Episode31.お友だちができましたわ




「真剣に外を眺めてるね。セロース嬢とその弟君の様子を見るっていう話に、僕が暗黒シュヴァルツドラゴンの捜索再開をちゃっかり相乗りさせたように、ローフェン地方に蔓延ってる魔獣を見るっていう目的のためだったりするの?」

「目的というか、ただ単に興味がありまして」

「魔獣に興味を持つなんて珍しいと思うよ。特に貴族令嬢はね」

「そうでしょうか? 最近は魔獣の報告も増えてきていますし、新聞で魔獣騒ぎにもなってますから興味も湧くのでは?」

「少なくとも僕の周りじゃ貴族令嬢は無関心だったかな。まあ、女性が騎士になることもほとんどないし、魔獣は瘴気を持っている忌々しい生命体だから、汚いものは蓋をして見ないようにする、みたいな?」

「確かに、それはあるかもしれませんね」


 社交界の貴族令嬢にとって、噂話や世間話、どこそこの貴族のご令嬢がどこそこの令息と結婚した、婚約した、という話が多い。もちろん経済の話を好んでする令嬢もいるだろう。

 だが、魔獣の話を好んでする者はいない。

 魔獣と戦っているのは騎士団の人々であり、領内の魔獣騒動でなければ自分たちには関係ないと貫くかもしれない。

 

「魔獣は山や森から町に降りてくるって思われがちだけど、こういう何もないだだっ広い街道にも、魔獣の軍勢がいることもある。魔獣が長年居ついた不浄地は新しい魔獣を産んだりするから、君のように目を光らせておいて損はない」

「オルフェン様も、それを警戒してわたくしをこちらの馬車に乗せたのでしょう? ニーナ達が寂しがってますわね、きっと」


 後方を走る馬車にいるであろう侍女ニーナに思いを馳せる。

 ロサミリスは最初、ラティアーノ家の馬車に乗ろうとしていた。だけれど、オルフェンは頑なにそれを断り、シェルアリノ家の馬車に乗せたのだ。伯爵家にも数人の護衛を侍らせているというのに。


「ここは我が騎士公爵家の領地だ。見かけ上とはいえ、領内を案内している最中に魔獣にでも襲われて、未来のロンディニア公爵夫人に、もしものことがあれば大変だしね。同じ馬車なら守る事も出来る」

「ローフェン地方は最も魔獣の報告例が多かった地域ですものね」

「うん。前にも言ったように、騎士団は暗黒シュヴァルツドラゴンを探したけど、それよりも弱くて数の多い魔獣が各地に出現するようになってね、捜索は打ち切りになったんだ」

液状魔獣スライムですね。関連する報告書は一通り目を通しました」


 ルークスが暗黒シュヴァルツドラゴンに襲われたのは、1年前。

 液状魔獣スライムなどが急増し始めたのと同時期だ。

 騎士団は、危険だがいつどこで現れるか分からないA級魔獣よりも、数が多く農作物に被害の大きい液状魔獣スライムの駆除を優先した。

 

 そのため、今でも暗黒シュヴァルツドラゴンの住処は特定できていない。


「ルークス君が襲われた場所は分かりますよね?」

「そりゃもちろん、今回の捜索でメインに調査する場所だからね。──ルークス少年が魔獣に襲われたのは滝のすぐそば。ほら、ちょうどあの山だよ。あの奥深くに滝があるんだ」

「あそこの奥地で……」


 雄々しくそびえる山脈。

 その中でも、ひときわ大きい山が一つある。

 奥地に滝があり、そこに暗黒シュヴァルツドラゴンがいたという。


(確かに。あの山一個分から魔獣の住処を探すのは大変ね。いえ、魔獣の行動範囲を考えれば隣の山から移動してきた可能性だってあるわ。騎士団が捜索を打ち切る必要になった理由も頷けるわね)



 ◇



「ロサミリスさん! 来てくださってありがとうございます!」


 レンガ造り家の前で、青い瞳を輝かせるセロースの姿があった。

 ロサミリスは、オルフェンのエスコートを受けながら階段タラップを下りる。「お久しぶりです」と淑女の礼カーテシーをすると、セロースが「はわわ」と口もとに手を当てていた。

 

「すごく綺麗。本当に貴族のお嬢様みたいで素敵です。あ、貴族のお嬢様みたい、じゃなくて本物のお嬢様ですもんね、ごめんなさい私ったらまた失礼なことを……」


 勤務時間中に身に着けていたようなツナギ姿ではない。

 外着として着用できる程度のドレスをあつらっている。


「ありがとうございます、セロース先輩」


 にこりと微笑むと、「はわはわ」と手を紅潮させた頬に当てる。

 貴族令嬢として出会っても、セロースは普段通りで嬉しかった。

 セロースはハッとした顔で我に返り、こほんと一つ咳払い。

 

「では改めまして。オルフェン様、ロサミリス様。ようこそお越しくださいました。このような狭い家で恐縮ですが、どうぞ中へお入りください」

「ありがとうセロース嬢。ところで入る前に、馬車を停める場所はあるかな。さすがに家の前だと、周りの人も何事だと思うだろうから。できればとても広い場所だと、テントも張れるから助かる」


 セロースの家の前に、シェルアリノ騎士公爵家とラティアーノ伯爵家の馬車を何台も止めるのは、なかなかに異常な光景だ。セロースは少し考えるそぶりをした。


「ではここから東に20分ほど歩いた場所に、広くて見晴らしの良い丘がございます。共用スペースとなっていますので、そちらをお使いください。町長の許可さえ取れれば問題ないはずです」

「分かった」


 オルフェンは手をあげて御者を呼んだ。耳打ちしながら書状を渡す。おそらく、騎士公爵家の書状だろう。町の一角を借りてテントを張るため、協力を仰ぐのだ。

 

 馬車がぞろぞろと移動し始める。

 

 ロサミリスとオルフェン、侍女ニーナとオルフェンの使用人が一人付き添って、セロースとともに家の中へ。


 中は家の外観通りの広さ。

 今日のためにしたのだろう、埃一つなく完璧に掃除が行き届いている。

 ロサミリスは、ニーナによって引かれた椅子に腰をかける。

 全員が着席したのを見届けて、ロサミリスは口を開いた。


「セロース先輩のご家族は……?」

「うちは、私と弟の二人だけで暮らしているんです。父子家庭だったんですが、父は私が小さい頃に死にました……」

「そうだったのですね」

「両親は、魔獣の瘴気にあてられて体を悪くしていました。お金がないので、十分にお医者様にも診てもらえず。……あ、ごめんなさいこんな陰気な話をしてしまって!」

「いえ、わたくしの方こそ申し訳ございません。軽率な事を伺いました。どうか失礼を許してくださいね」


 きっと両親が亡くなった時はショックだったに違いない。そのことを思い出させてしまったセロースに謝ると、彼女は大げさに手を振った。


「だ、大丈夫です! もうずいぶんも昔のことですし、よくあることですよ!! すぐに紅茶を出しますね」

「それには及びません。ニーナ、お願いね」

「承知いたしました」


 お客様としてここに来たわけではない。

 それに、セロースはせっかく仕事を休んで実家に帰っているのだから、少しでも休ませてあげたい。

 そんな気持ちでロサミリスは、ニーナに頼んだ。

 ロサミリスの好きなローズティとニーナのお手製の甘さ控えめな焼き菓子を少々。


「わあ…………すごい手際」


 紅茶道具一式で準備にとりかかるニーナに、感心するセロース。


「それで、さっそく本題に入ろう。ルークス少年の容態はいかがかな」

「はい、半分ほど魔障は消えましたし、食欲も戻ってきました。下半身の麻痺は少し残っていますが、あと一か月ほどリハビリを続ければ日常生活に困らなくなるだろうとのことで」


 魔障。

 魔獣から受けた傷、とりわけ瘴気を浴びて皮膚が硬化し、黒く変色してしまう症状を指す。普通の医術では治すことはできず、魔法を用いた魔導師の助けが必要となるものだ。


 ただ、そういった治療はとてつもなく治療費が高い。


 家が貧しいと治療費を払えないことが多く、セロースのように、家族の治療費を捻出するため帝都に出稼ぎに来る者も多い。ルークスの場合は、セロース一人分の稼ぎでは足りず、エルダの支援を頼る羽目になったのだろう。


 ふと隣にいるオルフェンを見てみると、張りつめた面持ちで真剣にセロースの話を聞いていた。

 さすがは、シェルアリノ騎士公爵家の次期当主といったところ。

 領民の声を直接聞くところが、いい領主様になるだろうと窺わせる。

 

「とにかく、経過が順調そうで良かったよ」

「セロース先輩。わたくしから見舞いの品を届けさせました。きっと一時退院中は、弟さんの傍から離れられないでしょうから、保存が効いて調理が簡単な品々です。あとで確認しておいてくださいね」

「なにからなにまで、本当にありがとうございます……っ!」

「お気になさらず。むしろ、セロース先輩のおかげで暗黒シュヴァルツドラゴンに辿り着いたのですから、わたくしのほうこそ感謝しております」


 セロースが頭を下げると、間髪入れずにロサミリスが頭を下げる。

 オルフェンは小さく笑っていた。


「君たちはよく似ているね。二人とも、いい友人になれたんじゃないかな」

「ほえぇえええ。わた、私なんかロサミリスさんのお友だちだなんて」


 恐れ多いです! 

 そんな風に手をぶんぶん回すセロースだけれど、少し嬉しそうだ。


「セロース先輩」

「は、はい!」

「わたくしでよろしければ、是非にお友だちになってくださらない?」

「ええええええ!? 私は、平民ですよっ!? ロサミリスさんとは天と地ほどの差が!」

「身分は関係ありませんわ。セロース先輩はとても優秀な事務員で、尊敬しています。だからこそ、是非わたくしとお友だちになってほしいのです」


 本心だ。

 優秀だけでなく、上司に嫌がらせされても弟のために健気に頑張れる。

 そんなセロースは好意の対象で、できればもっと仲良くなりたい。


(いつまでも仲のいい女の子がニーナだけなのは、困りものよね)


 ニーナを見つめると「お嬢様、ぐっじょぶです!」と微笑みとともに親指を立てられる。


「い、いいんですか……?」

「もちろん」

「だって、私なんて…………お父さんが毎日仕事頑張ってたから、お父さんが亡くなってからは私がルークスのために畑仕事頑張らないといけなくて、でも友達と遊びたいのに遊べなくて、今まで友だちが誰一人もいなくて……」


 ぽろぽろ、涙がこぼれる。

 ロサミリスがハンカチを差し出す前に、オルフェンが動いた。


「大丈夫。その年齢で、頼る親もなく、弟を守るためにセロース嬢は一人で帝都で出稼ぎに行っている。とても立派だ。誇ってもいい」

「オルフェン様……」


 ハンカチを受け取ったセロースは、頬を赤らめながらオルフェンを見上げている。


(さすがオルフェン様。異性にモテモテという話は伊達じゃなかったのね)


 これだけスマートにハンカチを出せる青年は、彼くらいなものだろう。


「セロース先輩、わたくしとお友だちになってくれませんか?」

「はい! 私でよければ、よろしくお願いします!」


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