発端

「――大方、片付いたか?」


「はい、生きている村人はほとんどいません。


まあ、まだ"下の方"を味わっている若い者も、居る様ですが……」


立派な甲冑を身に付けた、少し恰幅の良い中年の男の問い掛けに、部下らしい痩せぎすの男は下卑た笑いも込めてそう答えた。


「ふんっ。


この辺鄙な国境くにざかいに居ては、遊郭にも行けず、娼婦とて思う様には居らんからなぁ。


若い奴らの気持ちも、解らんではない」


中年の男も、下卑た話題を交えて返す。



――ここが、女が話していたヤマカキ村。


この二人は、風体から察するに――先程の女を襲っていた、侍2人の上役の様である。



「――とは言っても、そろそろ任務しごとを終えねばならん。


順に、建物へと火を放てぇぃ!、中で"コト"に及んでいる者どもは、焼け死にたくなければ悦もここまでぞっ!」



中年の男が手を挙げ大声で叫ぶと、一斉に弓を携えた10名ほどの兵が、矢をつがえ始めた。



「良いかっ!?、証拠は一切残すなよぉっ!、これは極秘任務……我らは、ココに居ては成らぬ者なのだからなっ!!!」


痩せぎすの男がそう号令を掛けると、弓兵たちが徐に矢尻を握った。



――すると、弓兵たちの手の平がボォッ……と赤く光り、尖端に火が点いた!



弓兵が、キリキリと弦を引き、その不思議な火矢を、建物に放とうとした――その時っ!



――ビュンッ!



――と、小さな礫の様な形をした、これもボォッとした"光弾"が如き飛礫が、弓兵に向けて飛んで来た。



ズドンッ!



「――ぐわぁっ!?」


――その"光る飛礫"が弓兵の胸に直撃し、当たった部分の胸当ては抉られ、その下を鮮血に染めた。



「――っ!?、なんだ?!」


中年の男は驚いて手を下げ、他の弓兵も最大限の警戒を示して、辺りを見渡す。



すると、ガサゴソと茂みが揺らぎ、その中から――


「――おっと、燃やされるワケには行かねぇな。


生存者が居ねぇとも限らんし、様子を見て来てやると言った手前、証拠が残ってねぇと説明し難いしねぇ」


――頭髪をポリボリと掻きながら、先程の若い男が、刀の峰を肩に乗せて現れた。



「なっ!、何だ、貴様は?!」


中年の男は刀を抜き、それを指し棒の様に振りかざして、若い男に切っ先を向ける。



「――『てめえ』と『貴様は』の違いだけで、後は同じセリフを吐くなんて、おたくの部隊じゃ、ソレ、流行ってんのかい?」


若い男はそう茶化して、中年の男の胸と首筋を順に指差し――


「――自国の村を襲わせた、スヨウの隊長さんよぉ?」


――と、"凄み"も交えて、ギロッと睨みながら言った。



ちなみに――若い男が指差した場所には、先程の連中と同じく鳳凰の紋、首筋には――何やら、階級章の様なモノが彫られている。



「――っ?!、貴様ぁ……!」


中年の男は、それにたじろぐ事も無く、真っ直ぐに若い男を睨み返す。



「――へぇ、階級持ちともなれば、雑兵とは肝っ玉が違うねぇ」


若い男はペロッと舌を出し、不敵な笑みを見せた。



「何者だと問うているのだっ!?、、小僧ぉっ!」


その笑みにイラッと来たのは、中年の男の方ではなく、痩せぎすの男の方だった。


痩せぎすの男も刀を抜き、中年の男を遮る様に立ち塞がった。



若い男は、不敵な笑みのまま、小馬鹿にするかの様にその問いに答えた。


「――俺か?、俺は……しがない旅の流者よぉ~♪、この騒ぎで、眠りを妨げられたな」


若い男はまたも頭髪を掻き、あからさまに不機嫌な態度をする。



「その流者が何の用だ?、しかも、界気かいきまで使って。


そんな陳腐な理由で、このスヨウが軍の一隊を相手に、一人で立ち回る気か?」


痩せぎすの男は、嘲笑うかの様にそう言うと――


「――この小僧も始末しろ!


村の者ではないが、この様を見られた上に、我らが正体にも聡く感づいているとあっては、生かして置けんし、その小生意気な態度も気に入らん!」


――と、振り向きながら手を挙げ、兵たちに号令を掛けた。



その号令に応じる様に、近くに居る弓兵たちも抜刀し、周りからはぞろぞろと他の平侍も集結し始める。


その人数は、ざっと30人――なるほど、たった一人の若い男に向けて、自身満々で対処している姿に沿う人数を揃えている。


号令に驚いたのか、中には腰ひもを締めずに駆けつけて来た者も居た――恐らく"お楽しみ"の最中であったのだろう。



若い男は、先程と同じく緩んだ腰ひもを見て、嫌悪感タップリの表情を見せた。


更に……今度の連中は、血に染まった刀も総じて提げている。


想像出来るのは、凌辱コトを終えた後か、凌辱コトの最中に、その相手を殺したのであろう。


若い男の表情は、その刀を見て、嫌悪を通り越し、怒りと侮蔑に満ちたモノへと変わった。



それに気付かない、痩せぎすの男が、背を向けたまま――


「――殺れ、それも、皆でなぶってなぁ♪、


陳腐な正義感から関わってしまった事を、冥土で悔いる様にっ!」


――キザにそう言ったのと同時に、兵たちは一斉に若い男に斬りかかった!



ズシャッ!



「――ぐわっ!?」



ズバッ!



「――ぎゃあっ!」



「……ふふ、飄々と小生意気な態度をしているからだ♪」


痩せぎすの男は、完全に勝ち誇った顔で、後ろで起こっているであろう事を想像していると――


「……ん?、隊長?、どうかされたんですか?」


――目の前にいる、中年の男の顔が、みるみる青ざめて行くのを見て、不思議そうに尋ねた。



「――ふっ!、振り向いて見ろ!」


中年の男は、声を震わせてそう言った。



「――えっ?」


痩せぎすの男が振り向くと、確かに想像していたとおりに、死体が無惨に転がっていた――ただ、それは、件の若い男のモノではなく、7~8人の侍の死体が。



「――っ!?、なっ……!」


痩せぎすの男はあんぐりと口を開けた。


「二振りだ……たった二振りで、あの人数を一辺に薙ぎ払ったのだ!」


中年の男は顔つきを豹変させ、震えながら身構える。


集まった兵たちも、今の光景に戸惑い、一気にオロオロと浮き足立った。



更に、若い男の刀からは、何か湯気の様な煙がまとわりついていて、それも先程の礫と似た光りを放っている。



「なっ……?!」


痩せぎすの男は想像と違う光景に驚き、言葉を失なう。


「今のは――界気、なのかぁ……?、それにしても、あの様な……」


中年の男は驚嘆して、目を見張っている。


「ひっ!、怯むな!


長けた界気使いだとしても、所詮は一人っ!、一斉に掛かれば、たわいも無いはずだっ!」


痩せぎすの男が怯えながらそう叫ぶと、兵たちも意を決して臨もうとするが――若い男の反応の方が速かった!



――ズバッ!



「――ぐうぉぁ?!」


若い男は、まるでフラメンコでも舞うかの様に流麗に動き――



ザシュッ!



「っ!?、ぬぐぉあ!」



――次々と、兵たちを斬り伏せ、蹂躙した。



「くっ!、くそぉっ!」


接近していてはラチが開かないと、一旦退き、弓を取ろうをした者や――


「うっ!、うわぁぁぁっ!」


――と、若い男の強さに恐れをなし、逃げ出そうとする者には――



――ボアッ!、ビュンッ!



――空いている左手の指先から、先程の『光りの飛礫』を生成して放つ!


「ぐわっ!」


「ぎゃあっ!」


――集結していた兵たちは次々と倒され、斬り合いの喧騒は、30秒余りの短時間で終結した。



若い男は一つも息を乱さず、ケロッとした表情で、また、ポリボリと頭髪を掻き、首を傾げる。


「あ~あ、枝の上で寝てたからか?、動き難いなぁ」


――などと言って、軽いストレッチまで始めた。



「なっ!?、なんなのだっ!、この小僧は……」


痩せぎすの男は、目の前で起きた出来事を上手く理解出来ず、呆然と立ちすくむ。



――ガシャッ。



すると、中年の男が痩せぎすの男の肩を掴んだ。



「――覚悟を決めよ、こやつからは逃げられんし、我らでは恐らく……勝てんっ!」


中年の男は険しい表情で、痩せぎすの男の瞳を見詰める。


「我らが、ここで果てても……我らの"成した事"は、決して無駄ではなかったと、後世が必ず示してくれようっ!


ならば、全力で戦い、憂い無く、果てようではないか!」


中年の男は意味深な笑みを見せ、若い男と直接対峙した。


その表情を見て、痩せぎすの男は全てを察し、中年の男と並んで若い男と対峙する。



「――へえ?、顔付きが変わったね。


ただの兵たちの欲求ガス抜き……じゃあ、ねぇってコトかい」


若い男も、二人の覚悟を察し、柄を握り直す。



「――なら、コッチも、その覚悟に適う殺し方をしなきゃなぁっ!」


若い男がそう言って、刀の柄を強く握ると――なんと!、刀の刀身が外れた!



「――さあっ!、てぇっ!、とぉ!」


若い男がそう言って力を込めると、外れた刀身と入れ替わる様に、刀身の形をした光りが、柄からぬうっと伸びた!



「――っ!?、こっ!、これはまさかぁ!?」


痩せぎすの男は、今までで一番驚いた顔を見せ――っ


「――はっはっはっ!、なるほど、勝てぬワケだ!


我らが相手にしていたのは、古より伝わる存在――"刀聖"だったとはなぁっ!」


中年の男は達観し、そう豪放に笑った。



「冥土で自慢すると良いさ……『俺は、光の刀で斬り殺されて来た』――ってなっ!」


若い男は、その光る刀を躊躇う事無く振るい、二人を一刀の下に斬り伏せた。






「――おいっ!、誰かっ!、生きている者は居ないか!?」


――その後、若い男は懸命に生存者を探したが、村中を隈無く探しても見つかるのは遺体ばかりだった。


結局、生存者を見つけるには至らず、若い男は、大木の根元で素直に待っていた女の元に戻った。



「あっ!、むっ、村の様子は……?」


女は僅かな期待も込めて、若い男に問いかけた。


「――ダメ、だったよ。


俺が着いた時には、焼き払おうって寸前だったからなぁ……連中を片付けた後に、隈無く探したけど、生きている者は……」


若い男は首を横に振り、残念そうに項垂れた。



「――でも、かたきは討った。


それを、"慰め"とさせてくれ……」


「――そう、でしたか……うっ、ううっ……!」


女は表情を曇らせ、瞳からはポロポロと涙を落とした。



――若い男が口走った"連中を片付けた後"とか"敵は討った"とかの、フツーなら信じられない事柄は、極度の恐怖で、平常な感覚が麻痺している、女の耳には入らなかった。



「――じゃあ、とりあえずコイツの背に乗りな」


若い男は突然、脈絡も無く馬の背を指差し、女へそう言った。



「後発の部隊から、追っ手とかが掛かるかもしれねぇから――出来るだけ、ココからは離れた方が良い……解るね?」


若い男が険しい表情で言ったからか、女は疑う事なく首を縦に振り――


「はい」


――と、これも素直に、若い男の手も借りて、女は馬上の人となった。



若い男も女の前に跨がり、馬の手綱を握る。



そして――ふと、女の方に振り向いて――


「俺の名前は"ソウタ"――で、この馬は"テン"、よろしくな」


――、遅ればせな自己紹介をした。


女も、思い返してみれば、名乗っていない事に気付き――


「あっ!、私は"レン"と言います」


――慌て気味に、そう名乗った。



「そっか――じゃあレン!、しっかり掴まってろよ?」


「はいっ!」


そう言ってレンは、力を込めてソウタの腰に抱き付く。



ソウタがテンの横腹を一蹴りして合図を送ると、二人を乗せたテンは反応良く駆け出した。

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