Episode38.敵いっこない(オルフェン視点)



 魔獣の襲撃事件を、暗黒シュヴァルツドラゴンの仕業だと騎士団は結論付けた。強い魔獣は弱い魔獣を従えさせることが出来る。住処から出た暗黒シュヴァルツドラゴンが町への進行を開始したせいで、今回のような魔獣騒動が起きてしまった。


 幸い、町への被害は最小限に食い止められた。死傷者どころか中重傷者も出ていないのは、町を守るために尽力した騎士達がいたからこそ。途中参加のサヌーンルディアや、ジークフォルテンの活躍も見逃せない。


 特にジークフォルテンは、帝国屈指の剣豪であるサヌーンと隣に並んでも、遜色ないほどの働きを見せた。彼がひとたび魔法を放てば、何十もの魔獣が一瞬で屠られた。周りで見ていた騎士たちは唖然としたあと、怒号のような大歓声をあげたという。今でも騎士たちの間では、ジークフォルテンの実力がとんでもないものだと噂になっている。


 応援要請を受けて騎士団がやってきた頃には、大方の魔獣が討伐されたあとだった。ちなみに二人には、後で騎士団から正式な謝礼が支払われる予定である。


 自ら率先して怪我人の手当てをしていたロサミリスにも、医師団からの感謝状が届けられた。若いのに手際がよく、冷静な判断が出来ていたと、治癒術師のリーダーも誉めていたという。


 事件が起こってからすでに一日が経過している。

 壊れてしまった柵の修理などで、町は後片付けの真っ最中。騎士団員とともに、人々は忙しなく動き回っている。


 サヌーンはすでにこの地を去った。

 ロサミリスの見舞いをしないのかと騎士に尋ねられたとき、彼は「婚約者に任せた」と笑っていたという話だ。

 

(さて、と……)


 オルフェンは、医務室で眠っているロサミリスのもとへ向かっていた。

 彼女が暗黒シュヴァルツドラゴンに襲われる直前に助けたのが、ジークフォルテンだ。彼女自身に大きな怪我はなく、魔力切れによる体力消耗が激しいと聞いたが、命に別状はないらしい。オルフェンはほっとした。


 彼女の事に対しては、完全に後手だった。

 守ると言っておきながら、現場指揮に手一杯で彼女の事を放置した。

 オルフェンは悔いた。

 お見舞いと謝罪の言葉を言うつもりで、会いに行く。いつもの調子で茶化してしまうかもしれないが、それはご愛嬌ということで。


 そうすればあの少女は、どんな反応をするか。

 

「──そうですの。では、みなさん元気で。誰も亡くならなかったのは不幸中の幸いでしたわね」

「ああ。タイミングが良かったな。俺もサヌーンルディア卿もいたし、オルフェンだっていたからな。本当に、奇跡のようなタイミングだ」


 扉の向こうで、ロサミリスとジークの話し声が聞こえる。

 そのまま中に入れば良かったのだが、オルフェンは立ち止まってしまった。


(僕は何をしてるんだ……? ロサミリス嬢と婚約者のジーク君が一緒にいるのは、当然じゃないか)


 足が鉛のように重く、扉を開ける手を止めてしまう。

 中に入ることも、ここから立ち去って時間を改めることも出来ず、オルフェンは奥歯を噛んだ。


(情けない……)


 間違いなく、これは未練だ。

 彼女が、もしジークから酷い扱いを受けていたら。

 ジークがいつも周りの女性に対してしているような、無感情な目で彼女を見ていたら。

 そうすればオルフェンは、堂々と彼女の前に立ち、ジークを殴っていただろう。婚約破棄を促し、彼女を蕩けるまで甘やかし、愛の言葉を囁き続け、彼女の心を自分一色で染め上げていただろう。


 彼女から前世の記憶があると聞いた時は、本当に驚いた。その記憶によると、ジークが魔獣に襲われて重傷を負うという。だから、魔獣の手から彼を救う手助けをしてほしい、と。 

 彼女の、深い海を宿したような青い瞳は、高ぶった感情を表すように紫がかっていて。

 その言葉に、嘘はないと確信した。

 そしてそれを、ジークには話していない事を聞いて、本当に嬉しかった。

 自分だけが知る彼女の秘密。

 例え、あとでジークにも話す事だとしても。


 今は、……今だけは自分だけが彼女の秘密を知っていると。


 それに、協力することで、彼女と過せる時間を増やせると思った。

 そんな下心も大いにあったが、実際そうなった。

 魔獣の情報交換を何度かして、セロースの弟のお見舞いに行くなら一緒にと、いつもは使わない騎士公爵の権力をフル活用して、二人きりじゃないにしろ堂々と街で散策デートして。


 楽しかった。

 この時間がずっと続けばいいのに、と思っていた。


(あーあー。…………あんなの、敵いっこないな)


 扉の隙間から見える、二人の表情。

 ロサミリスは、まさに愛する男を見る目をしていて。

 ジーク自身も、熱の入った瞳で彼女を見ている。


(相思相愛…………か)


 オルフェンは、持っていた薔薇の花束を床に置き、何も言わずにその場を去った。



 外に出たオルフェンは、走って来たセロースとぶつかりそうになった。

 金髪碧眼で、そばかすまじりの可愛らしい女性。知的なロサミリスとは対照的で、可愛さ満点なのが彼女の特徴。ふんわりなびく金髪から、微かな甘い匂いがした。


「ご、ごめんなさい!」

「いいよいいよ、気にしないで。それより今ロサミリス嬢に会いに行くのはやめたほうがいいよ」

「ロサミリスさんまだ眠っていらっしゃるんですか?」

「いいや、起きてるよ。でも今はタイミングが悪いね」

「そうなんですね。 ルークスがコルとロンについて話があるから、今話してもいいかって聞きに行こうと思ったんですけど……」

「え、あの魔獣二匹にそんな名前があったの」


 オルフェンは、ルークスの言っていた魔獣の名前を知らない。

 知っているのは、まるで狼みたいな毛並みでもふもふしているな、という事だけ。あの感触を思い出すと、もう一度触りたくなる。


「はい。私もどんなことを話す予定なのかは知らないんですけど」

「そっか。ま、もうちょっとだけ待ってあげてよ。ロサミリス嬢は婚約者殿とお話し中だから、ね」

「まあそうだったんですね。それはお邪魔になりますね……」


(前から思っていたけど、よく笑う子だな……)


 年齢は自分と同じ15歳だとロサミリスから聞いたことがある。

 思ったより身長が高いため、オルフェンと並ぶと目線が同じくらいになる。

 笑顔が可愛らしい。


「そうだ、ロサミリスさんが来るまで、ルークスと一緒にお茶しませんか? 前にニーナさんに焼いてもらったお菓子が美味しくて、私も挑戦してみたんです。向こうで食べましょう。あとでロサミリスさんもお呼びしますね!」

「え、家から持ってきたの?」

「さっき焼きました。騎士団のみなさんにもおすそ分けしています。とても喜んでくれましたので、ぜひオルフェン様も」


 魔獣に襲われて、怖い思いをしただろうに。

 彼女は騎士団の人々を労うために、全員分の焼き菓子を焼いたという。


「それに、前に私にケーキを差し入れしてくれましたよね。そのお返しをし忘れていたな、と。あ……これだと、ついでみたいですよね。ごめんなさい、私って失言が多くて……それでよく怒られちゃうんですよね」

「謝らなくてもいいよ。僕は気にしないから。うん、じゃあ貰おうかな」

「ええ! きっと美味しいですよ」


 オルフェンは小さく笑った。

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