと着物の襟を掴んで――


「どこか……秘かに、その者の姿を窺える場所はありませんか?、自分の目でも確かめたいのですが――」


「はっ!、では、そこの見張り窓を覗けば良いかと……門の前で、待って頂いておりますので」


門番が言い終わる前に、サトコはそぉ~っと見張り窓を開け、外の様子を覗き込んだ。



「――っ!!!、あぁっ!」


サトコは、直ぐに見張り窓を閉じ、何とも言えない恍惚な声を挙げながら、口元を覆う。


「間違い――ございません。


私が、指輪を渡した、ソウタという御方です!」


サトコは、うっすらと涙まで浮かべて、ソウタの来訪を歓喜する。



「主殿にお通しなさい――私は、着替えを済ませて、直ぐに参りますと伝え……いえ、なんなら直接、私の自室にお通ししても……」


「――良いワケがないでしょう!?、、ナニを仰るつもりですかぁっ?!」


――と、嬉し過ぎて、とんでもないコトまで口走っているサトコを諭す様に、キヨネはそう一喝した。



キヨネは、サトコにとって、一応は主従関係であっても、鋭い助言をしてくれたり、間違った行動を正してくれる、姉の様な存在であった。


13歳で、御所内でのサトコ付き侍女に任じられたキヨネは、5歳年下の次期君主の世話人であり、より深いカンケイの友として、彼女に懸命に仕えていた。



「――あ~っ!、解かりましたよ!、でも……"少しのわがまま"ぐらいは、大目に見てくださいよ?」


サトコは、口を尖らせた後、甘える様にキヨネに懇願する。


「解かっております……でもっ!、"コトと次第に因ってはっ!"、――ですよ?」


キヨネは、そう言って釘を刺し、廊下へとサトコを誘導し、彼女も大きく頷いてそれに素直に従った。



その、一連の様を観ていた門番は――


(あっ……あの、常に凛としていらっしゃる皇様を、あれほど取り乱させるとは……


あの"指輪の君"の素性って、一体……)


――と、呆気に取られた彼は、確認が終わった知らせを伝えに出る前に、もう一度、見張り窓を開け、ソウタの様子をまじまじと見詰めた。








(――おお~っ!、やっぱ、皇様の御所ともなると……同じ豪華な造りでも、流者のオリエさんのトコとは、一味も二味も違うなぁ)



"主殿"という、主に来訪者との謁見に使用される部屋へと通されたソウタは、端から見れば若干、恥ずかしく見えるほど、その素晴らしい内装に、心中で溜め息を漏らしていた。


特に――欄間に彫られた、コウオウのシンボルでもある"とぐろを巻いた黄龍"のモチーフは、豪奢に派手な造りになりがちなモチーフなのに、重厚な威厳も漂わせている。



「――皇様が、まもなく、いらっしゃいます」


――と、周りに控える衛士に声を掛けられ、ソウタは身を正し、座ったまま深く拝礼する格好で、皇の御出座を待つ。



顔を伏せたまま待っていると、前で2つの足音が聞こえ、位置に着いたらしい、その二つの足音がゆっくりと、そこに座る音がした。


「面を――上げてください」


――聞き覚えのある、優しい口調の厳かな女性の声に応え、ソウタはゆっくりと面を上げた。



「――お久し振りです、……皇様」


ソウタは、軽く笑みを造りながら、そう言いながら、もう一度拝礼する。



ソウタは――今でこそ、諸国を流れ歩く、みすぼらしい流者であるが、養母のアヤコに、みっちりと礼儀作法や勉学を叩き込まれている。


アヤコは、いずれはソウタを、自分の臣下の要にとなる人物へと育てるつもりで、彼を養子にしたつもりだった。


だが――ソウタは結局、連れて来たリョウゴが、彼を次世の刀聖とする事を望む思惑に負け、こうして、今に至るのだが……それらは決して、彼のためにならない企みではなかったと言えるだろう。



「……本当に、久し振りですね、息災で何よりでした」


サトコは、満面の笑みを見せ、ソウタの来訪を歓迎する。


「――はっ!、此度は、遅ればせながら、即位の祝辞を述べるために、まかりこさせていただきました。


それに――市井降りの折に、いずれは必ず、御伺いさせて頂くと、御約束させておりました故……」


「――ありがとう、覚えていてくれたのですね。


――して、アヤコ様や、クバシ城……"ツツキ"が地の皆の様子は如何ですか?」


ソウタは、未だにクバシ城に居て、ソコから自分を訪ねて来たと思い込んでいるサトコは、4年間会っていない、かつての恩ある土地の者たちの現状を問うた。


"ツツキ"とは、アヤコの蟄居先であるクバシ城がある、大陸最北部地域を指す地名だ。


ツツキは、星石などの鉱物の埋蔵量が多く、元々はハクキの国の領内だったのだが、最北端という地理からも解る様に、冬には雪と氷で覆われる極寒の地である。


そのため――作物の類は育ち難く、冬を迎える度に食糧難に陥ってしまう、実に暮らし難い地域だ。


――なので、自然と入植したいという民者は少なく、領主として公者を置いてはいたが、領地経営も当然の様に困難……更に、物資の輸送にも、南と東には鬱蒼とした森、西には険しい山岳が立ち塞がっているため、当然として、ツクモでは盛んと言えない、海路に頼らなければならない事情があり、せっかく豊富な鉱物も、輸送難で値は跳ね上がり、ほとんど買い手が着かない状況――着いたあだ名は"ハクキのお荷物領地"とまで言われている一帯である。


故に――半ば、放置されたこの地域を、先の大戦後にハクキ連邦から譲渡されたクリ社は、戦後の始末の一つとして、どう決着させるべきか悩まされていた、アヤコの蟄居先として活用としたのである。


大事な次期君主――つまり、自分の愛娘を、そんな場所に留学させる先代の皇とは、実に豪気というか、スパルタ教育を好む人物であったと、人となりが推測出来る。



ちなみに――先代の皇の"名"を語らないのは、ツクモの宗教的な見解の一つとして――"皇、死する後、その魂、天船の奥に潜む、アマノツバサノオオカミが身元へと帰り、その魂、オオカミに現世の様子を語り、その魂、役目を終える。


皇、守護す、言霊たる俗名もまた、俗世での役目、終えるが故、その名呼ぶは、死する皇への礼に失すると心得よ"――という件があり、"何代"、もしくは"何世"で呼称するのが、ツクモ文化を尊重し、それに殉ずる事であると許して頂きたい。



「――申し訳ございません。


何分、今の私は――三年前にツツキを旅立ち、今は旅の流れ者に、身を窶しております故――アヤコ様の近況や、ツツキの皆の現状いまは、存じておらぬのです」


「――えっ!?、あなたが……旅の流者ですと?!」


サトコは驚愕し、声を裏返して驚いた。



「ええ、師より"ツクモを隅々まで観て周れ――観た末に、お前のすべき事があるはずだ"と、言われまして……」


「師――という事は、リョウゴ殿のご教示ですか?」



「――ええっ!?」


――声を挙げたのは、側で控えているキヨネや、警護にあたっている衛士たちだった。



「リョ――っ!、リョウゴ様とは、もしや、刀――」


サトコは、皆の反応を見て、得意気にニヤッと笑い――


「ええっ!、ソウタは――"刀聖"リョウゴ殿より、剣の手解きを受けていた、アヤコ様の養子でもある、ツツキが誇る武人ですのよ!」


――まるで、自分の自慢話の様に、臣下たちにソウタの素性を話して聞かせた。



ソウタは、そのサトコの発言に――


(いやぁ……だから、今の俺は、"ツツキの武人"じゃあないんだけどなぁ……)


――とは思ったが、あえて自分から、今の刀――いや、"光の刀を預かっている者"だと告げるのも、個人的にはイヤなので、そのまま何も言わずに、フォローしなかった。



この時の判断が、後にちょっとした問題に繋がるのだが――それは、後の語りでと、させて頂きたい。



「――で、実は……即位の祝辞以外に、どうしても、皇様にお伝えせねばならない事柄があるのです――」


――と、一連の挨拶を終えた後、ソウタは急に表情を険しくして、もう一つの"用"について口を開く。



「――えっ!?」


サトコは、一変したソウタの表情に驚き、真似をする様に自分の表情を固く変えてしまう。



(まっ!、まさかぁ……ココを旅の終わりとして、そのまま、私の夫となる決意で来たとか?!


いえ――逆に、ソウタは"意外とモテる"から、ツツキや旅先で伴侶を得たので……指輪を返したい、という申し出だったら!?


そういえば――ツツキに居た時も、"ヒカリ"とは、何だか良い仲にも見えてたしぃ……)


――と、サトコは、色んな妄想を心中で繰り広げ、ソウタの言わんとしている事柄に耳を傾ける。



「――先日の占報にあった、スヨウが地、ヤマカキ村での事変……私は、あの事変の"真相"を知っております」



「――っ!?、!!!!!!!」



――ガタッ!



――ソウタ以外の、その場に居る全ての者が、一斉に色めき立つ。


中には……側に置かれた、高級そうな装飾品を倒したりしながら。



「――ソッ!、ソウタっ!、どういう事なのです?!、何故、あなたがその様な……」


サトコは、口をあんぐりと空けたまま、ソウタにジリジリと詰め寄る。



「――順を追って、次第を説明致します」


そう口火を切って、ソウタは一連の自分の行動と顛末をサトコへ伝えた。



「――スヨウが、自国の民者を……虐殺していたというのですか?!」


「……ええ、しかも、私と刃を交えた者たちは――


『我らの成した事は、決して、無駄ではなかったと、後世が必ず示してくれる――』


――そうまで言って、高い志であんな事に及んでいる様子でした。


ですから、少なくとも、かなり高い位置の役職に居る者が、大義を持って、国境警備隊に命じたと思われます」



――バンッ!



サトコは、思わず上座の畳を叩く。



「――自国の民を、自ら虐殺する事に!、どんな大義を後世が示すと言うのです!?


そっ――!、その様なっ!、その様な志などぉっ!」


サトコは激昂し、涙を流しながら、震える声を荒げる。



「――ここからは、私の推測でしかありませんが……スヨウが国守様が言う、宰相の横暴やこの事変は、あくまでも戦端に点ける"種火"に過ぎず――"真の狙い"は、別にあると思うのが妥当かと存じます。


それを、お伝えしたく、御前に参上した次第です」


ソウタは、もう一度、深々と拝礼する。



「――わかりました、貴重な進言に感謝します。


それに――たった一人とは申せ、あなたの尽力で虐殺を逃れた者がおるというのも、ツクモが民を見守る当世の皇として、祝着の極みです――ありがとう」


サトコは、ソウタの一連の行動を褒め、深々と礼を述べた。



この時――ソウタは、"一人の生存者"としか、その生存者こと、レンについては語っておらず――後に、その生存者が"年頃の女性"で、"かなりの美少女"で、あまつさえ――"一晩、ソウタと野宿を共にしていた"――というコトを知ったサトコが、どのような反応をしたのかは、想像に難くない……が、これも後の講釈とさせて頂こう。



「――キヨネ、今の話の概略をロクスケに伝え、明日、緊急に"御前会議"を開きたい旨を、伝えに行ってもらえますか?」


サトコは、側に居るキヨネへ、今の進言を受けて対応を指示する。


「はい、解かりまし……た?!」


――そう、キヨネが返事をしようとした時、サトコは小さくウインクを送って見せた。



(――こっ!、この様な重要な動きがあった時でも、"少しのわがまま"を使うというのですか?!


――でも、この様な時だからこそ、想い人に甘えたい……のかもしれませんが)


キヨネは、そう思いながら苦笑いを見せて――


「――衛士の皆さんは、私と来てください。


皇様の護衛は、一人で一隊と立ち回れる猛者だという"指輪の君"に任せて、問題無いでしょうから」


――と、合図に似た口調で衛士たちに小声で命じ、人払いをさせる。




主殿に居るのが、サトコと二人きりとなった時、ソウタが――


(……やっぱ、ココは警備に問題アリだよ。


こうやって、客と皇様を二人きりにしたり、指輪一つが目印とか――そういや、今、お付きの人が"指輪のナントカ"って……)


――と、懸念を抱いていると、サトコが上座から駆け下りる体で、そのままソウタに抱き着いた!


「?!、へっ!?、皇さ……っ!」


ソウタが驚きながら、どういう了見かを尋ねようとすると、サトコはそっと、人差し指を彼の口元に立てた。


「――二人きりの時ぐらいは、かつての様に"サトコ"と、呼んで下さいませ……」


――と、サトコは潤んだ瞳を見せながら、両手をソウタの背に回し、そのまま力を込めて抱き締めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る