Episode34.危険だからと尻尾を巻いて逃げることなどありえません -暗黒竜①-



 時は少しさかのぼる。

 日付変更前──

 天幕テントの中では、オルフェンを始めとした数名の騎士たちが険しい顔をしていた。


「この反応は、本日の夜明け前に現れ、非常にゆっくりですが町へと進行を開始しています。周辺には、引き寄せられているのか下級魔獣の反応もあります。いま、先遣隊に確認を急がせているところです」

「運がいいのか悪いのか。しっかしまぁ、これだけの反応をよく一年も隠せていたよ」


 オルフェンが見ているのは、第七師団が魔獣探知に使用する円盤状の魔導具だ。中心点から半径10キロ圏内の魔獣の反応を座標として表示する。魔獣討伐には欠かせない必須魔導具マストアイテムである。


 その魔導具には、数十匹は優に超える魔獣の反応が示されていた。下級魔獣は決まって群れを作り、その土地を瘴気で汚しながら山から町へ下りてくる。魔獣に対処する精鋭部隊がオルフェンの所属する第七師団であり、このような事態には慣れている。


 なのだけれど、オルフェンが苦笑いを浮かべるのには別の理由があった。


 下級魔獣と思われる小さな点の中心に、とりわけ大きな黒点がある。

 間違いなく災害級魔獣だ。

 強い魔獣は下級魔獣を引き寄せ、従えさせることもある。無数の下級魔獣が大きな黒点に向かって集まっているのが、まさにその証拠だ。


暗黒シュヴァルツドラゴン…………もしかして地中に潜ってたんじゃないか?」


 潜られたら、まず見つからない。

 魔獣探知の魔導具は地中まで感知できない仕様だ。


「探索が目的だった任務が急に討伐になるなんて……」


 幾度となく騎士として討伐任務に参加経験があるオルフェンでも、現場で指揮官として任務を遂行したことなどない。経験も実力もまだ伴っていないのだ。

 けれど、この調査隊を引き連れてきたのはオルフェンだ。ここにいるみんな、オルフェンこそ今回の現場指揮官として相応しいと思っている。


(僕が討伐指揮を執るのか……)


 オルフェンは顔を上げた。


「魔獣達が山を下りてくる気配はないけど、万が一ということもある。町長に連絡して、有事には避難できるよう事前に話しておいてくれ。魔獣除けの結界石の準備、このあと僕が言う場所に設置を頼む。さらに騎士団本部への連絡と応援要請に応えられるように準備していてほしい。あと、シェルアリノ騎士公爵、ラティアーノ伯爵か次期伯爵にも伝達をお願いしたい」

「ラティアーノ伯爵ですか?」


 指示に対して各々動いていく中で、一人の騎士が疑問を呈した。

 オルフェンは頷く。


大事な女性ロサミリス嬢を預かっている身だからね。連絡するのは当然さ。彼女にはすぐにこの場を離れてもらう」

「仰せのままに」


(せっかくの散策デート、あと半日くらいは楽しみたかったんだけどね)


 オルフェンは残念に思いながら、夜の星空を見上げる。

 ロサミリスは、夜が明けたらこの町から離れてもらうつもりだ。





 ◇





 ロサミリスがセロースの家に帰った瞬間、鼻をすすり続けるニーナが飛び込んできた。


「どうじでニーナを置いて行ったんでずがぁ!!」


(か、顔から出るもの全部出てるわ……)


 いなくなったのはほんの30分ほど。

 でもニーナにとったら、起きたら主人がいなくなっていたのだ。不安で仕方なかったに違いない。彼女を心配させたことを謝りつつ、ハンカチを渡す。

 ニーナの涙が収まってきたところで、ロサミリスはある事に気付いた。


「セロース先輩はまだ眠ってらっしゃるの?」

「セロース様はお嬢様とルークス様を探して外へ」

「まあ。すれ違いになってしまったのね、申し訳ない事をしたわ」

「見つからなかったらすぐに戻ると仰っていたので、ここで待っていた方が賢明かと思います」

「そうね、後で謝っておきましょう」

「おや? お嬢様。いま椅子に腰かけられたお嬢様のお膝に、わが物顔で乗っている動物がいるんですが…………それは?」

「どうやらすっかり懐かれたようなの。昨日ルークス君が話していた瘴気の出ない魔獣。こっちがロンで、いまルークス君の膝の上にいるのはコルよ。可愛いでしょう?」

「本当に魔獣とは思えないくらい可愛いですね。瘴気を出さない魔獣……なんとも不思議です。いったいどうなっているのでしょう」

「今の状況だと、突然変異としか言えないわね」


 向こうにいるコルは、ルークスに構ってもらえるのが嬉しくて仕方ないらしく、しきりに顔をペロペロ舐めている。一方、ロンは落ち着き払った様子。でもロサミリスの膝上から動きたくないらしく、ルークスが抱っこしようと手を伸ばすと、ぷいっとそっぽを向いてしまう。


「ロサミリス嬢、ちょっと話が────って、あれ」


 急に玄関を開けてやってきたのは、オルフェンだった。

 外から馬の鳴き声も聞こえたので、きっと馬に乗って来たのだろう。相当急いでいるようだ。


「その可愛い動物たちは……?」

「ルークス君の言っていた子たちですよ。こっちがロンで、向こうがコルという名前です」

「あ、そうなんだ……」


 言いながらオルフェンは、まじまじとロンを見つめた。

 頭を撫で、毛並みを味わっている。


「魔導具だと魔獣の反応がある。……でも瘴気を出していない。本当だ、ルークス君の言ったとおりだね」


 ルークスは、コルは渡さないとばかりに抱きしめている。

 きっとオルフェンがコル達を殺しに来たのだと思ったのだろう。


「大丈夫、僕は殺さないよ。君の大切な友達なんだろ?」

「うん……」

「男なんだから、しっかり守ってあげなよ?」

「うん!」

「よし、イイ子だ」


 オルフェンはルークスの頭を撫でた。


「オルフェン様、急いでおられるようでしたがどうかなされましたか?」

「すぐにロサミリス嬢にはこの場から離れてほしいんだ」

「なぜ?」

暗黒シュヴァルツドラゴンが見つかった」


(災害級魔獣が…………ジーク様を襲う魔獣が、ついに)


 見つかったのは嬉しい。

 けれど、魔獣の出現はオルフェンたち騎士の方々の危険につながってしまう。魔獣討伐に怪我はつきもの。頭では理解できていても、不安は拭えない。

 

「大丈夫だよ。僕たちは騎士だから」

「存じておりますわ」

「じゃあ、準備を急いで」

「わたくしはここから離れませんわ」

「何を言ってるんだ? 魔獣が山から下りてきて、君に怪我を負わせられない」

「伯爵家の家紋つきの馬車が、急いでこの地から離れるなんて。領民たちはどう思うでしょうか?」


 当然、よく思わないだろう。例えば人に見られずに動けるのであれば、それでも良かったのかもしれない。けれどこの町から出る道は一本だけ。それも町の中央を突っ切らなくてはいけない。動くにしても、夜が明ける前に発つ必要があった。


 夜が明ける前に彼が報告してこなかったのは、夜は魔獣が活発になり、より危険だということと、朝に出発しても大丈夫だと判断したからだろう。


「君の言い分は大いに分かる。だけどね、ここは我がシェルアリノ家が治める区域だ。客人として、責任をもって、最優先で、保護し送り届けなければならない」

「わたくしがここに留まるわずかな時間だけでも、このような事態があるのではないか、と覚悟しておりました。ならばこそ、お手伝いできることがあると思いますわ」

「それは出来ない相談だね。君の婚約者ジーク君に、何があっても戦場に立たせるなと釘を刺されているんだ」

「いいえ、オルフェン様。それは、戦場にわたくしを連れて行くな、という話です。セロース先輩とルークス君の見舞いで、たまたま魔獣が山におりてきたのなら、もうここは戦場です。今さらなのです。退けば、武人の家系でもある我がラティアーノ伯爵家の箔が落ちるというもの。わたくしの兄ならば、必ずこの地に残り魔獣を討伐せんとするでしょう。その妹たるロサミリスが、危険だからと尻尾を巻いて逃げることなどありえません」


 青宝玉サファイアの瞳が、より強く光を放っている。

 そんな様子を見て、オルフェンは降参したとでも言わんばかりに両手をあげた。


「強情」

「わがままですからね、わたくし」


 納得したオルフェンに対し、意外にも声をあげたのは侍女ニーナだった。

 

「恐れながら申し上げます」

「なんだい」

「なにより優先すべきはロサミリスお嬢様のお命。伯爵家の箔が落ちると言うのは、些細な事と存じます」

「ありがとうニーナ。でも決めた事よ」

「……お嬢様」


 ニーナは、諦めたように淑女の礼カーテシーを取った。


「なら私も最後までお供致します」

「ありがとう」


 最悪、ニーナだけでも帰す事を考えていたけれど、彼女は頑として譲らないだろう。


「話は終わった?」

「ええ。わたくしたちはここに残ります」

「分かった。まだ住民の避難は始まってないけど、魔獣の動きによっては、ここから数キロ離れた場所に避難しないといけないと思う。準備だけしておいてほしい」

「分かりました。オルフェン様はこれからどこへ向かわれますか?」

天幕テントに戻って指揮を執る」

「その際にラティアーノ家の護衛を全員連れて行ってくださいませ。事情が事情ですもの、話せばきっと力になってくれますわ」

「一人くらいは置いていく、って言っても君は聞かないんだろ? 分かった、ありがたく借りていくよ」

「ニーナ、オルフェン様と同行して話をつけてきてくれる? 謝礼はたっぷり支払うと付け加えてちょうだい」

「御意に」

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