Episode11.舞踏会の始まりですわ②

 


 ビアンカは、落ち着かない様子で会場の出入り口付近をうろうろしていた。

 瑠璃色の髪は綺麗にまとめられ、着ているドレスはお気に入りでもある黄色。

 居丈高で自信家のビアンカだったが、半年前にデビュタントを終えた遅咲き令嬢。同年代と比べて無駄に身長が高いせいで、社交慣れした大人の令嬢に見られてしまう。


 母シャルローンが社交界で有名な散財家。さらに格下の令嬢をいじめるなどの悪評が酷いため、好んでビアンカに話しかける者はいない。ロサミリスのドレスを汚すという母シャルローンの計画第一弾は、あっけなく失敗に終わり、ビアンカの相手パートナーを務める男はいない。


(ま、私が自分でお母様の計画をバラしたんですものね!!)


 部屋の隅っこで震えているような女ならば、とっくの昔にビアンカが伯爵令嬢と名乗っていた。

養父母の前で失態をかかせ、ビアンカこそが優秀な淑女だと分からせることが出来ただろう。

 

 だが、それは出来なかった。

 

 泣きわめくどころか「仕返しに来ました」なんて笑顔で迫られて、ビアンカがどれだけ知恵を絞りだして考え抜いた「イジメ」も華麗にかわされ、いつの間にかダンスのレッスン時間をプラス五時間増やされる始末。


 毎日毎日毎日毎日、馬術用の鞭で追いかけまわされ、いつの間にか身に付いた令嬢としてのマナー。本当に驚いた。こんなに綺麗なお辞儀が、今まで出来ていただろうか? ヒステリックに叫ぶだけのシャルローンに、ビアンカをここまで育てられたとは思えない。


(だから、今日のビアンカはちょっとだけお母様に反抗するのよ! 反抗期、ビバ反抗期!!)


 ──とはいえ、ビアンカが独りぼっちドフリーであることに変わりはない。

 まぁ、ジークフォルテンは顔こそ美しいが物凄い顔で睨んでくるし、めっちゃ怖いし、できれば優しくちやほやされたいから、彼が相手じゃなくてホッとしているのだけど。


「なんであの女にある度胸が私にはないのよ!! その度胸をちょっとは貸してくれてもいいじゃないですのっ!?!? ドレス汚されたら普通の十三歳はえんえん泣くものよ!? なのになんで笑顔なのよっ、こんのっメンタル最強女っ!!!」


 ハンカチを噛んで「むきぃー!」と叫ぶのはもはや恒例。

 ロサミリスがジークフォルテンと仲睦まじく談笑しているのに、ビアンカは会場入りする勇気もなく、かといってロサミリスとジークフォルテンの間に入る度胸もなく、ただ傍から見ているだけ。


「はぁー、もういいですわ。今日、私がいる意味ない。帰ろ」


 ロサミリスを潰す計画は第二弾まであるのだが、どうせあの女のことだ、どんな障害だってニコニコ笑いながらぶち壊していくのだろう。そんなの見ていても、涎まみれのハンカチが増えるだけだ。

 

 きびすを返したビアンカに、ごつんと誰かがぶつかった。

 その衝撃で尻もちをついてしまう。

最悪の次に最悪だと思って「なによ!!」と声をあげようとしたビアンカに、優しく手が差し伸べられた。


「すみません、大丈夫ですか?」



  ◇



「え? ビアンカ様が気が弱そうだけど心根の優しそうな青年と良い感じの雰囲気で外に出た?」

「そうなんですそうなんです! よくよく見たらその人、ルーロレン侯爵の三男坊ローランド様なんですよ!!」

「ええと……確か、気弱な性格が災いして昔から虐められがちだったけど、絵画をこよなく愛している方よね。一度だけ絵を拝見させてもらったけれど、とても美しかったわ」


 一度お色直しに部屋に戻ったロサミリスに、興奮気に化粧筆を動かすニーナ。

 確かローランドという青年は、鼻の周りにそばかすがあって、素朴な人、というのが素直な印象だ。彼の持つ絵画の才能は本当に素晴らしく、彼も将来は画家になりたいらしい。


 そんな青年とビアンカが、良い感じの雰囲気で外に出た……。

 

「うふふふふふふ」

「ロサミリスお嬢様、顔がにやけてますよ」

「何言ってるの、ニーナだって大恋愛の予感でうずうずしてるじゃない」

「出来ることなら、今すぐ覗き見しに行って今後の恋愛小説を書く材料にしたいですよ? 意地悪な子爵令嬢が、心の優しい青年と惹かれ恋に落ちる」

「そして徐々に心が清らかになっていくのよね」

「そうですよねぇ」

「「うふふふふふふふふふ」」


 二人して笑い合う。

 そうこうしている内に、舞踏会の後半を知らせる鐘が鳴った。これから先は管弦楽団オーケストラの音色をお囃子バックミュージック にして、ダンスを踊る。メインとなるのは、リヴァイロスのヴァイオリンを所有する舞踏会主催者、ロンディニア公爵家嫡男・ジークフォルテンと婚約者ロサミリスだ。


 正念場はここから。


 ドレスを着替えていることに、シャルローン夫人も気付いている。

 ならば、ロサミリスを失脚させるべく次なる計画を発動するだろう。第二弾ばかりは、娘のビアンカも知らないようだったので、己のアドリブ力にかかっている。

 

 お色直しが終わったロサミリスは、ジークフォルテンと一緒に会場入りした。


「どうした? さっきよりずいぶんと楽しそうだ」

「ふふふ。ちょっとした良いことがありまして。確実な形となってからお知らせ致しますわ」

「そうか?」


 ビアンカがジークから離れ、別の男に恋に落ちる。これは、ロサミリスにとって素晴らしい事だ。ビアンカにお見合いをさせる考えは当初からあったが、人から強制されるよりも自発的に行動してもらったほうが良いに決まっている。

 

 これで六度目の流れから大きく逸脱した。このまま行けば、婚約破棄イベントの回避も夢ではないだろう。


〈腐敗〉の呪いを宿すきっかけは一つでも潰しておきたい。


「そんなことより、どうしてジーク様も黒い衣装に着替えられたのですか? シャツも真っ黒、ネクタイは深紅ですし」

「さっきまで純白の婚約者が漆黒のドレスを着ているなんて、そんなの誰が思いつく? ロサが白だったから俺も合わせて白を選んだ。ロサが黒なら俺も黒色を着るまでだ」

「おかしな人」


 ふふっと笑えば、ちょうどその時、管弦楽団オーケストラの曲調が変わった。

 二人で日程調整し、練習に練習を重ねたダンスの時間だ。


「ロサミリス嬢、どうぞお手を」


 会場中に紳士淑女の皆々が、中央にいる漆黒のロサミリスとジークを見ている。

 今日の主役はこの二人。

 美しい黒髪碧眼の伯爵令嬢と、金糸雀カナリアの君と称される公爵子息。


「一曲、俺と踊ってくれませんか?」

「ええ、喜んで」


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