Episode08.デートいたしましょう②
「いらっしゃいませ」
古き良きアンティーク調のお店。
出迎えてくれた女性店員は、ジークの顔を見るや、かしこまって頭を下げる。ロンディニア家の
アンティークな装飾品は、ロサミリスの好むところだ。
黒髪というのは、我が帝国において少数派に属する。誰が見ても良いとされるアンティーク類は、圧倒的多数を誇る金髪と対等に渡り合うための戦道具のようなもの。
つまり、お守りだ。
これには「私もあなたと同じものを持ち、あなたと同じものを愛しています。だから私を傷つけないで」という意味がある。黒髪の一族が帝国人と分かりあうために、帝国文化を進んで身に着けたという話だ。
話を聞いた時、ロサミリスは黒髪が好きになったし、古臭いと思っていたアンティークが好きになったものだ。
「ジーク様、いつもご贔屓にありがとうございます」
「あぁ。店主は息災であられるか?」
「最近腰を痛めてしまい、新作に取り組めないと嘆いておられます」
「それは心配だな。後で腰に効く薬草を届けさせよう」
「ありがとうございます」
やりとりをしているジークは、さすが次期公爵といった貫禄がある。凛々しい横顔が頼もしい。ずっと見ていたい。
「紹介がまだだったな。婚約者のロサミリス嬢だ」
紹介してほしくて見つめていたわけではないのだけれど、勘違いしたらしい。
ロサミリスはドレスの裾を掴み、簡単な挨拶を済ませる。失礼のないようにしたつもりだけれど、女性店員がまじまじと見つめてくるものだから、少し戸惑った。
(顔に何かついてるかしら……?)
頬に手を当てる。
大丈夫、なにもついてない。
「まぁ、この方がお噂の。とても可愛らしいお嬢様です、ジーク様が生涯をかけて守り愛していくと仰られたお気持ちがよく分かりますね」
「はい……?」
生涯をかけて守り愛していく。
誰を?
(わたくしを……?)
「ごっほんっ……!」
わざとらしく咳払いするジークを見上げると、心なしか耳が赤くなっていた。
女性店員はニコニコ笑顔。
(最近の若い子って…………婚約者の面子を考えてそんなことまで言うようになったのかしら)
また婚約破棄され、捨てられてしまうのではないか。
彼の事が好きなのに、そんな考えのせいでジークの言葉を素直に受け止められない。一度捻くれてしまった心は、ロサミリスの思考をあらぬ方向へと導いてしまう。
(やっぱりジーク様ってお優しいわ)
「この前に話していた品は出来ているか?」
「ええ。当店自慢の一品となりました。きっと奥様も喜んでくださいます」
「まだ結婚してないぞ」
「約束された夫婦ではありませんか。ふふふ、羨ましゅうございます。では、お品物を取ってまいりますね」
朗らかに笑う女性店員は、そのまま奥の部屋へと入っていった。
おそらく、ジークが贈りたいと言ったプレゼントだろう。
しばらくして品物を持ってきたらしい女性店員が、ジークに品物を見せる。流れるように書類へのサインを終え、品物を受け取ったジークがロサミリスとともに外へ出る。
「ロサ」
「何でしょうか?」
しばらく歩いてから、声をかけられた。
多くの女性を虜にした美貌の顔を見上げる。
いつ見ても美しいと思い、いつ見ても飽きない。
深緑の瞳に浮かんでいるのは、押し込められた恋情と後悔の感情だった。はて、何に対する後悔だろう。あんまり見つめられると照れてしまうので、ロサミリスの方が先に視線を外してしまう。
「今までの感謝と、これからもずっと一緒にいようという気持ちだ」
そう言って、ジークは首飾りをロサミリスの首にかける。
ジークの瞳の色と同じ、大粒の
「ありがとうございます。大切に致しますね」
「嬉しいか?」
「もちろん。ジーク様からの贈り物を喜ばない女なんておりません」
「あんまり、嬉しそうな顔ではなかったから」
(しまった。わたくしとしたことが、表情が暗すぎなのよ。ロサミリスという令嬢はいつも元気で笑顔がお似合い。こんな根暗女、ジーク様に捨てられても文句は言えないわ)
良好な関係というのは笑顔から生まれる。
どちらかが沈んでいてはダメなのだ。
とそのとき、視界の端に見覚えのある女性が横切った。
人ごみに紛れてすぐに見えなくなってしまったけれど、間違いない。
「今のビアンカ嬢じゃなかったか?」
「よくご存じですね。名前はともかくお顔はご存じないのではと思っておりました」
「一昨日だったか。ビアンカ嬢の母、シャルローン夫人から娘の写真付きで手紙が来た。俺と俺の両親をひたすら褒め称える気色の悪い文言で、最後に一言、舞踏会で娘と踊ってくれないかと書いてあった」
(き、気色の悪い? ジーク様ってそんな口悪かったかしら)
意外とジークは腹黒なのかもしれない。
「どうやらシャルローン夫人は、ビアンカ嬢と俺をくっつけさせたいらしい」
「それで、お返事はなんと?」
「もちろん断った。俺には最愛の婚約者ロサミリス嬢がいる、とな」
「お断りになられたのですか? ルール上では、ビアンカ嬢と踊られても大丈夫なはずでしょう?」
舞踏会は婚約者と踊るのが普通。ただ、それは定められた時間だけで、その後は誰と踊ってもいい。各家の良好な関係を築くため、婚約者以外の令嬢と踊るのは常識的な判断だ。
「養女になったとはいえ、婚約者の姉と踊るのはあらぬ誤解を与えかねないし、ロサ以外の令嬢に興味がない。この答えでは不満か?」
「いえ。少し驚いただけです」
ロサミリスは、にっこりと笑顔を見せた。
「敵情視察と参りましょう。お姉様が道に迷われてあくどい方に攫われてしまっては大変ですから」
「こんな治安が良くて常に騎士が徘徊している町で、そんな人さらいがいたら見てみたいものだが……あぁ、そういうことなら俺が行こう」
「いいえ、ジーク様がビアンカお姉様を見られるときは悪鬼のような形相をなさっておりますので、そんな風だとお姉様も怖がってしまいますわ。えぇ、本当に」
ビアンカを見つけた時のジークの顔は人を殺しそうなものだった。
ロサミリスに熱い紅茶をかけようとしたから、きっと正義感の強いジークは腹を立てただけだろうけれど。
(どんな理由であれジーク様に想われていることには変わりないけれど……ふふ、男を奪おうとする女が、その奪おうとしている男から鬼の形相で睨まれている。それを嬉しいと思うわたくしもとんだ悪女だわ……)
わがままに生きるとはこういう事かと、思わず笑みがこぼれてしまう。
「わたくしには頼もしい護衛の方もおります。ええ、何かあれば姉を心配した妹を装えば良いのです。ジーク様はわたくしの事など放っておいて」
「では俺も行こう。たまたま町で見かけた婚約者の姉を心配した、という体で」
ジークが口角をあげている。
笑うのもこれまた珍しい。いや、
「覗き見立ち聞きは社交界を生きる女の処世術であって殿方がなさることではありませんよ?」
「ならば今後のために参考にしたい。女性という生き物が、どんなものか」
「お互い似た者同士というわけですわね。いいでしょう、ご一緒にいかが?」
「どこまでも」
悪い笑顔を浮かべていると、不思議と心は晴れやかだった。
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