Episode37.助けに来てくれたのは…… -暗黒竜④-


 ニーナと一緒に馬で駆ける。

 セロースがいる畑へ。

 ここは結界の外側だ。

 早くセロースを見つけて連れ戻さなければ、いつ魔獣に襲われるか分からない。

 

「セロース先輩っ!」

「ロサミリスさん、ニーナさんまで!?」


 地面に木の杭を打ち付け、そこに魔獣除けをつけているセロースがいた。

 土と汗にまみれているセロースに近づき、強く抱きしめる。


「先輩が無事でよかった」

「ロサミリスお嬢様、長居は無用です。早く戻りましょう」

「ええ、そうね」


 セロースが畑を守るためと言って取り付けた魔獣除けは、騎士団の結界石に比べて平民でも買えるような安価なもの。物理的な結界を張れるわけではなく、液状魔獣スライムといった下級魔獣を近づけさせない程度の効果しかない。


「ちょっと休憩しましょうっ! ロサミリスさん、すっごい汗をかいてますよ!?」

「そう、ですわね………申し訳ございませんセロース先輩、お見苦しい所を」


 ふぅと息を整え、太ももに忍ばせておいたモノを取る。

 

(ジーク様からいただいた騎士様用の携帯魔力補給剤。こんなところで役に立つなんて。本当に、ジーク様には感謝だわ)


 ここに来る前、馬車から持ってきた。

 飴玉サイズで見た目は白く飾り気がない。

 口の中に入れてがりっと噛むと、吐き出しそうなくらいの苦みを感じる。

 眉一つ動かさず飲み下すと、魔力が行き渡って息苦しさがなくなった。


「セロース先輩はニーナの馬に乗ってくださいませ」


 セロースを馬に乗せ、ロサミリスは自身の馬に乗る。

 

「ロサミリスさんとニーナさん、馬にも乗れるんですね……」

「嗜む程度ですわ」


 ────そのとき。

 低く鈍い雄たけびが辺りにこだました。二頭の馬が興奮して前足を高くあげる。ロサミリスはとっさに手綱を引いて馬を鎮めたが、反応できなかったニーナとセロースが小さな悲鳴をあげて落馬した。


「馬が!!」


 ニーナとセロースを乗せていた馬が走り去ってしまう。

 ああなってしまえば、しばらく捕まえるのは無理だろう。


(地響き…………? それにこの鳴き声、まさか……)


 まるで魔獣の軍勢が走ってくるような、そんな地響き。


「そんな、嘘……」


 向こうからやってきたソレを見て、セロースは呆然と声を出した。

 体長10メートルは優に超す巨体。

 びっしりと鱗に覆われた黒い体からは、見ただけで悪寒が走るような真っ黒い瘴気が溢れ出ている。


暗黒シュヴァルツドラゴン……」


(あれがそうだって言うの!?)


 事務部で見てきた魔獣とは訳が違う。

 あれが災害級。

 町一つを滅ぼすと言われる破壊者の存在感──


(あんなもの、近づかれただけで生命力を吸い取られるんじゃないの?)


 魔獣が生命力を吸うというのは、にわかに信じられなかったが、本物を見せつけられると信じるしかない。


「ニーナ、セロース先輩をこちらの馬に乗せてちょうだい」

「三人乗りは無理です」

「わたくしが下りるわ」


 ロサミリスには、ニーナをここまで連れてきてしまった責任がある。

 だからニーナには、セロースと一緒に町に戻ってほしい。

 馬であれば、あの魔獣から逃げることが出来るだろう。


「お嬢様、まさか囮に」

「死ぬつもりなんて到底ないから安心してちょうだい。あなたたちが動いたら、救援信号をあげるわ。きっと騎士の誰かが気付いてくれるでしょう」


 ニーナとセロースが再び馬に乗ったのを見届ける。


「行きなさい」

「お嬢様、お嬢様っ!!」


 馬のお尻を叩くと、馬がいななき声をあげて駆けていく。

 かなり距離が広がったところを見届けて、魔法の花火を天高く打ち上げる。騎士ならば、これが救援信号であり、かつ、強い魔獣がここにいるという事が伝わるはず。誰かが気付いてくれればいいのだけれど、救援に駆け付ける前に、アレに追いつかれたらアウトだ。


 暗黒シュヴァルツドラゴンの目が、ロサミリスの姿を捉えた。

 黒い息を吐きだし、鋭い爪で土をぐいっと抉る。

 しばらく睨むような時間が過ぎて、急に暗黒シュヴァルツドラゴンが走り始めた。


 ロサミリスも逃げる。

 能力上昇ブーストを足にかけて、全速力で走った。

 しかし、ロサミリスは魔力量が少ない。

 すぐに魔力が尽きてしまう。


(補給剤を…………っ!)


 補給剤を呑もうとしたとき、ロサミリスはバランスを崩した。

 最後の魔力補給剤を落としてしまった。運悪く、すぐに見つけられない。


「しまったっ!」


 この場でうずくまっていれば、暗黒シュヴァルツドラゴンがやってくる。ルークスのように、瘴気を浴びて、意識不明の重体になるかもしれない。体が動かなくなって、入院ということもありうる。

 最悪、死ぬ──

 

(死ぬつもりなんて、到底ないわ)


 手を伸ばす。

 なけなしの魔力をこめて、風の魔法を生み出した。


 ただ、それだけ。

 ロサミリスの魔力量では、この程度の魔法しか生み出せない。


 悔しさのあまり、強く奥歯を噛んだ。

 

 ロサミリスの視界の端で、美しい金色の髪が靡いた。

 暗黒シュヴァルツドラゴンは警戒するように立ち止まり、辺りを見渡した。その刹那、特大の火炎弾が暗黒シュヴァルツドラゴンの横腹にぶつかった。

 炎はじりじりと体を炙り、暗黒シュヴァルツドラゴンは痛みのあまり鈍い咆哮をあげる。

 間髪入れず、火炎弾がものすごい速度で直撃し、勢いを殺しきれなかった暗黒シュヴァルツドラゴンは大きく横に吹っ飛ばされた。


「────借りを返させてもらう」


 炎の着弾音が響く中で、聞き覚えのある男の声が聞こえた。

 土を踏みしめ、誰かが駆けた。

 ロサミリスと暗黒シュヴァルツドラゴンの間に、深緑の瞳に剣呑な光を宿した彼が立ち塞がる。無造作に、彼は手を伸ばした。


ぜろ」


 ────大爆発。

 轟音が辺り一帯に響き渡り、炎が天に向かって伸びていた。獣が焦げる臭いが周囲に立ち込め、そこでようやく、ロサミリスは目の前にいる人物が誰なのか理解した。


「う、…………そ」


 手を差し伸べられたロサミリスは、呆然と呟く。


「遅くなってしまってすまない。怪我はしていないか、ロサ」

「ジーク様…………」


 優しい笑みを浮かべて、ジークはそっとロサミリスを抱きしめた。


「間に合って良かった…………」

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