当世の刀聖
「――じゃっ、
聞かせたくなさそうな娘は、風呂に行ったワケだし」
オリエは、脚を崩し、目の前に居るソウタに向け、突然そう言った。
――レンの面接を終え、3人は早速、レンが初仕事として屋敷の台所で腕を振るった、有り合わせの食料で作った夕食(※かなりの美味)を食べ終え、オリエとソウタは居間でくつろぎ、レンは屋敷内にある風呂へと向った。
レンの足音が遠のくと、オリエは急に表情を変え、改めてこうなった経緯を尋ねたのである。
「その前に――」
――と、そのオリエの言わんとしているコトを察していた様な素振りで、ソウタは逆に尋ね返した。
「――なんで、ヤマカキの一件を、アンタが"もう"知ってんだ?、新聞に載るには……まだ早いはずだぜ?
何せ、国境警備隊を一つ、皆殺しにしちまったが……オウザンに報せが届いて、スヨウが公式に発表するには、早くても明後日ぐらいまではかかるはずだろ?」
ソウタはそう言いながら、訝しげに顎を擦る。
「よくもまあ、そんな残虐な単語を、サラッと言えたモンねぇ。
おかげで、その一言だけで、もう、経緯の見当は着いたんだけど」
「へっ!、アンタのその、度胸の大きさの方が笑えるよ。
その着いた見当に、まったく驚いてねぇのはさ」
オリエとソウタは、お互いの達観したスタンスに苦笑いする。
「驚かせたくないから、あの娘の前では話を濁してたのかい?」
「――いや、暮らしてた国に裏切られて、家族も友人も、自国の兵士たちの慰み者にされた上に、みんな殺されたなんて教えるのは、まだ、憚られてね……」
ソウタは、複雑な目線を、レンが先程まで座っていた場所に送る。
「アンタ――もしかして、あの娘に惚れた?」
「……茶化さないでよ。
さあ、俺の質問にも答えてくれ」
ソウタは、片方の頬をヒクヒクとさせて、オリエに答えを催促する。
「――早駆けしてたんじゃ、知らなくても仕方ないけど……占報があったのさ。
ヤマカキの現場から、国守、自らの口でね」
「!?」
「アタシも――随分と都合が良過ぎて、胡散臭いとは思ってたけどねぇ……大方、山賊の類を嗾けた"偽旗の計"だろうとは思っていたが、まさか、スヨウ軍の自作自演とは、流石に恐れ入ったわ」
オリエは、置いてあった読みかけの新聞をソウタに手渡す。
新聞の一面には、占報の全文と共に、これまでのスヨウとコウオウの摩擦を振り返る記事が並んでいた。
ソウタも――識字は出来る。
こんなみすぼらしい出で立ちで、刀を糧にその日暮しを興じている様な身分ではあるが、彼は幼少時に、それなりの教育は受けているのである。
「こんな
俺が殺ったのも、コウオウの仕業に上手く摩り替えるたぁ――思惑を潰してやるつもりでやったのに、逆に片棒担いだみてぇにされて、何だかムカツクぜ」
ソウタは、苦虫を噛んだ様な表情で、全文の部分をパンパンと叩く。
「"思惑を潰す"ねぇ……さっすがは、刀聖サマだねぇ♪
火種になりそうなモンに、珍しく率先して首突っ込もうとするなんて――三年掛けて世界中を旅した分、"当世刀聖"としての"自覚"が芽生えたのかい?」
オリエは、皮肉っぽくそう言った。
「珍しくて悪かったねぇ、つーか、俺を"その通り名"で呼ぶのは、やめてくれ。
何度も言ってんだろ?、俺は"刀聖"なんていう、
ソウタは、寂しげにそう言って、手元に置いた刀が納まった鞘を擦る。
「――まっ、んな問答は置いといて……何か、腹積もりがあるんじゃないのかい?
ただ、定宿に美少女を囲って置くために、アタシを頼ったワケじゃあないんだろ?」
オリエは、また皮肉っぽく、またからかって――ソウタの反応を探る。
「行き場の無ぇっていう彼女を、哀れに思っただけさ――他意はねぇよ。
強いて挙げるとすりゃあ、"自分の
ソウタは、7歳の頃に、両親を野盗に殺されるという経験をしていた。
その際の経緯が、彼が当世の刀聖となる、大きなターニングポイントとなるのだが――それは、後の講釈とさせて頂きたい。
「――そうかい、ちょっと、余計なコトを訊いちまったかねぇ」
オリエは、顔をしかめ、自分の軽口を少々悔いた。
「なんだよぉ、らしくねぇなぁ。
もう、その殺された親の顔も、ロクには思い出せねぇぐらいなんだから、変に気を使わんでよ。
悪く思うなら――俺が、彼女を"囲った"なんてデマ、言い触らさないでよ?
特に……イロイロと、俺の近況を伝えているらしい、"アヤコ様には"ねっ!」
ソウタは、ビシッとオリエの顔を指差す。
"アヤコ様"とは、孤児となったソウタを、"さる人物"から引き取った女性の名だ。
正式な名前は、"ハクキノ"・アヤコ――ツクモにおいては、極々一部の身分の者に限られる"名字持ち"――そして、その名字からも解る様に、彼女は先の大戦でスヨウに敗れた、旧ハクキの国守――ハクキノ・ヤスミツの一人娘なのだ。
レンが、先に両親の事を語った際――
『両親は、"ハクキの息女様"に仕えていた――』
――という部分があったが、その"ハクキの息女様"というのは、アヤコの事を指す。
つまり、奇しくも、ソウタとレンの間には、そんな縁があったのだった。
「――それは、出来ない相談さね。
アヤコ様とアタシは無二の親友だし、そのおかげで、アンタは
アヤコ様は――おまけに、ウチの大事なお得意様だよ?、そのお客様に"ソウタが立ち寄ったら、様子はつぶさに報せてね"って、頼まれた以上――伝えないワケには行かないのよ♪」
イタいトコロを突かれたソウタは、バツが悪そうな表情で歯軋りを鳴らす。
「別に、伝えるのが悪いんじゃなくて……"妾を設けた"とか、誇大にハナシを盛って、手紙を送らんでよってコト!
娼街の用心棒をしていた時なんて、"報酬の替わりに、昨日はコッチの娼婦、今日はアッチの遊女と、毎日、屋敷に連れ込んで、乱痴気騒ぎの連続”なんていう、デマカセを送ろうとしていただろ?!」
「まあ、そういうコトもあったわね~♪、見つけたアンタに、書きかけの手紙を界気で燃やされてさ♪
アタシとアヤコ様の間柄なら、あれは冗談だって、容易に解るのにぃ――ムキになってさぁ」
「冗談の中身の問題だよっ!、中身のっ!」
ソウタは畳を叩いて、念を押す様にまた指差しをして、オリエの軽口に釘を刺した。
「――で、"他意無い人助け"をした刀聖サマは、この後――どう動くつもりなんだい?」
オリエは、話題を替え、ソウタの今後の動向を尋ねてきた。
「そうだねぇ……元々は、コウオウに野暮用があって、ヤマカキまで来てたんだから――とりあえず、その用を足しに、もう一度、コウオウに向かうつもりさ」
「――へっ?、これから……戦が始まるってのにかい?!」
オリエは驚き、さらに呆れて、ソウタに聞き返した。
「――まあ、俺が戦端を開いちまったモンだから、最低でも……様子を見とかないと、寝覚めが悪いだろ?
それに、ビンボー流者としては、
ソウタは、わざとらしく不敵な笑みを造って、手元の鞘をまた擦った。
それを聞いた、オリエは――
(――へっ!、今まで、一度も傭兵仕事なんて、請けたコト無いクセに。
刀聖らしい振る舞いをしてるって、アタシにもアヤコ様にも知られたくないんだろうから、まあココは、付き合ってやるかね)
――と、ソウタの本心を察し、不気味な笑みを見せた。
「……なんスか?、何か言いたげだけど?」
「い~やっ♪、ならさぁ……丁度、明日の朝、コウオウに向って出立する、ウチの商隊があるんだけど……その護衛衆に加われないかい?
護衛の仕事を請けてくれりゃあ、着くまで"三食付き"で、それなりの報酬も払うわよ?」
――と、意外な提案がもたらされた
「へ?、マジで?」
「一人で早駆けしたい――ってんなら別だけど、特に急ぐ用でも無いなら、その方がお得でしょ?
ビンボー流者の刀聖サマにとってはさ?」
オリエはまた、皮肉っぽくそう言った。
ソウタは、そんなオリエの皮肉に苦笑いを見せて――
「……わかった、やります」
――と、彼女からの仕事の依頼を了承した。
「よろしいっ♪、今晩中に、アンタが加わる旨を、商隊長への文書に認めておくから――今夜は、とりあえず身体を休ませて、明日から頑張って貰うよ」
「あいよ、よろしく頼みます」
アッサリと、ソウタと
「――ありがとうございましたぁ~、立派なお風呂に入らせて頂いて」
――と、入浴を終えたレンが戻って来た。
「おっ、アタシの若い頃の浴衣――ピッタリみたいだね」
オリエは、微笑みながら、レンが着て来た浴衣をジッと見詰めた。
湯上がりのレンは、川の水で雑に洗った時とは、また違い――肌の透明感が増し、その肌は風呂で温まったせいか、ほんのりとピンク色に染まっていて、胸元や首筋からは、ほのかに上気も発っている。
「う~ん……ちょっと大きいのかなぁ~?、レンは、全体的に小造りで、華奢に見えるものねぇ」
――と、言いながらオリエは、品定めでもする様にレンの身体を触り始めた。
「いえ――使わせて貰うだけでも、ありがた――きゃっ!?」
レンは、急に身を縮めて見せ、顔を赤らめながら、両手で上半身を覆うポーズをする。
「――おや、ゴメンゴメン。
華奢な肢体の割には、意外と"立派なモノ"も――」
「――オッ!、オリエさんっ!!!!」
レンが、オリエに"ナニをされた"かは、ご想像におまかせするとして――
「――ゴホンッ!!!、うっ!、ううっん!」
――と、女同士のじゃれ合いを見せられ、困った様子のソウタが、一つ二つと咳払いをした。
「?!、!!!!!!」
ソウタも側に居たコトに気付いたレンは、顔を真っ赤に紅潮させ、逃げる様に居間の端っこに身を隠そうとする。
「オリエさぁん――ヒドいですよぉ!」
レンは、情けない声を漏らし、オリエに抗議する。
「アハハッ!、若い娘と関わるのは、娼街の娘たちぐらいだからさぁ♪
同じ様に扱っちまったねぇ、悪かったよ」
「ううっ……」
レンは、へたり込んで、上目遣いにソウタの様子を伺う。
その眼差しに困ったソウタは、ポリポリと後頭部を掻いて見せて――
「――じゃっ!、俺も一つ、湯浴みと洒落込ませて貰おうかね」
――と、恥ずかしがるレンに気を使ってか、彼女に目線を向けるコトも無く、そう言い残して、風呂へ向かおうと腰を上げた。
――ソウタの足音が、浴室に消えるのを確認し、居間の真ん中に移ったレンは、髪の毛の水気を手拭いで摂りながら、ふと――
「――あのっ!、オリエさん……少し、よろしいですか?」
――と、文書書き換えの準備を始めたオリエを呼び止めた。
「――ん~?、なんだい?」
山積みの書類の中から、明日の朝に出立予定の商隊に関する書類を捜しながら、生返事気味にオリエは応える。
レンは――どうしても、言いたい事があるらしく、オリエが作業中なのも構わずに――
「大雑把な言い方ですけど、ソウタさんって……一体、何者なんですか?」
――と、ココに近付く度に膨らんで行った、ソウタの謎めいた正体について尋ねる。
「――えっ?、知らずに……ここまで着いて来たのかい?!」
オリエは驚いて、思わず書類を捜す手も止まって――
「――随分と豪気な娘……いや、不安でも、着いて来るしか無かったか」
――と、小さな声でつぶやきながら、レンの方へ向き直って身を正す。
「ソウタは――当世の刀聖様だよ」
「――っ!!!!!!!、えっ……?!、とっ!、刀聖――様ぁっ!?」
レンは、驚きのあまりに、一瞬、声を失い――振り絞る様に、その二言目を口にした。
「――アイツ、人前では、光の刀を抜かない様にしているらしいしねぇ。
オマケに、あのみすぼらしいカッコじゃあ――誰も気付かないわよね」
オリエは、そう言ってまた、苦笑いを見せ、ソウタは7歳の時分に両親を野盗に殺され、その際、先の大戦に現われた事で、広く知られる
更にその縁で、アヤコの下から旅立った後、自分が屋敷の一室を定宿として提供している事。
この街の娼婦たちとは――彼女たちと交流がある自分が、彼女たちに狼藉を働く輩を"シメる"ために、用心棒を頼んだ縁がある事、などをレンに語って聞かせた。
「――でも、アイツに、"刀聖として接する"のは……良くないよ?
アイツは"刀聖"っていう、この世界じゃ現人神や稀代の英雄みたいに扱われる、この"通り名"を――大層、嫌っているからねぇ……」
「えっ、どうして……ですか?」
「さあ?、その理由は、アタシにも話さないしねぇ……アヤコ様なら、何かを知っているらしいけどさ」
オリエは、口を尖らせ、風呂に通じる廊下の方を睨む。
同様に、そちらへ目線を送りながら、レンは呆けた表情で――
(――村から出たコトすら無い、私の様な田舎娘じゃ……おっ!、お話の規模が大きすぎて、全然、実感出来ないよぉ~っ!)
――と、ついに聞かされたソウタの正体は……彼が、どれだけ自分の理解を遥かに超えた、傑出した人物である事を改めて悟っていた。
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