【完結済】七度目の転生、お腐れ令嬢は今度こそ幸せになりたい ~何度転生しても呪いのせいで最悪な人生でしたが七度目で溺愛され幸せになりました~
Episode30.間違ってもこれはデートではありません、ただの領地視察です
Episode30.間違ってもこれはデートではありません、ただの領地視察です
「まさかあのエルダ嬢に改心を迫っただけじゃなくて、腕を掴んで投げ飛ばすなんて……あっはは。いやーほんと、そういう物怖じしないところ昔と変わらないねぇ君は」
まんべんなく香辛料がかけられた一口大の肉は、食べ歩きできるように串に刺されている。けらけらと笑いながら、肉汁たっぷりの肉を頬張ったオルフェンに、ロサミリスはジト目を返した。
「投げたのではありません。倒したのです。お兄様からみっちり仕込まれた護身術ですわ」
「あれ以来、エルダ嬢も別人になったくらいに真面目に働いているんでしょ?」
「ええ。文句を言いつつも真面目にやってますわ、もうやるしかないっていう状況に追い込みましたし」
男爵令嬢として面目を保つため、エルダは今まで仕事を押し付けてきたセロースと、職場仲間への謝罪をした。部署長補佐の任も解かれ、仕事をサボった罰として数か月分の給金の返還も求められている。
けれど。
これだけで、エルダの心が清らかになったわけではない事くらい、ロサミリスは分かっていた。
なので、真面目に働くように仕向けた。
感じの悪さ、仕事への姿勢を徹底的に叩き直す。
なんてことはない。人には優しく笑顔で指導しましょうという方針のもと、満面の笑みを浮かべて、仕事をしているエルダの隣に立つ。そうすると、エルダは顔をひきつらせながら「ねえ、ずっと隣で見張らなくてもいいんじゃないの」と文句を言うのだけれど、ロサミリスはひたすら笑顔。なにを言われても笑顔。顔面の圧だけをひたすら与え続けると、エルダは「ヒィィイ!」と叫びながら顔面を青くして仕事に取り掛かる。
エルダが職場仲間に「ちょっとあんたこれ手伝って」と言おうものなら、どこからともなくロサミリスの笑顔が現れ「それって本当に必要ですか」と問い続ける。まるでストーカーのようにねっとりしつこく。そうやって付きまとい続けて三日目の夜、ロサミリスはエルダの実家にまで足を運んだ。「いつもエルダ先輩には大変お世話になっております、後輩のロサミリスです」と言ってエルダの父オーダイン男爵に挨拶していた時には、エルダはあんぐりと口を開けて呆然としていた。
『なんですの……この女…………本当に13歳? 20や30、いや40、50とかではなくて?』
『エルダ先輩。わたくし、もっとオーダイン男爵とエルダ先輩についてお話がしとうございますわ。きっと楽しいと思いますの』
『そ、それだけはやめて!! もうお父様から怒られるのはまっぴらごめんだわ。本当に、本当の本当の本当に真面目に働く!! いえ、働かせていただきますっ!!』
『あら、そうなのですね』
『どうしてそんなに寂しそうなの!?!?』
そんなこんなで、エルダは(ロサミリスの笑顔にびくびくしながら)真面目に働くようになった。
(今は頑張り時でしょうね……)
仕事を始めたのは良いものの、彼女はサボっていたせいで仕事の流れや効率的な動きを忘れていた。
なので、セロースがエルダに仕事を教え始めた。
怠け癖が完全に抜けたわけではないので、時折「こんなの私がやることなの?」と文句を言うのだけれど、そこはロサミリスの迫力ある笑顔でどうにかなる。
可愛い人だ。
事務部はお昼休みにもなると「今日はエルダさんがどれだけ涙目で仕事をこなしていたか」、「何回ロサミリスさんに脅されたか」という話題で持ちきりだ。
周りから怖がられ嫌われる女性から、ネタにされまくって面白がられる女性へと変化している。誰もエルダの事を怖がらなくなった。エルダが仕事がうまく出来ず嫌そうな顔をしても、「エルダさんまた言っているよ」と笑いを取れるような職場に変化したのだ。
「僕が君と同じ立場なら、すぐ上に報告して解雇してもらうだろうね。それか心がズタボロになるまで追い詰めて、自分から辞めさせるように仕向ける」
「人は環境で良くも悪くもなり得ます。エルダ先輩の場合は、貴族という特権を濫用しやすい雰囲気、周りに監視の目がないことが原因で暴走してしまったのでしょう」
「事務部の雰囲気を変えるために、それであんな提案を?」
「ご尽力いただきまして感謝申し上げますわ」
事務部の貴族出自の職員と平民出自の職員で、深い溝があることに気付いていた。ロサミリスの上司であるセロースは壁を感じさせない柔らかな女性だったが、それ以外の職員はよそよそしい。
しかし、ローズウェイズ部署長が仕事を手伝いたいと申してから、貴族側にも平民への壁を感じていると知った。平民貴族が手を取り合って仲良く、までは望めないとしても、きっかけがあれば職場の雰囲気改善が出来ると踏んだのだ。
それが、ロサミリスがセロースの仕事を一緒にやったように
平民の代表と言えるローズウェイズ部署長がロサミリスを信頼していることもあり、オルフェン越しに話はすんなり進んだ。
「この話にはまだ課題もあると思う。でもエルダ嬢を始め、これをきっかけに事務部が変わったのは事実だ。もしかして、狙ってやった?」
「狙って出来るような賢者ではありませんわ。ただ……死に物狂いなだけです。飢えを凌ぐためにパンを探し回るのと一緒、幸せを手にしたいだけですわ」
オルフェンには前世に何度も悲惨な死に方をしたことは伝えている。その原因が〈呪い〉であることは知らないにしろ、言葉に含む意味に気付いているようだった。
オルフェンの提案で事務部に入ったのだって、自分の幸せのためだ。
「十分に立派だよ」
オルフェンは手に持っていたお肉を数口で食べきった。
雰囲気を変えようとしてくれているのは明白。
次のご飯を求めて目を光らせる彼に、ロサミリスは小さな笑みを返す。
「そんな食べてばかりだと、ここにやってきた理由がオルフェン様の狙い通りわたくしとの
「羽伸ばしだよ羽伸ばし」
ロサミリスは現在、オルフェンと一緒にシェルアリノ騎士公爵家が治めるローフェン地方のシアンタという街に来ていた。
ロサミリス達がここにいる理由は二つある。
一つは、ロサミリスがオルフェンに協力を求めるにあたって示された条件。それは、オルフェンと一緒に町へ散策、つまり遊びに行くこと。正直この条件を聞いた時はからかわれていると疑ったものだけれど、彼は本気らしい。ただ町へ一緒に行くこと、それがロサミリスに協力する条件だと言ったのだ。
もちろん二人きりではない。ロンディニア次期公爵の婚約者であるロサミリスに妙な噂がつかないように、両家の護衛を侍らせている。さらにいえば、オルフェンはこの機に乗じて
というのも、オルフェンは前々から
ロサミリスが力を貸してほしいと言ったことで、オルフェンは決心したのだという。
シェルアリノ騎士公爵と直談判して、騎士小隊と騎士公爵家の自由が効く私用騎士を借り受けた。セロースの故郷に到着次第、大型
彼が騎士の正装をして腰に剣を提げているのは、そのため。
(……それにしても食べ歩きが多いのが気になるけれど)
しかし、オルフェンの条件にちゃっかり自分のわがままを相乗りさせてもらったのだから、あえては言わない。
ここにいる二つ目の理由は、一時退院しているというセロースの弟、ルークスの様子を見に行くためだ。ロサミリスは、エルダに代わって治療費の援助を決めている。といっても、自由に伯爵家のお金を移動させることは出来ない。当面は持っている宝石やドレスなどを売り払い、治療費に充てるつもりだ。
一か月の試用期間も終わり、すでにロサミリスは事務部を辞めている。
(ふふ。離れがたいと思うのは、居心地が良かったせいかしらね)
すると。
「……はぐっ!?」
「そんなシけた顔なんてしてないで、食べてみなよ。この街の露店は美味しい物が多いんだ」
「はにすふんでふかっ!?」
おっといけない、口に肉串を突っ込まれたまま喋ってしまった。
淑女たるもの、どんなときに淑やかに。
(悔しいけれど、本当に美味しいわ。串肉なんて初めて食べたわ……とっても良い匂い。香辛料をふんだんと使っているのね)
噛めば噛むほど溢れ出る肉汁。フォークもナイフも使わずに食事をするなんてはしたないと思われがちだけれど、ロサミリスは気にしていなかった。すぐに食べられるというのは利点だ。食器を洗う必要も
(これは羊肉ね。ローフェン地方は標高数千メートル級の山脈があって、おそらくそこで畜産されたものだわ)
一生懸命肉を咀嚼していると、ふとオルフェンの視線が気になった。
「君の食べてる姿って、
(は、は、
なんだそれは。
まるで自分が、大きなお肉を頬袋に溜めて噛むのを頑張っている哀れな子どもみたいじゃないか。
「最初の一口が大きすぎただけですわ!」
「口ちっちゃすぎない?」
「オルフェン様がいきなり口に突っ込んでくるのがいけないんですのよ。喉に詰まるかと思いましたわ。次期騎士公爵といえど許されることではございませんわよ」
「物欲しそうな顔をしてたから」
「し・て・ま・せ・ん・わ」
「でも美味しかったでしょ?」
「……ええ。それはそれは、大変美味しゅうございました」
頷くと負けたような気がするので、眉根をひそめて、それっぽく怒ってる風を装う。
けれど彼には逆効果なのか、心から楽しそうな笑みを見せていた。
「ルークス君の一時帰宅に合わせて、セロース先輩も家に戻られています。早いところ二人の家に向かいましょう。魔獣捜索の期間は7日間しか与えられていないのでしょう。時間は有限、時は金なり、ですわよ」
「えー、もうちょっと食べてかない?」
オルフェン、食べ盛りなお年頃。
「……仕方ありませんわね」
ロサミリスは、ついっと人差し指を立ててやった。
これで最後ですよ、という意味である。
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