襲撃

特別調査隊

――ここは、ヤマカキ村の長老の家に設けられた、"スヨウ第五軍"の陣所である。


そこでは、小さく胸に鳳凰の紋が彫られた、例の侍たちと同じ軽鎧を身にまとい、数人のスヨウ兵たちが、書類と睨み合いをしながら、何やら事務作業に勤しんでいた。



"第五軍"とは――戦の際の情報収集や整理、陣所の設置や城の防備を整備する工事など、戦闘にはあまり直接的に関わらない、雑務を主に行う軍団である。



これは別に、"スヨウならでは"の軍団構成ではない。


ツクモ世界の軍組織とは、どこも役割ごとに振り分けられた、5種の軍団で構成されている。


まず――親衛隊や近衛兵の様な、国守の護衛を主とするエリート集団である『第一軍』


次に、国境警備や国土防衛、反乱の鎮圧などを主とする『第二軍』


国外遠征や侵攻、先制攻撃など、対外への積極的な武力行使を担当する『第三軍』


ツクモでも、忌むべき数字とされている"四"は、通例として欠番とし、先程説明した、雑務担当の『第五軍』を挟み――物資の輸送や調達、負傷者の治療など、後方支援を担当する『第六軍』


――この、5つの軍団で運営されている。



これは――兵の人数や指揮系統などを、国際機関であるクリ社へ申告する義務が、あらゆる"正式な"軍事組織には定められており、まるで球技のフォーメーションの様に、こうして役割を配分するのが通例となっている。


その軍団構成の内容は、クリ社の名の下に詳らかに公表され、戦力面の軍事機密は無いに等しいのが、ツクモの軍事事情である。



この面妖な決まり事が始まったのは、数千年前の天船降臨伝承の直後――そう、アマノツバサノオオカミが、まだ人々と共にあったという時代だ。



アマノツバサノオオカミは、こう言ったという――


「――"人"とて、争う本質を秘める"獣の一種"に過ぎず、どんな事をしても、争う事は止めぬであろう。


ならば、神々われらが成すべき事は、人がその身に"枷"を付け、成そうとする事に"限りを設ける事"であろう」――と。



だから彼女は――大規模軍勢の陸路での移動を封じるために翼域を設け、それを自らの威厳と威容を持って不可侵の聖域とし、各々の軍事力もクリ社への申告を義務付け、内容を公表し戦力対比を大っぴらに出来る様にした事で、軍事活動を制限、萎縮させる方策を命じたのだった。


ちなみに――申告が義務付けられているのは、あくまでも"正規"の戦力のみなので、傭兵の類や、暗衆の様な秘密工作や諜報活動などを行う"非正規"の戦力は、表向きには"存在しない"事となっている。



さて――その第五軍が、なぜ、村人が皆殺しに"された"ヤマカキ村に駐留しているのかというと……


「――なに~ぃ?!、戸籍に記された村人の数と、遺体の数が合わないだとぉ~!?」


「はい……何度、遺体の数を数え直しても、"一人足りない"のです」


――村の"被害状況"の把握と、散乱した村人たちと国境警備隊の兵士たちの遺体を弔うため、派遣された部隊だからなのである。


第五軍も、来るコウオウへの侵攻のため、かなりの人数をそちらの準備に割いているので、ココに駐留しているのは15人ほどの小規模部隊ではあるが。



その部隊――スヨウ第五軍"特別調査隊"を任された、ヨシゾウという兵士は……記録と合わない、死者の人数に頭を抱えていた。



「――警備隊の方に、紛れてるんじゃないのか?」


「いえ、警備隊の出動記録と人数は合致しております。


ほとんどが、ちゃんと支給された鎧を着ておりましたから、確認も容易でした」


「ふむ……そうだったな。


何故か、"裸になっている者"や"逸物を晒している者"も居たが――脱いだらしい鎧や着物は、ちゃんと他で見つかっていたしな」



――事変の真相は、スヨウ軍内でもトップシークレットとなっている。



概要を知っているのは、国守のノブタツ、その周辺の数人と暗衆――そして、外に並んでいる実行部隊の30有余の遺体だけだ。


なので、もちろん、ヨシゾウぐらいの下級公者では、"ココでナニが行なわれていたか"は知る由も無い。


ヨシゾウも、流石にその不可思議な兵士たちの風体には疑問を抱いたが、惨状の酷さの方がインパクトが強く、深く追求する気は起きなかった。



「――ヨシゾウ隊長!、進言でありますっ!」


――と、勢い良く、一人の男が陣所に入って来た。



この男も、支給された胸に鳳凰が彫られた胸当てを着けていて、侍の一人だというのが容易に解り、年の頃はソウタと同世代かと見える顔立ちである…



「――ん?、お前は確か……第三軍から出向して来た、"この村生まれ"という……」


「はい!、スヨウ第三軍!、サスケであります!」


サスケは、声高に名乗り、直立不動でヨシゾウの前に立った。



「おう――遺体の身元確認、済んだのか?」



――この村の出身であるサスケは、数週間前にも帰省をしていたという事情もあり、最新の村の様子を知る者として、村人たちの遺体の身元確認のために、本来所属している第三軍から、出向する形でこの第五軍の部隊に参じていた。



「――はっ!、おっ、大方は、確認が済んだのですが……」


サスケは――少し、悔しそうに涙を浮かべる。


「……悪りぃな、自分の家族や、親しい者も……居たのだろう?」


サスケの様子を察して、ヨシゾウはポンっと彼の肩を叩く。


「はい……りょっ、両親と、姉がぁ……無惨に、斬り殺されておりましたぁ……あっ、姉などはぁ……さらに、辱めまで、受けた、後で……」


サスケは……両拳を握り締め、それをワナワナと震わせる。



「そうか……辛い仕事、させちまったなぁ」


「いえ……任務、でありますから」


サスケは、口を真一文字に結んで、悲しみの涙と行き場の無い怒りを押し殺す。



「――で、進言とはなんだ?」


「はっ!、村はずれに住む、スミノブおじさん――いえ、スミノブという者の小屋には、妻のメグミと、娘のレンの3人が暮らしていたはずなのですが、小屋に居たのは……どうも、夫妻だけの様なのです」


サスケは、困惑の表情を浮かべ、報告を続ける。



「警備隊の出動記録から察するに、襲撃を受けたのは間違いなく深夜――親しかったので良く解りますが、その娘のレンが、そんな時分に一人で外出したとは、到底思えないのです……何より、遺体の顔を全て確認しましたが、彼女だけ――いないのです」


ヨシゾウは、頷きながらサスケの指摘を聞き、彼が言わんとしている意味に気付き――


「!、まさか――生存者がいる、かもしれないというコトか?!」


――と、身を乗り出して、彼に詰め寄る。



その、ヨシゾウの言葉と様子を見聞きした、陣所に詰めている兵士たちは一気にザワめいた。



「はい!、そのレンとは、村――いえ、少なくとも、近隣に並ぶ者など居ないと呼ばれるほどの美少女でした。


ですから、襲った賊どもが、アジトに連れ帰って慰み者にしていたり、どこぞの遊郭に高額で売られるなどして、もしかしたら、生きているかもしれないと……」


サスケは、自分が想像したコトであったのに、苛立ちを見せながらまたワナワナと震えた。


「なるほど――一理、あるな。


よし!、この旨を急ぎっ!、本隊へと報せ、賊を追っている暗衆へも渡りを着けよ!


身分確認を終えた村人たちの弔いが済み次第――私と、娘の顔を知るサスケ、それに、あと3人ほどを隊から選抜し、娘の捜索に当たる!」


ヨシゾウは、瞬時に頭を巡らせ、テキパキと指示を出した。



ヨシゾウは、こんな裏方作業に回された窓際公者で、仕事ぶりが日の目に当たらない立場なのだが、実はこうして、用兵や判断力に長けた、なかなかの傑物であるコトを、スヨウの上層部はまだ知らない。



「よ~しっ!、やるぞぉ!、みんな!」


目にし、扱うのは、死体の事柄だけ――という、心理的にツラ過ぎる任務に疲弊していた、特別調査隊の面々の前に示された僅かな光明――そんな、まるで確信の無い、不確かな推測でも、今の彼らにとっては、一気に心が沸き立つに適う吉報だった。



ヨシゾウは、本隊へ送る伝文を認めながら――


「――サスケ、お前、もしかして、その娘に……惚れているのか?」


――と、ちょっとした戯れ言のつもりで、サスケに尋ねた。


「!?、はっ、はい……武人として精進し、一廉の公者となれたなら――思いを告げよう、そう思っておりました」


サスケは、一時とはいえ、直属の上役であるヨシゾウからの尋ねに、偽りは言えないと思ってしまい、そんなプライベートな部分まで吐露してしまった。


「そうか、お前は……もうすぐ、"入隊三年目"に入るのだったな」


ツクモの軍事組織では、入隊から3年勤め上げれば、正規の公者として認められる――要は、"職業軍人"となれるというコトである…


それは、最初の3年より、俸給は2倍に跳ね上がるという意味でもあり、それを期に結婚する、若い兵士も多いのだ。



「――なら、必ず探し出し、思いを告げると良い!、これは、お前を"援護する任務"でもあるのかもな♪」


ヨシゾウは、そう言って高らかと笑い、サスケの背をバシッと叩いた。

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