Episode33.お泊まりともふもふですわ!



(誰かと一緒に眠るなんて、幼い頃にお母様と寝た時以来かしらね……)


 少し動いただけで、寝台ベッドから軋んだ音がする。隣にセロースが寝ているため、満足に寝返りを打つことすら叶わない。寝台ベッドは硬くて、横向きで眠ると肩が痛くなるおまけ付き。


 社交界で日夜茶会を催す貴族令嬢ならば、このような場所で一夜を過ごすなんて考えられないだろう。けれどもロサミリスは、四度目と五度目の人生で村娘だった記憶がある。身を縮こませながら親や兄妹たちと眠った。

 セロースの隣は、不思議と安心する。

 きっと彼女が穏やかな性格をしているからだろう。


(昨夜は本当に楽しかったですわ……)


 お堅い礼儀作法なんて気にせず食べた夕食を、身を寄せ合ってみんなで食べた。

 野菜たっぷりのスープと少し硬めのパン。ロサミリスが持ってきた品を使ってセロースが作ってくれて、とても美味しかった。ルークスはおかわりをたくさんして、その度にセロースが「もー食べ過ぎ―」と笑っていた。


(そういえば……ニーナと一緒に食事をしたのは初めてだったわね)


 ロサミリスが先に食べた後に侍女は食事を摂る。ニーナは侍女の習慣通りに後で食事を摂ると言ってきたのだけれど、ロサミリスは無礼講だと引き留めた。ここには口うるさい貴族は誰もいない。


『一緒に食べましょ?』

『分かりました。ちょうどお腹すいてたんで、遠慮なくいただきますね!』


(ニーナとセロース先輩とルークス君と……みんなで食べるのは楽しかったわ)


 楽しい思い出が蘇ってきて、どんどん目が覚めてくる。

 床で寝ているニーナも目を覚ましそうにない。ニーナは必ずロサミリスよりも早く起きるはずだ。眠っているという事は、まだ起床時間ではない。


 目を瞑っていると、誰かの足音が聞こえた。

 玄関が内側から開けられた音がする。


(ルークス君かしら)


 セロースもニーナも眠っている。

 ロサミリスは上着だけ羽織り、ルークスを追いかけた。


 ルークスは松葉杖で移動している。おかげですぐに追いつくことが出来た。

 家から出て数メートルの場所。

 町の中央に近づいて、路地裏だった。


 ロサミリスから見ると、ルークスの背中しか見えない。

 屈んで何かを与えているように見える。


「ほら。そんな焦らなくてもたくさんあるから。急いで食うなよ、喉が詰まるぞ」


(なにかしら……?)


 そこにいたのは、もふっとした黒い毛並みを持った動物だった。

 ぱっと見は犬のようだと思ったけれど、顔立ちの凛々しさが狼に似ている。

 2匹いて、ルークスが持ってきた餌を食べているようだった

  

「よしよし。コルもお腹すいてたんだな。ごめんなぁ、ずっと寂しい思いをさせて。ずっとコルは、お兄ちゃんとして弟を守っていたんだな。もうすぐ退院できるから、あともうちょっとだけ待ってな」

「その子たちがルークス君が言ってた魔獣?」

「うわっ!?」


 朝早いので、ルークスの声は大きく響いた。

 ロサミリスが人差し指を立てると、ハッとしたような顔になってルークスは口に手を当てる。


「なんだ、ロサ起きてたのか。良かった、町の人じゃなくて」

「それはどうして?」

「どうしてって、そりゃ怖がるに決まってるからだよ。こいつは魔獣なんだ。瘴気を出さないって言っても、魔獣だと分かったらみんなコル達を殺そうとしてくるだろ?」


 魔獣は危険な存在。

 この町は山のふもとだから、魔獣の脅威と隣り合わせだ。

 町の人々が魔獣に敏感に反応してしまうのは、そういった理由もあるのだろう。


「どっちがコル?」

「大きい方。山菜を取りに出かけた時、怪我してるコルを見つけたんだ。周りにコルそっくりなヤツもいて、そいつらは……もう息してなくて」

コアを見たのね」

「うん。綺麗だったよ。宝石みたいにキラキラしてて…………でも、それって魔獣にとっては心臓みたいなものなんだよね。オレ、コルに死んでほしくなくて、姉ちゃんに助けてくれって頼んだんだ。姉ちゃんはびっくりしてたけど、コルの手当てをしてくれた……」


 コアは魔獣にとって心臓みたいなもの。

 宝石のように硬く、輝いているということは写真で見たことがある。

 仲間が何匹も死んでいるなか、生きていたコルを見て、ルークスは助けようと思ったのだろう。

 

「もう一匹は? コルよりだいぶ小さく見えるけれど……」

 

 コルに比べて大人しい。

 またコルは全身真っ黒だが、小さい方はところどころ灰色の毛並みが混じっている。

 二匹とも事務部で資料作りをしていた時に見た、白狼ホワイトウルフに似ている。ただ、白狼ホワイトウルフは人を襲う。二匹とは色も違うし、気性も荒くない。


「分かんない。今日初めて見た」

「種類は同じに見えるわね」

「うん、コルと同じく山羊の肉が大好物みたいだ」

「兄弟かしら」

「たぶんね」


 ご飯を食べ終えたコルは、熱心にルークスを見つめている。尻尾もぶんぶん振り回して、とても可愛らしい。もう一匹の小さい方は、なぜかずっとロサミリスを見つめていた。


「撫でであげたら?」

「大丈夫かしら」

「大丈夫、コルの仲間なら噛まないよ。それに瘴気だって出してないでしょ?」

「確かに……」


 恐る恐る手を伸ばす。

 小さいほうは、急に動き出すこともなくじっとしていた。まるで、いつでも来て良いよ、と言っているみたい。頭を触ると、気持ちよさそうにくぅーんと鳴く。可愛い。とてつもなく可愛い。野生なのに臭いもなく、毛並みも綺麗だ。

 

「ロサ、すごいね」

「え?」

「コルもこいつも全然警戒してない。きっと信頼されてるんだよ」

「この子たちと会うのは今日が初めてよ?」

「ロサの優しい性格が伝わってるんだね」

「そうかしら……」


 ロサミリス自身、自分の性格が良いかどうかは疑問が残るところ。

 小さい方は、そうだよ、と主張するばかりに鳴いた。


「そういえばこの子の名前は?」

「ロサが決めていいよ」

「ほんとうに?」

「おう! ロサだけ特別だ!」

「じゃあ……ロン、はどうかしら?」

「可愛いな! うん、それがいい!」


 もし動物を飼うことがあったら、この名前にしようと思っていた。

 幼い頃の憧れ。

 魔獣につけるとは思わなかったけれど。


(温かいわ)


 ロンは小さくて、触れると温かい。

 耳を触られるのが気持ちいいのか、すり寄って来る。


(あぁ……可愛い…………可愛すぎるわ。お家にお迎えしたい……)


 だいぶ懐かれている。

 小さな瞳で見つめられると、胸が締め付けられそうになる。


(でもダメ。どう飼ったらいいか分からないし、魔獣なんて飼えないわ。お父様が許さないし、サヌーンお兄様だって何て言うか……)


 抱き上げていたロンを地におろす。

 ロンは「どうしたの?」とも言いたげな顔で、きょとんとしていた。


(これ以上見ていたらわたくしの内に秘めたもふもふ愛が…………!)


 もふもふを堪能したい気持ちをぐっと堪え、ルークスの背中を軽く押す。


「さあ、コルとロンを山に返してあげましょう。もし町の人が起きてきて、コルとロンが魔獣だと分かったら大騒ぎするわ」

「でも見た目じゃ分からないと思うよ」

「それもそうだけれど、町ではこの子たち目立ちすぎるんじゃないかしら?」


 野生の狼だって、住人は驚いてしまうだろう。

 子どもへの危害を心配した住人に攻撃されて、二匹が怪我をしてしまうかもしれない。

 そうなれば、一番悲しいのはルークスだ。


「こいつら、オレが一時退院して家に帰って来た時から、毎日ここに現れるんだ。きっと母親を失ったから寂しかったんだな」

「母親も見たの?」

「一回だけね。でもね、オレがでっかい魔獣に襲われた前に、もう死んじゃってた。たぶんアイツに殺されたんじゃないかな」

暗黒シュヴァルツドラゴン……きっと格下の魔獣を襲ったのね。魔獣同士でも縄張り争いのために襲う事があるって聞いたことがあるわ」


 特に暗黒シュヴァルツドラゴンはA級と呼ばれる災害級魔獣。

 縄張りを侵されたと気付いて、コルとロンの母魔獣を襲ったのだろう。


(ますます放っておけないわね、暗黒シュヴァルツドラゴン。早く見つかればいいのだけれど)


 ともかく。

 セロースも心配するので、家に帰ろうとルークスの背中に押す。

 それとなくコルとロンを山に帰そうとしたけれど、二匹とも何故か嫌がった。しかもついてくる。


「いつもこんな感じなのかしら?」

「オレと一緒に遊びたい時もあるけど、強く言えばいう事聞いてくれるんだ。今日のこの態度は珍しい。なんだろ………離れたくないのか?」

「あるいは、山に帰りたくない……」

暗黒シュヴァルツドラゴンがいるってこと?」

「可能性としてはありえるんじゃないかしら……」



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