Episode36.「「魔獣どもからロサを守るとしようか」」-暗黒竜③-



 山から、魔獣が下りてきた。

 町の人々は混乱していたが、オルフェンが連れて来た騎士達の尽力によって、安全な場所に避難している。

 ジークとサヌーンが立っているのは、結界石よりも少しだけ外側の部分。

 町は結界石の結界によって物理的に守られているが、この結界は万能ではない。強い魔獣に何度も攻撃されると壊れてしまうし、そうなれば魔獣が一気に町になだれ込んでくる。

 すぐ後ろの医療用天幕テントにはロサミリスもいて、この結界は絶対に死守しなければならない。


 そんななか、騎士服を着ていない二人の姿を認知した周りの騎士達は、囁き合っていた。


「おい、あれって……」

「ああ。間違いない、ラティアーノ次期伯爵、サヌーンルディア卿だ……!」

「え!? あの、師団長が直々に『第七師団』に勧誘したって噂の? サヌーンルディア卿一人で、一個中隊ほどの力があるって聞いたけど……!?」

「ああ。間違いなく帝国屈指の剣豪だ。しかも、腰に提げている《竜の剣》は、代々ラティアーノ家が持っている魔導剣。竜の鱗と血液、コアを鉄で打ち付け、魔力伝導率を桁違いにアップさせているらしい。対魔獣戦闘において、古い武器なのに今でも最強級トップレベルに位置付けられている」

「すっげえ!! ……ってそういえば、隣にいる金髪の男って……」


 一見すると何も武器の類を持ち合わせていない金髪の男。

 立ち姿に無駄がなく、サヌーンの隣にいても遜色がない。

 明らかに手練れだと騎士二人も推測したが、あいにくサヌーンのように公衆の面前で戦ったことがないため、すぐには分からなかった。


「分かった、ジークフォルテン卿だ」

「ジークフォルテン卿? ロンディニア公爵家の嫡男か?」

「遠目だが、舞踏会で見たことがことがある」

「戦えるのか……?」

「分からん……」


 そんな二人の騎士の声を。

 聞こえないフリをしていたサヌーンは「やれやれ」と肩をすくめていた。

 ジークとサヌーンの二人は何度か面識がある。

 ただ、互いにロンディニア公爵とラティアーノ伯爵の次期当主を背負う身だったため、忙しく、また年齢も二つ違うため、話した回数は数える程度。


 サヌーンはサヌーンで、ジークの事は『大好きな妹を奪った男』だと敵視しているし、ジークはジークで『妹離れできない妹信者シスコン男』だと認知している。


「ロサにぞっこんな男の隣で剣を振らないといけないとは、世の中退屈しないね」

「嫉妬ですか」

「嫉妬だとも」


 相変わらず仏頂面のジークに対し、サヌーンは薄く笑みを浮かべる。

 なにせサヌーンにとって、ジークは興味の対象だから。

 確かにロサミリスの隣を奪った男だが、噂程度でしか聞かない彼の魔導師としての実力にはとても興味がある。転移魔法を使える時点で、ジークの魔力量は上位の宮廷魔導師並みと思っていい。


「ジークフォルテン卿、魔獣との戦闘経験は?」

「…………一度だけ。

「それは結構。死線を潜り抜けたのなら、心得というものが備わっているからね」


 サヌーンの砕けた口調に、ジークが何かを言う事はない。

 サヌーンは竜の剣を抜く。


 ──二人の視界に、魔獣の軍勢が映った。


 昨夜、オルフェンからサヌーン宛に届いた報せによれば、山で確認された魔獣の反応は約数百にのぼるという。黒点は現在も町に向かって進行中、それに釣られた下級魔獣だってぞろぞろやって来るに違いない。

 

 農作物への影響も考えれば、殲滅こそ最低限ノルマ

 一匹たりとも町、しいては後ろのテントには近づけさせない。

 

「「さて」」


 サヌーン婚約者ジークは、同時に息を吐いた。



「魔獣どもから『大好きな妹ロサ』を守るとしようか」

「魔獣どもから『愛する女性ロサ』を守るとしようか」









 医療用天幕テントの中で騎士たちの手当てをしていたロサミリスにも、地響きのような魔獣の足音は聞こえていた。周りの医者たちが震えている。数分と経たぬうちに、騎士の一人が勢いよく天幕テントを開けて、声を発した。


「治療を行っている職員の方々、避難を開始してください!」


 後方へ退がるということ。

 それだけ魔獣達が近づいているのだ。


(ジーク様とサヌーンお兄様はきっと大丈夫のはず……)


 胸に手を当て、落ち着くのを待つ。

 そうしていると、再び天幕テントに誰かが飛び込んできた。上級給仕服を着て、誰かを探すように茶髪を左右に揺らしている少女は、やがてロサミリスを見つける。


「ロサミリスお嬢様!」

「どうしたの、そんなに慌てて……」

「お嬢様、服に血が……」

「大丈夫よ、これはわたくしの血ではないわ。怪我人の手当てをしていたの。それよりどうかしたのかしら? もしかしてセロース先輩、まだお帰りではないの?」

「いえ、セロース様はロサミリスお嬢様がこちらの医療用天幕テントに向かわれた後すぐに、お戻りになられました」

「良かったわ。それで、セロース先輩とルークス君はもう避難したの?」

「それが、避難する途中にセロース様が畑に魔獣除けを張りたいと言って……」

「行ってしまわれたの?」


 セロースの畑は、亡くなった父親から受け継いだものだと聞いた。今までルークスと二人、その畑の野菜を育てるなどして食い繋いできたのだろう。彼女にとって、畑はとっても大切なものなのだ。


「ルークス君はもう避難したのね」

「もちろん、避難場所まで付き添いましたから。ルークス君の知り合いの女性がおられて、その方に見ていただいております」

「じゃあ、ニーナは戻ってちょうだい」

「お嬢様、まさか行くつもりですか!?」


(ドレスだと、もし走る羽目になったときが辛いわね)


 ニーナの焦る声を聞きながら、ロサミリスははさみを取り出した。ドレスの裾を、躊躇なく切っていく。足を見せるのは淑女として宜しくないが、緊急事態のため仕方ない。


「あら、意外と可愛いじゃない」


 丈の短くなったドレスは、人によって破廉恥に映るだろう。

 予想通り、ニーナも顔を青くして首を左右に振っていた。


「なりません。セロース様の捜索なら、ニーナ一人がいれば充分です。ロサミリスお嬢様は避難を!」

「なら一緒に来てくれるかしら?」

「え…………」


 ロサミリスは「ふふっ」と微笑みを浮かべる。


「わたくしはセロース先輩の畑の場所を知っているわ。ニーナが一人で行くなと言うのなら、一緒に行けばいいのよ。何かあっても、二人なら一方が助けを呼べるでしょう?」


 ニーナは、目を閉じた。

 最上級の敬意を込めて淑女の礼カーテシーをする。


「お嬢様の仰せのままに」

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